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金の女領主と銀の騎士  作者: 伊簑木サイ
第五章 誰がために 
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 私の簡単な説明の後、アストルは私と主に聞かれるままに、多くのことを語っていた。

「……そうです。領主から巻き上げられるだけ巻き上げたら、次はそこを拠点に近隣へ『狩り』に出るのです。そうして、『狩り』の成果を、掘り出した物だと偽り、少量ずつ領主に渡します。領主もおかしいと思いながらも、領経営が火の車になっていますから、今までつぎ込んだ分をとり戻さなければと、彼らの言いなりになる。そのうち、片棒もかつぐようになるのです。前回は、結局、首謀者に逃げられ、捕らえられた領主と息子は、極刑になりました。盗みが行われた時に、多くの人が殺されていたものですから。奥方と娘は身分剥奪の上、国外追放。領民も老若男女の関係なく関わっており、それらを捕らえた結果、領自体が立ち行かなくなりました。七年前の話です」

 トカゲの尻尾だけを捕まえたようなものだった。領主主導の領ぐるみの犯罪行為かと思ったら、領主さえ元々は被害者だった。それでも、罪を犯したのならば償わせなければならない。……己の無能さに歯噛みした、苦い思い出である。

「ピエトロリジーのお話ですね」

「ご存知でしたか。お若いのによく、……いや、知恵者と名高いライエルバッハ公に申し上げる言葉ではなかった。どうかお許しください」

「お気になさらず。若い(・・)は女性にとって、褒め言葉ですわ」

 アストルは最早言葉にならず、首を振って苦笑した。

 六年前といえば、主はまだ十三歳。しかし前御領主は、主が幼い頃から、なにかといっては仕事に同行させ、連れまわしていたと聞いている。幼いからといって、何一つ隠すことなく、罪人の処罰にも立ち合わせていたと。当然、ピエトロリジーの悲劇も話して聞かせたに違いない。

 そんな相手に、若い、と失言した。そこには、女性なのに、という侮りも含まれていたのだろう。恐らく無意識であったそれを、助け舟のはずの主の言葉に突かれ、言葉を失ったのだ。

 それでも、己を顧みて恥じ入る真っ直ぐさは、アストルの美点だろう。それだけの度量もない、特権意識に凝り固まった男は、真っ赤になって怒りだすものだ。

 主の足元にも及ばないくせに、男であること、年上であることをふりかざす愚か者を、殴り倒したいのを我慢して、どれだけ丁重にお帰りいただいたことか。

 アストルは一つ息を吐いて、表情をあらためた。女性に対する柔和さが減り、対等の相手に対する真摯さと鋭さが増す。

「では、英明なライエルバッハ公にはおわかりでしょう。先程のエディアルドの話からも明らかです。グリエールハンザは、そろそろ次の段階に入ります。ただ、前回と違うのは、領主がアルリード公に助けを求めたことです。公の持つシダネル商会の経営手腕は、今や国中に轟いている。採算の合わない事業は、必ず追求を受けるでしょう。彼らは追いつめられているのです。グリエールハンザ公を留め置くために資金を調達するにしても、シダネルの追求を逃れるために利益を上げるにしても、また、逃亡するにも金がいる。その場合、『獲物』はどこになるか」

 アストルは言葉を切った。主は迷うことなく答えた。

「そうですね。王都か、我がトリストテニヤでしょうね」

 近隣に商業都市はない。襲って金になるような領が、他にないのだ。

「猶予がないのです。それが今日か明日でもおかしくない。……ですから、どうか、エディアルド様をお貸し願いたいのです」

「なぜ、エディアルドを?」

「ご存知ではいらっしゃいませんか。彼は騎士団でも勇名を馳せた騎士でした。その彼の助力が得られれば、調査だけでなく、踏み込んだ策をとれます。それは、このトリストテニヤの安全にもつながりましょう。騎士団は、もっと証拠がなければ動かせません。それからでは遅いかもしれないのです。ですから、ぜひ、エディアルド様の同行をお許し願いたいのです」

 いくぶん前のめりになって訴える。その姿から、恐らくこれがアストルの目的だったのだと、私には感じられた。……さしづめ、私に、騎士の気概を思い出せとでもいうのだろう。

 まったく。よけいなお世話である。誰も彼も、私の言うことをきちんと聞かない。私は、騎士に戻る気はないと言っているのに。

 だいたい、危ないのなら、なおさら主の傍を離れられるものか。たとえ主が了承したとしても、私は従うつもりはなかった。ただし、それは杞憂だったとすぐにわかった。主が彼の申し出を断ったのだ。

「それは許可できません」

「公、どうか」

 主は右手をあげ、アストルの話をさえぎった。

「ライエルバッハは、他者に(やいば)を向けません。身を守るためならまだしも、他領にまでわざわざ出掛けていって行うなど、言語道断です。我らが剣を抜く時がいつであるべきか、王の騎士であるあなたならば、誰よりもよく知っているはず。それとも、あなたは、ライエルバッハの剣を必要としているのですか?」

