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金の女領主と銀の騎士  作者: 伊簑木サイ
第五章 誰がために 
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 主の用意が整ったとトラヴィスが呼びに来て、私はアストルを執務室に案内した。

「それにしても、聞きしにまさる陰気な城だな。……夜な夜な、壁から吊り下げられた騎士たちの幽霊が出ると聞いたが、君は見たことがあるのか?」

 玄関ホールを通り抜ける時に、彼は本気とも冗談ともつかない口調で言った。このホールのおどろおどろしい飾りつけは、前御領主渾身の力作だ。噂がただの噂と思えなくなるのは、私も改装が終わった後の夜の見回りで、嫌というほど味わっている。

「一度」

「えっ?」

「ここで」

「まさか」

「そこの戦斧で斬り倒したが、死ななかった」

 私は壁の戦斧を顎で示した。あの時壊したカラクリ甲冑は、修理されて、目の前に立っている。嘘は言っていない。

「君、斬りかかったのか」

「それ以外、どうするというんだ」

 武器を手にしたモノが何をするかなど、一つしか考えられない。城には他にも人がいた。それも、戦いに向かない者ばかり。私が食い止めないで、誰が逃げ延びられるというのだ。

 本気で心配したのだ。総毛立つような恐怖で、こっちは必死だったというのに、前御領主の悪戯だったのだから、何年たっても腹立たしい。

「どんな姿だったんだ。血まみれか。それとも腐り果ててたか」

「鎧姿だ」

「おお、そうか。鎧ごと吊り下げられたのだったな。……百年以上たっても、鎧姿で彷徨うとは。あっぱれと言おうか、哀れと言おうか」

 アストルはしきりに感心して、ぶつぶつと呟いている。

 であるにもかかわらず、私の間合いの少し外をぴたりと保ってついてくるのが、鬱陶しい。ただでさえ真後ろを取られている。背筋がぞくぞくとしてしてしかたなかった。

 昔は、そんなことはなかった。命を預けあう仲間に、背中を任せるのはあたりまえだった。だが、今はそれができない。……あの男のせいで。いや、私の惰弱のせいで。

 私は己の緊張を悟られぬように、彼の前を歩くしかなかった。


「アストル・ドラクロワ卿をお連れしました」

「入りなさい」

 主の許可に、私は先に入った。扉を押さえ、彼を入室させる。

 貴族らしい濃い茶のドレスに着替えた主は、優雅に執務机を離れて、にこやかにアストルを迎え入れた。

「王の騎士よ、よくいらした」

「ライエルバッハ公におかれましては、ご機嫌麗しく。お会いできて光栄です」

 主が手を出すと、アストルはそれを恭しくとり、身を屈めて甲に接吻をした。まるで騎士物語さながらの光景である。長い! と一喝してやりたい数瞬が過ぎ、アストルが身を起こして、主が手を引いた。

「どうぞそちらへ。お話をうかがいましょう」

 アストルが頷いて応接用のソファに足を向ける。私は差し伸べられてきた主の手を取って、ソファまで導いた。

 主を領主用の椅子に座らせたら、自分は下座にと思っていたのだが、く、と手を引っ張られ、長椅子へとうながされた。主を窺えば、逆らうことを許さない色がある。私は一目で諦めて、その指示に従った。

 ただし、そうすると、アストルの真正面に座ることになる。私は自らアストルの前に陣取り、しかたなく主を下座にあたる方へと押しやった。

 無礼だが、主がいる場所で、剣をさげた騎士と同席して座るなど、気分が落ち着かない。本当は、いつでも剣を抜けるように立っていたかった。それができないのならば、せめて、攻撃しにくい利き腕と反対側にと主を遠ざけたのだ。これで、いざまさかの時は、いくらかでも危険を減らせるからだ。

 理性ではわかっている。アストルが害意を持っているはずがない。王家との関係は良好であり、国内にも不穏な空気はない。だいたい、本気で主の命か身柄を得たいのなら、たった一人きりでなく、大勢を送り込んでくるだろう。

 それでも、感情がいうことをきかない。……どうしても、騎士に対して警戒心が募る。

 アストルは私の意図を読み取り、私にだけわかるように、ほんの少し右の眉を器用に上げて揶揄してみせた。……とても面白そうに。

 私はそれを黙殺した。

 座る位置のことなどまったく気にした様子のない主は、泰然と微笑んで、アストルに話しかけた。

「それで、王の騎士団が、うちのエディアルドに、どのようなご用事があるのでしょう?」

「彼から、騎士団が追っている者に関わりがあるのではないかと思われる情報をいただきました。その詳細を伺いたく、参じた次第にございます」

「そうでしたか。わたくしも一領を預かる身として、グリエールハンザの件は、人事(ひとごと)ではないと思っています。助力を惜しみませんわ。……エディアルド、どうぞ教えてさしあげて」

 まるで、なにもかも私と情報を共有しているかのように主は言った。これでアストルは、私に語るように主にも話さざるを得ないだろう。

 『教えてさしあげて』。そのたった一つの指示を出すことによって、私が語るかどうかは、領主である彼女の胸先三寸であり、また、私が知るところは、すなわち主の知るところになるのだと示したのだ。

 本当に敏い人だ。そして、祖父の時も思ったのだが、この若さで、しかも女性の身で、大の男と一歩も引かずに渡りあう度胸がある。

 まったく、この小さなかわいい頭の中には、どんなものが詰まっているのやら。

 私は惚れ惚れと主を眺め、かしこまりました、と返事をした。主もそれに応えてくれて、にこっと笑みを深くする。……ああ。今日のドレスもよくお似合いだ。どのくらい見ても、見飽きることがないほどだ。

 だからもうしばらく主の姿を堪能したいと思っていたのに、こほん、と咳払いが聞こえ、私は笑みを消して正面を向いた。

 この邪魔者を呼び寄せたのは他でもない。グリエールハンザと犯罪者集団についての、最新の情報が欲しかったからだ。

 さて。主のいる前で、全部話してもらおうか。たとえ私が聞き漏らすことがあっても、主ならば、うまく洗いざらい聞きだしてくれるだろう。

「話す前に、一つ聞いておきたいのだが……」

 私は何食わぬ顔で、情報提供の皮を被せた尋問を始めた。

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