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金の女領主と銀の騎士  作者: 伊簑木サイ
第三章 彼の後悔、彼女の決意
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14

 親仁さんと、またの再会を約束して、私たちは早々に屋敷に帰った。

 主が部屋に戻る前に、私も部屋にいる必要があったからだ。主の呼びたてがない間に、自分の用をすませておくのは、バトラーの最低限の心得である。

 自分のコートをクロゼットに片付け、ラスティのものは、簡単に畳んでワゴンの下に入れた。

 それからテーブルの角を挟んで、それぞれ一人掛けのソファに座り、かけつけでたて続けに三杯ワインを飲んだ。

「俺、空きっ腹なんだよ、勘弁してくれよ……」

 途中で、ラスティがぐずぐずと言いだす。どうりで、つまみが妙に軽食めいていると思った。どうやらラスティの夕飯と兼用だったらしい。

 しかたないので、なだめるためにチーズを一切れ食べさせ、飲んだら残りを全部食べていいと、つまみの載った皿をラスティの前に置いてやる。

「俺は犬か……」

 座れ、飲め、食べてよし、待て、おあずけ。言われてみれば、いずれも犬への命令と同じである。笑いそうになったが、控えた。不承不承飲んでいるラスティの機嫌を、これ以上損ねると、それはそれで面倒だ。

 とりあえず、一本酒瓶が空いた。これで飲んでいた状況(・・・・・・・)が作り出せただろう。新しいものを開けた次の一杯には、改めてゆったりと口をつけた。よく味わってみれば、良い酒を出してくれている。素直においしかった。

 私が舐めるようにちびちびと飲む目の前で、しばらくラスティはがつがつと飲み食いしていた。半分ほどつまみを平らげたあたりで、ふうと息をつき、顔を上げる。人心地ついたらしい。

「どちらから聞きたい?」

「シダネルから頼む」

 ラスティは食べる速度を落として、淡々と語りはじめた。……シダネル商会の現状、従業員の人となり、及び取引先についてと、アルリードの血に連なる者たちのことを。

 それが、今夜、祖父のお膳立てで、本来私たちがするべきことだった。

 シダネル商会は祖父の興したものではない。その名のとおり、シダネルという男のものだった。祖父はその後継者である。

 本業は金融業。私が祖父の家から持ち出した本を、売り払いにいった質屋も、シダネルのものだった。

 元々は商人相手の金貸しだったが、祖父の代から貴族を相手にしだし、取引が大きくなっていった。今では、借金の(かた)に貴族からまきあげた領地の経営権も手にして、多角的な事業を展開している。

 逆恨みとはいえ、落ち目の貴族からは相当な恨みを買っており、彼らを中心に評判はすこぶる悪い。だが、権威者からは一目置かれており、堅実な領地経営をするため、土地の者からはむしろ感謝されているようだと、ライエルバッハの情報網から入ってきている。それは、ラスティの話すことと、そう大きくは違っていなかった。

 一方、アルリード家は文官の家系で、直系は祖父の正妻が最後である。ただし、代々多くの官僚を輩出しており、宮廷内で、アルリードの血を引く準貴族位を持つ者は多い。

 準貴族位は二代限りだが、その子も官僚になれば、孫も同じ位を賜れる。子弟を熱心に教育し、コネを最大限に使って官僚にさせ、そうやって脈々と版図を広げてきた。官僚内でも一大勢力を誇る血筋だ。

 当主が政治に参画していないこと、後継者が未だ決まっていないこと、捨て置かれている正妻が養子にと望んで傍に置いている血族の男子がいることなど、内紛の火種は多い。

「おまえがアルリードの娘を娶って、宮廷に出仕すれば、それが一番まるく収まる」

 私と目を合わせもせずに、ラスティは言った。合わせる気にもならないだろう。

 そんな将来、正直、うんざりである。

 腹が黒いか頭の悪い連中と、虚偽やら欺瞞やらの応酬を繰り広げるのだ。血筋だけで押し付けられたなら、たまらない役柄だろう。

 けれど、まあ、成し遂げたい望みがあるのだから、それもいたしかたない。

「毒を食らわば皿までだ。なんでもやるさ。……どこまで行けるかはわからないが」

 不安がないと言えば嘘になる。ただ、やれることはやりつくしたい。そうでなければ、生き長らえている意味がない。

 ラスティが、はっとしたように顔を上げ、眉をひそめた。

「おまえ、どうしてそこまで」

 迷う瞳で、そこで言葉を途切れさせる。結局、長い逡巡の末に横を向いて、何も言わずに息だけついた。

 したくもないことを(・・・・・・・・・)どうして(・・・・)そこまでするのか(・・・・・・・・)

 その質問ができるということは、彼なら、答えもまた、わかっているはずなのだ。

 しかし、それを言ってはならない。そこに潜む二律背反の願いを露わにしてはいけない。今話し合っている未来予想図ではなく、もっと他の未来を思い描いてしまうから。

「……今も昔も、おまえの行く場所が、俺の行くべき場所だ。おまえの好きにするといいさ」

 そんな台詞は女にでも言ってやれと言いたくなるようなことを、ぬけぬけと言って、ラスティは酒を呷った。

 私は低く笑った。

「鬱陶しい奴だな、本当に」

 何度口にしたかわからない悪態を、私は芸もなく繰り返したのだった。

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