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金の女領主と銀の騎士  作者: 伊簑木サイ
第四章 こぼれた想い
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 一日が終わり、私は自室のライティングデスクの椅子に座った。考えをまとめたかったのだ。暗い窓の外を眺めながら、思いめぐらす。……手段は、選ぶべきなのではないかと。

 私の評判だの命だの苦労だのは、べつに、どうでもいいと思っていた。いつ死んだところで惜しくない命だ。使えるものは利用しつくし、やれるだけのことをやってみようと。

 でも、それで本当にいいのだろうか。

 あの人は、私を大切だと言ってくれた。好きだと言ってくれた。それも、誰よりも、と。……それが、真実の私を指して言ったものではないとしても。

 ラスティが今の私を見て何度も言ったように、ここにいる私は、本来の私らしくない。

 まったくもって恥ずかしいのだが、ここに来る前の私は、力がすべてだった。騎士団という狭い世界の中で、誰よりも強くあること、それを目指し己を鍛えることだけが、私にとって価値のあることだった。ハルシュタットの男として、父や兄たちに恥じぬ騎士になりたかったのだ。

 しかし、私はがむしゃらに力を求めるあまり、いつしか、それに捕らわれていたように思う。弱き者を守るための力であり、騎士であるはずなのに、いつのまにか、相手を力でねじ伏せられることに喜びを()(いだ)していた。私は、王と国に剣と命を捧げると宣誓しながら、実は己のために力を振るう、愚か者に成り果てていたのだ。

 けれど、あの出来事に遭い、前御領主に助けられて、私は渋々ながら、力を封ずる道を選ばなければならなかった。復讐を果たすにしろ、ライエルバッハとして生きるにしろ、そうしなければ、あの独房から出られなかったからだ。

 そうしてここに連れてこられて、穏やかに迎えてくれた人々に、私はとても戸惑った。特に、『小さなサリーナ』の無防備な好意には、逃げ出したいような気分にさえなった。

 私は、あんな純粋な気持ちを寄せられるに足る人間ではない。曇りのない信頼、まっすぐな思慕。私はそれを裏切りたくなくて、……見損なわれたくなくて、私の知る、それに足る人物の行動を真似た。……尊敬する兄たちを。

 長兄のように、ゆるぎなく、誠実に、次兄のように、慈愛を持って、三番目の兄のような不屈さと、周りへの気配りを忘れず、四番目の兄のように、冷静な状況判断を心掛ける。すべて兄たちがその身をもって示してくれたものだ。

 だが、それらは私の表面に貼り付いているだけのもので、中身は未だに我儘で傲慢な末っ子のままだ。力で従わせられるなら、それが一番楽だと思っているし、(しょう)に合っている。先日、ラスティと久しぶりに木剣を交えて、その思いを深くした。力でぶつかり合っている時が、私は一番しっくりくるのだ。

 私の本性は五年前と変わっていない。それでも、あの人の前でだけは、己を律していられる。そこは成長したところだと思っている。

 そんな私を大切だと、好きだと主が言ってくれるのなら、そして、主に見合う人間でいたいのなら。きっと、他の人間を踏みつけにしたり、道具と見なすようなことをしてはいけないと感じる。

 ……お飾りの妻をもらったり、知人の家のことと知っていて、その権利や富を掠め取るようなことは。

 そんなことをすれば、あの人は悲しむ。被害を被った者を思うだけでなく、私がそれをしたということに傷つくだろう。

 そういう人だ。優しく、心根の美しい人だから。

 私は、彼女のそんなところを守りたかったのではないか。だったら、私は手段を選ぶべきなのだ。今は非常時ではなく、選べる状況にあるのだから。

 考える、考える、考える。様々なシミュレーションを頭の中で繰り広げる。どんな未来なら、主の気に入るだろうかと。

 しばらく後に、私はランプの光を強め、ライエルバッハの家紋入りの便箋を手に取った。そして、昔の知り合いへと、手紙をしたためることにしたのだった。

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