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金の女領主と銀の騎士  作者: 伊簑木サイ
第七章 真実は小説よりも奇なり
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 その後、父もラスティも一休みすると出ていき、一人眠くない私は、暇を持て余してグレンを呼んだ。

 彼は父の騎士たちの受け入れに忙しくとびまわっていたようだが、ちょうど一段落ついたと、嫌な顔をせず、お茶の淹れ方を教えてくれた。

 ついでにそのお茶を飲みながら、ここ最近の王都の噂や流行の娯楽などについて聞く。

「やはり王都の女性方が今一番夢中になっているのは、金銀と紫でございましょう」

 グレンは、さもわかっているだろうと言わんばかりに、何かを省略していると思われる色の名を言った。

 私は戸惑った。細かいところまでゆきとどいた気配りをするグレンが言うからには、私が知っていておかしくないはずのものなのだろう。しかし、そのようなものに覚えがなかったのだ。

 だが、そういえば、と思い出す。紫と言えば、サリーナが新シリーズの恋愛小説本の装丁にこだわって、新しい色をわざわざ作らせていた。ただ、同時に発売されたもう片方には、テーマカラーに薄いピンクが選ばれていたはずで、金銀と結びつかない。

 いったい何のことかと、いっそはっきり聞こうと思ったところで、沈黙を肯定と取ったらしいグレンが続きを話しはじめた。

「いえ、それどころか、男性諸氏も続きを楽しみにしていているようでございますよ。奥様やお嬢様の分とは別に、ご自分の分を密かにご注文している方も多うございます。そうしないと、いつまでたっても読めないからでございましょう。というのも、女性方は、誰もがエルドレッドに憧れて本を手放さず、夜も枕元に置いて眠っているのだとか。私も拝読しましたが、さすがロラン・メディナリーとマイクロフト・ハリスンでございますね。一人の騎士をめぐる二人の女性の物語が、それぞれの筆致で書かれていて、大変に素晴らしく、興味深いです。そしてまた、ジェニウス・カラバの挿絵が秀逸で見事でございます。女性たちがのぼせあがるのも無理からぬことと思いました。あの絵が欲しいばかりに、二冊三冊と購入される方もいるとか。字が読めない平民のお嬢さんも、姿絵を買う感覚で買っているようですよ。あの装丁や価格設定はサリーナ様のお考えですか?」

「ああ、そうだ」

「さすが知恵者と名高いライエルバッハ公でいらっしゃいますね。旦那様も、あのアイディアをたいへん褒めていらっしゃいました。僭越ながら、私も感服しております」

 売り上げがずいぶんいいから、人気なのは知ってはいたが、そんな状態になっているとは知らなかった。基本的に、よほどマイナスにならないかぎり、出版事業はサリーナの思うままにさせている。というより、私にはそちらの才能がまったくなく、手に負えないのだ。

 私が気にするのは資金繰りのことだけで、それも新シリーズは好調だったから、放置していた。それよりも、春小麦の植え付けだとか、紙草の苗作りだとか、花祭りのための音楽家や舞踏家や演者の派遣だとかいう、増えはしても減りはしない目の前の雑用を、身重のサリーナの代わりに捌くのに忙しかったのだ。

 本の内容も、完結するまで読まないと作者に約束をさせられているから、ぜんぜんわからない。だからよけいに、気持ちが遠くなってしまっていたのかもしれなかった。

 しかし私は、そんな自分の態度を後悔しはじめていた。嫌な予感に、グレンの話の中で疑問を覚えた点を問い質す。

「一人の騎士をめぐる二人の女性ということは、どちらの本にも、同じ騎士が出てくるということか?」

 それまで楽しげに話していたグレンは、確かめるように私の顔をよく見た後、表情を引き締めて、おもむろに頭を下げた。

「これは失礼いたしました。私の説明が悪うございました。『金の少女と銀の騎士』と『紫の瞳』のことをお話していたつもりだったのですが。申し訳ございません」

「いや、それはわかっているんだが」

 わかっているというか、本当のタイトルすら今知ったのだが、それは、まあ、いいのだ。

 問題は、確かサリーナが、マイクロフト・ハリスンの書いた姫君の話は、マルガレーテ王女を題材にしている、と言っていた点なのだ。テーマカラーを紫に決められた小説。それも、私の目の色で、と指定されて。

 加えて、そこに『金の少女』と『銀の騎士』とくれば、身近に符号するものがあまりに多すぎて、背中から首筋にかけて、すうっと冷えていく心地がした。

 『金の少女』と聞いて、私が思い浮かべるのは、ただ一人。赤身がかった金の髪と、金色がかった琥珀の瞳を持つ、我が妻。

 その妻と王女が関係する、紫の瞳で銀の色彩を持つ騎士。

 ……それは、もしかしなくても、私しかいないのではないだろうか。

「グレン、すまないが、『金の少女と銀の騎士』と『紫の瞳』を、至急、全巻持ってきてくれないか」

 私は半ば蒼褪めながら指示を出し、グレンを急かしたのだった。


 そして、恐る恐る()つもどかしく開いた、表紙の下のページには。

 見たものの存在をそのままに描き留める天才の手によって、モデルと寸分違わぬ姿が印刷されていて。

 私は全身総毛だったのだった。


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