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金の女領主と銀の騎士  作者: 伊簑木サイ
第五章 誰がために 
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 豊穣祭もつつがなく終わり、季節は本格的に冬へ向かおうとしていた。

 領内は、この時期が一番静かかもしれない。貴族たちの要請で派遣した音楽家や舞踏家や演者もまだ帰って来ず、冬篭りしようという吟遊詩人たちが現れるには早い。もちろん、領民たちの素人芸の騒がしい練習も聞こえない。

 豊穣祭の飾り付けが片付けられた城下に流れるのは、歳をとって体が利かなくなり、ここを終の棲家と決めた音楽家たちが奏でる、心に染み入るような音ばかりだった。

 農民たちは今年最後の取り入れと、冬蒔きの作物の用意を。職人たちは仕事の続きを。そのほかの者たちも、冬を迎える準備を。

 トリストテニヤは平穏な日常を、すっかり取り戻していた。


 そんな晩秋の穏やかな午後。

 力強くノッカーを何度も叩く音が、城に響き渡った。こんな暴力的な客は、ついぞお目にかかったことがない。客の正体に心当たりを抱きつつも、辟易して扉を開けると、そこには予想どおり、昔の同僚が立っていた。

「やあ、エディアルド」

 満面の笑顔で、今にも抱きついてこようとする。私は、ぎょっとして、とりあえず扉を閉めた。扉の握りを押さえたまま、動顚した気を落ち着けるために一つ息をつく。腕から首筋にかけて、鳥肌が立っていた。……情けないことに。

「おい、エディアルド! どうして閉めるんだ!? 私は君に手紙を貰ったから、急いで駆けつけたんだぞ!!」

 扉の向こうで、元同僚は、わあわあと喚いた。

 人選を間違ったかもしれない、と最早私は後悔していた。やはり、直接団長に送ればよかった。そうすれば、違う人員が寄こされたかもしれなかった。けれど、騎士団を首になった身分で、あの人にそこまであつかましいことはできないと思ったのだ。

 そこで、特に用もないくせに、どうでもいい手紙を返事がなくても小まめに勝手に送ってくるアストルに連絡をつけたのだが。久しぶりだから忘れていた。ただし、顔を見た瞬間に思い出した。奴はものすごく鬱陶しいのだ。会ったらハグはあたりまえ、ただ話すだけで肩を組むことも珍しくない。

 当時はそれも平気だったが、今の私は、男に触られるのが、虫唾が走るほど嫌いだった。

 しかし、呼び出しておいて追い返すわけにもいかない。私はしかたなく、拳一つ分ほど扉を開いた。

「だからどうして、そういう扱いなんだ!?」

「私の間合いに踏み込むな」

「わざわざ尋ねてきた友人に、挨拶より先にそれか!? 相変わらずだな、君は!」

 挨拶のために抱きついてくるんだから、それより先に言わねば、まにあわないだろう。どっちが相変わらずなのかと、言い返すのも億劫になって、ただ呆れを含んで見返すにとどめた。

「まあ、いいさ。変わってないようでなによりだ」

 彼は一つ肩をすくめて、いずまいを正した。左手を剣の柄頭に置き、右手を胸にあて、上半身を軽く折るだけの騎士の礼をする。

「エディアルド・ハル……、いえ、失礼いたしました、エディアルド・ライエルバッハ様にお願い申し上げます。通報をいただいて、王国騎士団より派遣されてまいりました、アストル・ドラクロワでございます。ぜひにも詳しいお話をうかがいたく、お時間をいただけますでしょうか。……こちらは任命書です。どうぞお検めを」

 巻かれた紙をさしだしてくる。それを受け取り、形ばかりに検めた。見覚えのある団長のサインと、騎士団の印が押してある。

 いつも思うのだが、これで本物か偽物かわかる者はいるのだろうか。この程度、いくらでも偽造できると思うのだが。

 やっかいなのは、真偽がわからないのに、おいそれと断れないことである。王国騎士団で正式に任命されてやってきた騎士を追い返すのは、国王陛下の顔に泥を塗るにも等しい。つまり、たとえ追い剥ぎが騎士を騙っていたとしても、追い返せる者は滅多にいないということだ。

 まあ、貴族生まれで、幼少期から徹底的に騎士道を叩き込まれる騎士と、そのへんのごろつきでは、立ち姿から何から、滲み出るものが違うのだが。

「わかった。主に許可をいただいてくる。待っていろ」

 任命書を巻いて返してから、そう言い置いて扉を閉め、いちおう閂もかけた。ラスティのように、勝手に入ってこられたらたまらない。

 私は主の許へ向かった。


 主には、アルリード邸に行った時に小耳に挟んだ件で、騎士団時代の友人に情報を流したら、詳しい話が知りたいとやってきた、と簡単に説明した。

「どのような話か、聞いてもいいかしら?」

「はい。グリエールハンザの経営破綻の話はお聞き及びでしょうか」

「いいえ。……ああ、そういうこと。迂闊だったわ。ここ何年も吟遊詩人への金払いが悪くて、彼らもほとんど寄ってないから、情報がなかったの。盲点だったわ。……それで?」

「その理由が、詐欺に遭ったせいではないかと思われまして。……金の鉱脈があると(そそのか)されたらしいのです」

「この辺の土地で、そんなものが出るという話は、聞いたことがないわね」

 主が同情半分、もう半分は呆れたとばかりに、小首を傾げた。

「はい。明らかに詐欺だと思われます。……実は、昔、それと同じような件に関わったことがありまして。捕縛の一助になればと思い、簡単な説明と情報元を知らせたのです」

「そう。そういうことなら、ぜひ協力してさしあげなければ。客間にお通しして」

 主が書類をまとめて、鍵の掛かるキャビネットにしまいはじめる。

「私も同席します。着替えてから行くわ。必要なら食事も出してさしあげて」

「かしこまりました」

 私は台所に寄って来客があることを伝え、それからアストルを迎え入れた。

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