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金の女領主と銀の騎士  作者: 伊簑木サイ
第六章 想いの在り処(ありか)

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10

 先に食事を終えた私は、席をたって茶を入れた。テーブルをまわって彼女の横から差し出し、そのついでに、昨夜から気になっていたことを尋ねる。

「祖父とどんな賭けをなさったのですか?」

 彼女はちらりと私を見上げると、立ち上がって、手を伸ばして私の分のカップを引き寄せた。カップは隣の空いている席に置かれた。

「座って」

 私は求められるままに座った。ただし、椅子は正面ではなく、少し彼女の方へと向くように斜めに引いた。彼女はその間に自分のお茶に口をつけると、テーブルの上に戻したカップに視線を落としたまま話しはじめた。

「……おじい様からアルリードの当主印が届けられた時、一番初めに感じたのは怒りだったわ。あなたを奪われてしまうと思ったの。アルリードやシダネルの繁栄を見れば、おじい様の手腕は一目瞭然ですもの。一人であなたを行かせたら、きっともう帰ってこないと思った。あなたを手元まで呼び寄せたからには、あの方は必ず目的を達せられたに違いないもの。あなたがけっして断れない状況を作り出したはず。……たとえば、後を頼むと言われて目の前で死なれたら、あなたはそれを捨て置けはしなかったでしょう?」

 彼女は微苦笑を浮かべて、確かめるように私へと振り向いた。

「……そうですね。そうかもしれません」

 そして、私は私で、その大義名分に飛びついただろう。彼女は小さく頷いて、またカップへ視線を戻して、手の中のそれを弄んで揺らした。

「だから、私、あなたを渡すものかと意気込んで行ったの。でも、あの方、二人きりになって、開口一番、なんて仰ったと思う?」

「さあ。わかりかねますが」

「あのね、あなたと結婚する意志はあるかと聞いてきたの。その気もなく、ただあなたを飼い殺しにするだけならば、ライエルバッハと全面的に争うことになっても、あなたを取り戻すと仰った。……もちろん私、あると答えたわ。そうしたら、だったら、なぜまだ婚約もしてないのかと聞かれて。私、あなたにぜんぜん相手にしてもらえないのだと、お話しするしかなかった。おじい様は、朴念仁な孫が心無い振る舞いをして申し訳ないと仰って、親身に話を聞いてくださったの。そして、若さには限りがあると、いつまでも長引かせても、誰のためにもならないからと、一つ賭けをしないかと持ちかけてこられた。……春までに私があなたを口説き落とせれば、あなたに二度と手出しはしない、でもそれができないのであれば、あなたをアルリードに渡すようにって。そのかわり、どのような結果になろうと、シダネルはライエルバッハを援助しましょうと。……その手始めに、あの新しい本の販売をシダネルに委託したの。ちょうど新しい販路を探していたところだから、渡りに船だった。おじい様は、それもお見通しだったのでしょうね」

 きっとそうなのだろう。が、私にはそれ以上に、祖父に彼女への想いを見透かされていたことの方が、非常にいたたまれなかった。そ知らぬ顔で、人に後継としての仕事をあれこれ押し付けておきながら、裏でそんなことをしていたは。本来ならその気持ちに感謝すべきところなのだろうが、恥ずかしさのあまり、古狸め、という罵り言葉しか浮かんでこなかった。

「これ。おじい様からあなたへお手紙を預かっていたの。想いが通じたら、渡すようにって」

 彼女は立ち上がり、旦那様の椅子の上に置いてあった包みを取って、私に差し出してきた。手紙というにはかさばっている。それは彼女も疑問だったようで、後で一人で、という雰囲気でもなかったので、私はその場で開けてみた。出てきたのは、手紙とタイトルのない本だった。まず手紙を開く。

『不肖の孫へ。

  できもしないことを言うな、見通しの甘い愚か者め。

  かくなる上は、覚悟を決めて、女公の伴侶としての役目を果たせ。

  それが何かは、どうせまた見当はずれなことを考えて女公に心労をかけるに

  違いないから、はっきりと教えておく。

  世継ぎだ。

  子どもができるまでは、そのつまらない顔を見せる必要はない。

  これ以上私の期待を裏切るなら、おまえなど足元にも及ばない男を女公に

  お勧めするから、そのつもりでおれ。

  くれぐれも愛想を尽かされんよう、心を込めてお仕えせよ。

  騎士団仕込みの手荒なまねは、けっしてしてはならんぞ。

  同封の本をよく読んで、勉強するのだ。

  良い知らせを、心から待っている。

                                祖父より』

 嫌な予感に、彼女から中が見えないようにいくらか本を立てて表紙を開くと、『閨事の秘儀』と書いてあり、その時点で、ぱたりと閉じた。

 あの狸じじい、完全に面白がっている。それとも嫌がらせか。これが思いやりだなどと思ったら、絶対に馬鹿を見るのは、長い付き合いでわかっている。

「おじい様は、なんて?」

 彼女が純真に小首を傾げて聞いてきた。

「……あなたを大切にするようにと。こちらは……小言が書き連ねてあるようです」

「そう」

 そこで彼女は、くすりと笑った。

「そんなに邪険にしないで。おじい様は、またきっと、人の悪い書き方をなさっているのでしょうけど、あなたのことをとても心配なさっているのは本当よ。おじい様の気持ちを、ちゃんと読んでさしあげて?」

 『おじい様の気持ち』。そんな余計なものは、今すぐ暖炉に放り込んで燃やしてしまいたかった。しかし、

「……あなたがそう言われるのなら」

 私に、それ以外なんと言えただろう。

 私はしかたなく、彼女に怪しまれないように、曖昧に笑ってみせたのだった。

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