表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金の女領主と銀の騎士  作者: 伊簑木サイ
第三章 彼の後悔、彼女の決意
28/82

「ついてこい」

 ラスティの横をすり抜けざま、小声で指示して廊下に出た。そこで、呆れたことに気付く。

 この真っ暗な中を、あいつは灯りもなしで入ってきたのだ。恐らく、外から見た明かりの位置で、当たりをつけたのだろう。

 さほどの時間もかけずに居間まで辿り着いたということは、何度か偵察に来て、規模や窓の位置から、中の間取りを探っていたに違いない。

 ……あの日もそうだったのかと、今頃になって思い及び、私は舌打ちをした。偵察の最中に、いつもは城から出てこないはずの私が町の方から現れて、隠れきれないと悟り、わざと姿を見せたのだろう。

 どうしてすぐにその可能性に考え到らなかったのか。どうも平和呆けしている。これでは守るものも守れない。ラスティが暴漢だったなら、主の前まで迎え入れてしまったということになる。

 ひやりとしたものが背筋を駆け抜け、私は深く反省した。

 私は三階に上がり、端にある客室を選んで中に入った。こういった使者や御付きの者用の小さな部屋だ。

 窓を開け、サイドテーブルに掛けてある埃避けの布を片手で剥いでいると、ラスティがベッドに掛かった物を自分で剥ぎはじめた。

 テーブルにランプを置き、布を渡されるのを待つ。ラスティは丸めた布を、かなり逡巡した挙句、手荒に私に押し付けてきた。

「おまえ、本気で尻に敷かれてたんだなっ」

 苛々とした声で言う。

「情けないとは思わないのか。銀月の騎士の再来と謳われたおまえが、こんなところで、使用人まがいのことして……っ」

「まがいもなにもない、使用人だ」

「違うだろう! おまえはライエルバッハの名を得たはずだ! そうでなければ、あそこから出られはしなかったんだからな!」

 前御領主が私の身の潔白を保障し、その証として、ライエルバッハの名を与えてくれた。だから私は独房から出られた。それも、貴族としての身分を回復して。

「私はライエルバッハに相応しくない。おまえも見ただろう。我が主はあのような方だからな。はっきりと身を引いていると示さなければ、まわりが勘違いをする」

「おまえらしくもない! だいたいあれは、ヘンリルの真似だろう!」

 見事に言い当てられて、私は忍び笑いを漏らした。

 そう、故郷でさんざん世話をかけたバトラーを手本として、私は行動していた。できたバトラーが身近にいたことは、本当に幸いだった。でなければ、親すら持て余した荒い気質で、どう振舞っていたかわからない。

「言っただろう。おまえが『らしい』と感じる男は、ここにはいない。私はただの『エディアルド』だ」

 ラスティは激昂した雰囲気をまとったが、目を逸らして、はっと息をつき、感情を収めた。

「まあ、いい。こうなれば、返って幸いだったかもしれない。名家の名を二つも継ぐことはできないからな」

 私はそれには言及せず、祖父の病状や病名をはっきり知りたくて尋ねた。

「あの人は、いったいどうしたんだ」

「どうしたもこうしたもない。あの方も、もう七十八になられるんだぞ」

 私はその年齢に、素直に驚いた。

「もうそんなになるのか」

「なるんだよ! この五年ですっかり老け込まれた。季節の変わり目で風邪をひかれて、それから回復されないんだ。おまえが戻るまではと頑張っておられるが、限界だ。アルリードはやっかいな連中も従えているからな。このままでは見限られて、分解する」

 だが、まだ私はここを離れるわけにはいかない。アルリード家の力が手に入らなくても、他に力を手に入れる方策はあるから、別に困りはしないが、主やトリストテニヤに何かあるのだけは、避けなければならない。

