7
朝靄の中、ご、が、と鈍い音が鳴り響く。
生木の枝を切り落として棒状にし、古布を巻いたものを剣に見立てて、私はラスティと打ち合いをしていた。
いつもより早めに起きてラスティを連れ出し、城下町とは反対側の斜面に来た。そこで木剣を造り、もっと音がしにくいように、布も巻いた。
朝の鍛錬自体は、城の誰もが知っていることだ。だが、彼と久しぶりに手合わせしたいと思ったのは、どうしてか誰にも知られたくなかった。
祖父の元へ行けば、こんなことができる場所も限られる。主が同行するというのだから、主に隠してやるのは難しいだろうと思われた。
つまり、今日を逃したら、次にいつこんなことができるかわからない。
頬の横をラスティの木剣がうなりをあげて通り過ぎていく。あたりにただよう踏みしだいた土と草の匂いに、爽やかな木の香りがわずかに混じった。
私は彼の手元近くを狙って、木剣を振り下ろした。迎え打ってきた剣を力ずくで押し下げ、空いた横腹に蹴りをいれてやろうとするが、その前に勢いをいなされ、彼の体が反転していく。
間合いを取ろうとするそれを追って踏み込み、続けざまに打ち込んだ。早いリズムで木剣が鳴り響き、それに鼓舞されるように、ますます好戦的な衝動が高まっていく。
血が沸き、心が躍る。ああ、これだ、と思う。
私は、体の中に眠っていた感覚という感覚が目を覚まし、鋭敏になったそれらすべてでもって、生きているという実感を味わっていた。
深い充足感に、陶酔する。
がん、という痺れるような衝撃が手を通じて肘まで届き、次の瞬間には、すっと抜けていって、相手の木剣がカランと軽い音を立てて落ちた。
ラスティの、悔しさと喜びが入り混じった複雑な表情が目に入る。そこでようやく我に返って、二歩引いて、握った木剣を下ろした。
「くっそっ、負けたっ!」
ラスティは悔しそうに悪態をついて木剣を拾い上げ、確かめるように、ぶんっと振った。
「もう一手いくか?」
「……いや、時間だ」
と思われた。うっかり夢中になって、時間の感覚がなくなってしまっていた。この後、やることが目白押しなのに、遅れるわけにはいかない。
「なんだ、勝ち逃げかよ」
ラスティが不満そうにするが、私は自分の木剣の布に手をかけた。
「戻る。布だけはずせ」
「しかたないか」
彼は木々の間から射す朝日の様子を見て、おとなしく従った。その布で、流れた汗を拭う。そして私たちは体を清めるために、ゆるやかな斜面を登り、城の井戸へと向かった。
ラスティはそのまま、朝食も食べずに、先に祖父の元へ帰っていった。思いがけず主も行くことになったためだ。貴族が貴族を訪ねるのである。ふらりと行くわけにはいかないし、向こうも迎える用意がいる。
ハンナに頼んで朝食を包んでもらい、ラスティに渡した。ラスティは昨夜の夜食に味をしめたらしく、大喜びでそれを持っていった。
一方、主と私は朝食をとってから、ゆっくりと城を出る予定だった。
荷物を載せ終え、主をエスコートして、馬車に乗せる。私が扉を閉めようとすると、主は、どこへ行くの、と私の手を掴んだ。
「御者台の方へ」
「いけないわ、エディアルド。あなたのお祖父様に会いに行くのに、そんなことさせたら、私、顔向けできないわ」
私は躊躇した。主の言っていることは間違っていないし、バトラーが主と一緒に馬車に乗るのも、そうおかしくない話だ。
しかし、狭い中で主と二人きりで半日も過ごすのが、私には気詰まりだった。
「中にいては、何かあってもすぐに対応できませんので」
「だったら、私も御者台に乗っていくわ。あなたの傍が、一番安全だもの」
平然と言って、出てこようとする。
「御領主様!」
「それに、今日はいい天気だから、外の方が気持ち良さそう」
「淑女のなさることではありません」
「紳士のすることでもないわね」
主はにっこりと言い返した。私は返事につまった。
「エディアルド様、うちから王都に向かう街道は、人通りの多い安全な道ですよ。いったい何があるっていうんですか。それとも、私が年寄りだから一人で馬を操るのを心配してくださっているんですか? だったら大きなお世話です。まだそれほど耄碌していません」
クレマンが冗談めかして肩を竦める。
「……いや、そういうわけではないが」
「では、お乗りください。扉を閉めます」
当然とばかりに言われ、急きたてられて、私は何も言えず、主の斜向かいに座った。