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金の女領主と銀の騎士  作者: 伊簑木サイ
第六章 想いの在り処(ありか)
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 ずるい?

 私が戸惑っているうちに、主は不機嫌に私の杯を取り上げた。止める間もなく、ざばーっ、ざばーっとたて続けに二つ注ぐ。あれで、なぜ零れないのかが不思議な荒っぽさだった。

「このあいだは、ハンナも相伴したって言うじゃないの。私だって、もう子供じゃないのに。……他の人たちが私を誘いにくいのは、わかっているつもりよ。領主ですもの。だから、ここで私を誘えるのは、あなただけなのに、あなたはいそいそと、ロランたちとばかり飲みにいってしまうんだもの」

 いそいそ?

 主の目には、そう映っていたのかと、唖然とした。べつにまったくそんなつもりはなかったのだが。一応、条件反射で謝罪を口にする。

「それは気が利かず、申し訳ございません」

「じゃあ、もう一度私と乾杯して」

 主は、なみなみと注いだ杯を私に押しつけた。自分の分を顎の高さまで持ち上げて、目で私にも掲げろと指示してくる。おとなしく従えば、主は朱唇を開いた。

「我がトリストテニヤにいついかなる時も枯れることなく清らかな水を授けてくださる、泉の女神サンドリヨンに。変わらぬ恵みを感謝して。乾杯」

「乾杯」

 またもや神に捧げたおかげで、飲み干さねばならなくなった。薬酒は水のようなワインと違う。強い酒だ。これ以上はたまらないと、私は主より先に杯をあけて、まだ呷っている途中の主に声を掛けた。

「すみませんが、そろそろお話をしてもよろしいでしょうか」

「そうだったわね。どうぞ、話して」

 主はようやく杯を置いてくれた。こちらにまなざしを向けてくれる。……さっきより、あきらかに酒精に侵された目で。とろんと潤んだ瞳と、横座りになっている体の線が、なんとも婀娜っぽい。それに、今さら気付いたのだが、長いガウンの下は、どうやら夜着のようだった。

 私はさりげなく視線をそらして、暖炉の火を見つめることにした。そうして、感情を排し、さんざん考えた末に捻りだして暗記しておいた文言を、ただ声にすることに集中する。

「……不躾なことをお聞きいたしますが、どうぞお許しください」

「ええ。なになの?」

「……御領主様には、想いを寄せる者がいらっしゃいますね」

 静寂が落ちた。薪がパチパチとはじける小さな音だけが響く。しばらく待っても答えはなく、私は主に顔を向けた。主はどことなく不安そうに私を見ていた。目が合うと、主の方から目線をそらす。質問の答えは返らず、逆に問いかけられた。

「……そんなことを聞いて、どうするの?」

「その男を、あなたに相応しい者に仕立てあげます。あなたの隣に立てるように」

 主はぴくりと柳眉を顰め、それからゆっくりと、高慢に顎を上げた。目の色に険しさがのり、怒っているのがうかがえる。

「……そう。私が望めば、どこの誰ともわからない男とでも、あなたが結婚させてくれると言うの」

「はい」

 そう答えた瞬間に、主の体がぎゅっと強張ったのがわかった。抑えた激しさがびりびりと伝わってきて、ああ、本当に、あの男のことが大切なのだと、納得できた。あの男が絡めば、私すら敵視する。そういうことなのだろう。

 主は、感情の起伏に耐えかねたかのようにあえぐと、喧嘩腰で言葉を投げつけてきた。

「その男が、私のことなんか、なんとも思っていなくても?」

 まさか、と思う。あの男は、主を『我が命の息吹たる女神』と呼んだ。己の命に譬えた相手を、なんとも思っていないわけがない。私でさえわかるものを、恋愛小説好きの主がわからないはずがないのに。

 そこまで信頼してもらえないのかと、私はひどく落胆した。今まで紡いできた繋がりは、何だったのだろう。胸に空虚さが広がっていくのを感じる。それでも、前御領主に誓い、自分の胸に決めたことを告げる。きっと、あの男相手に、そんな必要はないと思いながら。

「はい。首に縄を付けてでも連れてきます。そして、あなたの素晴らしさを理解できるまで、よくよく言って聞かせましょう」

 主は唇を噛んで、ますます柳眉を逆立てた。ぎりぎりと睨みつけてくる。そして、するどい口調で、畳み掛けるように私に問うてきた。

「誰であっても、絶対に?」

「はい」

「私の望んだ人と結婚させてくれるというのね?」

「そうです」

「二言は許さないわよ」

「はい。おまかせください」

「じゃあ、教えてあげるわ。……あなたよ」

 私は主の言ったことが理解できず、思わず首を傾げた。すると主は、わっと怒りを全開にして、叫んだ。

「あなたよ! あなた! エディアルド・ライエルバッハ!」

 主は、聞き間違えようもなく、はっきりと私の名前を呼んだ。 

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