「……ラスティ、アルリード公に身を寄せている(・・・・・・・)、と言っていたな」

 私はふと思い出して聞いた。仕えている(・・・・・)とは言わなかったのだ。

「あたりまえだ。俺はおまえに臣従を誓っているんだから」

 間髪入れずに返される。名状し難い何かが胸の内に(しこ)り、私は悪態をついた。

「……鬱陶しい奴だな」

「相変わらず、ひどい性格だ」

 ラスティは嬉しそうに笑った。それでこそおまえだ、とでも言わんばかりに。

 私は内ポケットから当主印を取り出し、彼に放った。

「馬っ鹿かっ、欠けたらどうする!」

 あわてて受け止めて、彼はわめいた。

「おまえが持っていろ。私は当分、ここから離れられない」

「冗談言うなっ。俺が持っていられるわけがないだろう!」

「あの人には、私が話を通す。おまえがあの人を支えるんだ」

「それとこれは別だっ。そんなのは、言われなくったってやっている。これは、おまえが、」

「おまえのものは、俺のものだろう?」

 ラスティは、口を開けて何か言おうとした形のまま止まった。

 私は、これ幸いと、これ以上面倒なことをラスティが言い出す前に、話を切り上げることにした。

「腹がすいているなら、軽い物を何か用意するが」

「……ああ。頼む。なあ、おまえ、」

「わかった。持ってくる」

 何かまだ言おうとしていたが、私は聞く耳を持たず、布を抱えて、さっさと部屋を出ようとした。

「あ。アル! ランプを忘れている」

 後ろから、真っ当な理由で引き止められた。私は振り返って答えた。

「それはおまえが使え」

 私一人だったら、本来必要ないものだ。城の中なら、目をつぶっていても歩けるのだから。

「本当に、相変わらず、おまえは……。その剣は、飾りじゃないと思っていいんだよな?」

「飾りにきまっている。とりあえず腰に提げておけば、警戒するだろう?」

 練習相手もいないのだ。苛め抜くようにして体も鍛えていない。腕なんか落ちたにきまっている。

「まったく、本当に、おまえ……」

 ラスティは途中で、我慢できないというように声をあげて笑った。

 城の中を目をつぶっても歩けるようにしたのは、何か起きた時、暗闇に慣れた者を相手に遅れをとらないためだ。

 剣も、毎朝、最低限の鍛錬は続けている。

 そういった戦いに備える行動は、幼い頃から仕込まれ続けたせいで、習い性になっている。どんなに平和な場所にいても、やらずにはいられないのだ。

 私は、簡単な受け答えで正確に私の意図を読み取り、喜ぶ彼に背を向け、部屋を出た。

 ラスティを通して、自分の行動の規範がはっきり見えて、何に、とも、何が、とも言えない、忌々しい気分でしかたなくなっていた。

 優男な紳士になんて、なろうとしたって、なれるわけがなかったのだ。育ちどころか、生まれからして違う。私はラスティと同じ穴の(むじな)なのだから。

 ……あの騎士道馬鹿と。

 自分が場違いだなんてのは、ここに来た時から、わかっていた。それまで、この世に、こんな『悦びの地』のような場所があるなんて、思いもしなかった。

 『悦びの地』。善事を多くはたらいた人間が死後に招かれる、神々の楽園。トリストテニヤの人間は、誰も彼も、半分あの世に頭を突っ込んでいるかと思うような変人、いや、善人ばかりだ。

 私には、まるっきり羊の群れに見える。そこで私は、せめて牧羊犬になれたらと思っていた。羊の群れを導き守る、羊飼いの忠実な(しもべ)であろうと。

 それでも、犬は犬で、羊ではない。私はここで、自分が異質であると常に感じていた。

 ここは、私のいるべき場所ではないのだろう。……どんなに憧れ、焦がれようとも。

 私は溜息をつき、立ち止まった。軽く左右に首を振る。

 考えてもしかたのないことに拘泥するのは、時間と気力の無駄だ。するべきことにのみ、心を傾けなければ。二度と同じ失態を犯すことのないように。

 私は、この後の予定を頭の中で描いて、まずは玄関の戸締りを確認するために、ホールに向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