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金の女領主と銀の騎士  作者: 伊簑木サイ
第三章 彼の後悔、彼女の決意
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11

 祖父と話をつめて部屋にもどると、グレンが荷物をほどいていた。晩餐用の揃いがすぐに着られるように出してあった。

「お帰りなさいませ。晩餐まではもうしばらく時間がございますが、お着替えはいかがなさいますか」

「我が御領主から、何か連絡は?」

「ございません。まだ湯浴みをなさっています」

 それはまた、時間がかかっている。

「いったい何をしている」

 少々心配になって、厳しい口調で尋ねると、グレンは意外なことを言った。

「さきほどご紹介いたしましたエセルは、旦那様の湯浴みも手伝っている者にございます。良い香りのするオイルでマッサージをほどこして、疲れを癒す技を持っております。ライエルバッハ公は、あまり外にお出にならないお方と承っております。王都までの移動で、さぞお疲れになっただろうとの、旦那様のご配慮でございます」

 いったいどんな格好で何をされているのか、想像外の話に眉をひそめれば、

「ご心配でしたら、立ちあわれますか?」

 当たり前のことのように聞かれた。が、そんなこと、できるわけもない。

「いや、いい」

「承知いたしました。まだお着替えになられないなら、お茶はいかがでございましょう」

「うん。もらう」

「かしこまりました」

 ソファに座れば、温石(おんじゃく)とカバーで保温されていたポットから、すぐに茶が供される。それを飲みながら、気になっていたことを聞いた。

「ラスティはどこにいる?」

 てっきり、彼が身のまわりの世話を買ってでると思っていたのだ。なのに、姿が見えない。

「彼はシダネルへ行っております。急な案件が入ったと申しておりました。御用がおありでしたら、呼びもどしますが」

「いや、必要ない」

 忙しいのだろう。祖父が鍛えがいがあると笑っていた。貴族の称号がないのが、惜しまれるとも。

 ラスティに称号があれば、スチュワードをまかせ、アルリードとシダネル商会の、どちらにも采配をふるえるようにできただろうに、と。

 しかし、血筋が重要視されるスチュワードやバトラーには、彼はどうしてもなれない。彼がどんなに望み、高い能力を持っていても、正騎士になれなかったように。

 理不尽だと思う。ラスティの祖父は、私の祖父の兄弟だ。ただ、ハルシュタット家の家督を継がない家系に生まれた。私と彼の違いは、それだけでしかない。

 ハルシュタット家は、辺境伯としてルドワイヤを守る義務を負っている。国境を接する国々は、過去何度も侵入をこころみようとし、それを一族をあげてしりぞけてきた。

 それを可能にしてきた、王国どころか周辺各国にも名がとどろいているルドワイヤ辺境伯騎士団は、多くが血族で構成されている。

 辺境伯位は、ほとんどの場合長男が継ぎ、それ以外の男子は騎士として従騎士を集めて騎士団を形成し、当主に仕えるという形をとる。

 ラスティの祖父は三男だったと聞いている。親が称号持ちでなければ、たとえ血筋であっても、その子たちは貴族ではなくなる。そうして名をなくしても、従騎士となり、ルドワイヤを守り、ルドワイヤに骨を(うず)めていく、それが一族の男の誇りなのだ。

 ただし、例外がある。ルドワイヤ以外に出される男子だ。もしも国境を守れず一族が滅んだ場合に、ハルシュタット家の血を残す任を負わされている。それが私だった。

 それを私は、五年前のあの時に、自分の勝手で放棄した。

 親兄弟だけではない。ハルシュタットの血につながる者、ルドワイヤに生きる者、それら全員を裏切る行為だった。

 当時は、自分の行動に、それだけの価値があると思っていた。この屈辱を晴らさなければ、ハルシュタットの男として、生きてはいけないと。

 なのにそのまま復讐も果たさず、おめおめとまだ生き残っている。

 どれほどの恥さらしであることか。

 だから、ラスティの奔走も、心底迷惑で鬱陶しかった。こんな私が、どこの表舞台に立てるというのだろう。

 実は、騎士団を首になった前科を持ちだすのは、私にとっては建前でしかない。

 見も知らぬ他人のあざけりなど、実害がない限り、本当は気にもならない。だが、私を育んでくれた者の失望は、自業自得とわかっていても、平気ではいられない。

 私が最も恐れ、気が咎めてならないのは、血族への自分の裏切り行為なのだ。

 私は、顔向けできないことをした彼らの目にも耳にも、これ以上、私の存在を触れさせたくなかった。このまま、埋もれ、朽ちていきたいと願っていた。

 ……しかし。

 さきほどの祖父との話を思い出して、私は深い溜息をこぼした。

 祖父に婚姻の話をもちだされたのは、寝耳に水だった。当主になるのだから後継者をつくるのはあたりまえなのに、すっかりそれを失念していた。私は、こんな自分の血を残すつもりなど、これまで少しもなかったのだ。

 どうにも気が重かった。自分と同じ血を持つ子が生まれるなど、考えられなかった。

 私だけが謗られるならいい。それなら、私の裏切りも、死と共に消えていくだろう。だが血を残してしまえば、きっと子も、またその子も、裏切り者の末裔として一族に記憶され続ける。

 ……これほどの罰はない。それでも。

 私はカップを置いて、胸に手をあてた。目をつぶる。

 どうしてなのか、今、主の存在が自分の中に、確かに刻まれているのを、はっきりと感じていた。

 それがあたたかく内側から照らし、私を慰めてくれる。

 ……これがある限り、私はこれを求めて、進まずにはいられない。

 私は、唇が微笑みをかたちづくるにまかせて、しばらく主の面影を追った。

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