 アストルは目を見開き、絶句した。それから、気を取り直したらしく、怒りを抑えながら、反論した。

「我が騎士の誓いをお疑いか。いくらライエルバッハ公といえど、侮辱が過ぎます」

「侮辱と取られたのなら、私の言い方が悪かったのでしょう。不快な思いをさせて、失礼しました」

 主は、失礼しましたと口にしながら、心から言っているとは感じさせない、不思議な美しい笑みを浮かべた。とても優雅で、そして妖艶で。小さいはずの体が大きく感じられるほどに凄みのある。

「……ですが、私の怒りは、それ以上でしてよ。アストル・ドラクロワ卿。その浅知恵でエディアルドを危険にさらすというのなら、容赦しません」

 主は彼の名を呼んだところで笑みを消し、静かに強く言い切った。

 二人はしばらく見据えあっていた。私はそれを静観していた。主が彼をつまみ出せと言うならば、そうするし、彼が暴言及び暴力にうったえるつもりならば、主に害がおよぶ前に叩きのめす。

 アストルが、ふっと息をついた。二人の間にあった緊張が霧散する。彼は胸に手を置き、頭を下げた。

「考えの足りぬことを申しました。申し訳ございませんでした。お許しください」

「許します。あのように言いはしましたが、あなたの誠意を真に疑ったわけではありません。……友誼に厚い方ですね、あなたは」

 主は優しく微笑んだ。

「あなたのような友人がエディアルドにいること、私も嬉しく心強く思いました。また、ぜひおいでください。いつでも歓待しますわ」

 主は遠まわしに会談の終了を告げた。言外のそれがわからないほど、アストルは鈍くない。

「……お忙しいところ、ご協力いただき、誠にありがとうございました」

「任務の成功をお祈りしています」

「王の騎士として、最善を尽くす所存です」

 アストルは立ち上がり、男性に対するように、手をさし出した。主も立ち上がり、その手を取る。しっかりとした握手が交わされた。

「……エディアルド、ドラクロワ卿を見送ってさしあげて」

「かしこまりました」

 アストルは騎士の礼をすると、あとは何も言わずに主の前を去った。


「エディアルド」

 クレマンに言いつけて、馬を連れてきてもらうのを待つ間に、前を向いたままの彼に呼ばれた。

「なんだ」

「ライエルバッハ公は、よい主だな」

「言われるまでもない」

 彼は舌打ちをして、手の甲で軽く私の胸を叩いた。悪態をつく。

「主従揃って可愛気(かわいげ)のない」

 主への侮辱ととってもよかったが、私は目くじら立てることはしなかった。彼は、主の容赦ない叱責に、逆らわず頭を下げた。普通の男であれば、復讐を誓ってもおかしくない。それがこの程度の愚痴ならば、咎めるまでもないだろう。

 だが、心の内はどうであるのか。私は主の身をおびやかす因縁を残したくなかった。

「……主への鬱屈があるならば、私が受けるが」

 アストルは横目で私を見て、笑った。

「ないさ。あれは確かに、私が考えなしだった。それに、納得した。君を顎でこき使う、どんな大女か悪女かと思っていたんだが。あれだけの器量の方に、あれほどに思ってもらえるなら、男として膝を折るに不足はないだろうよ。……そうなんだろう?」

「ああ」

「真顔で惚気るな」

 さっきよりも強く、胸を叩かれた。私たちはお互いに、喉の奥で小さく笑った。

 やがて馬がきて、彼はすぐに馬上となったが、私はまだ手綱を離さず、話しかけた。

「私から主に、君に助けをよこすよう頼んでみる。だから、城下で一日待っていてくれないか」

「助け?」

「ああ。様々なことに精通している人物だ。ただし荒事には向いていないから、しっかり守ってくれると約束するならばだが」

「わかった。君が推す人物なら、間違いないだろう。期待はしないで待っているよ」

 こうして元同僚は去っていった。

 私はその足で主の許へ戻り、クレマンを派遣するように願いでた。彼ならば植物に造詣が深く、よって、土地の形状や状態を細やかに調べてくるだろう。また、庶民の暮らしにも詳しい。人々も、彼になら警戒心を抱かないにちがいない。強面(こわもて)のアストルが事情聴取するより、よほど話がうまく進むと思われた。

「いずれにせよ、グリエールハンザは窮状にあります。このままでは、人心が荒れてもおかしくない。その前にできることはないのか、かの地の状態を正確に知っておいた方がよいと思います」

「そうね。クレマンならば適任ね。……ところで、ドラクロワ卿の腕前は確かなのかしら?」

「それは請合います。問題ありません」

「そう。あなたがそう言うなら、許可しましょう。クレマンを呼んでくれる? ……あと、ロランも」

「かしこまりました」

 私は主の命を果たすべく、執務室を再び出たのだった。

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