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金の女領主と銀の騎士  作者: 伊簑木サイ
第二章 恋愛小説家とのつきあい方
14/82

 私が挿絵画家に追いついた時には、もう主は部屋の中に引っ込んでいた。

 主が気を利かせてフラガ夫人の部屋を出てきてしまう前にと、私は挿絵画家を追い抜いて先に行き、取り急ぎ玄関の呼び鈴を鳴らす。

 すぐに、はーい、と応答は聞こえたが、なかなか扉は開かれなかった。

 足の遅い老婦人を急かさなければならないほどの理由はない。私はまだかと思いつつも、しかたないこととして待つ。

 そこに挿絵画家もやってきて、私の隣に立った。

「何してるの?」

「フラガ夫人を待っている」

「そうなの? まどろっこしい人ね」

 彼女はカチンとくるようなことを、なんの悪意もなく、ごく普通の様子で言った。そして手を伸ばして、リンリンと立て続けに呼び鈴を押しはじめたかと思うと、ルーシー、入るわよー、と返事も待たずに勝手に開けて、ずんずんと入っていってしまったのだった。

 その暴挙を、私は止めそこねた。すべてが自然で少しの躊躇いもなく、声をかける暇もなかったのだ。

 私は目をつぶり、額に手を当てて、深い溜息を吐き出した。どうやったら、ああも傍若無人なふるまいができるのか、まったく理解できない。

 どんな親しい仲でも、返事くらい待ったどうなのだ。なんのための呼び鈴だと思っているのだろう。

 彼女が悪い人物でないことはよくわかっていた。しかし、その突拍子もなさに、私はどうしても馴染めなかった。

 ただ、とりあえず、今回の彼女の行動は渡りに船である。あまりに遅すぎる対応に、少々心配になってきていたからだ。

「フラガ夫人、失礼するよ」

 私は奥へと声を掛け、中に入った。

 大家である夫人の部屋は、他の一人暮らし用のものよりも広い。入ってすぐの小さな玄関ホールから、通りがある方へと短い廊下を進む。奥の日当たりのよい場所、そこが居間のはずだった。

「サリーナ様、どうなさったんですか!?」

 途中で挿絵画家の心配そうな声が聞こえ、私は何が起こったかと、残りを半ば走って、主の許に駆けつけた。

 明るい部屋の中で、フラガ夫人は主の肩に手をかけ、顔を覗き込んでいた。画家も似たものだ。うつむいて目頭を押さえた主の前で、気遣わしげにしている。

「フラガ夫人、いったいなにがあった」

 私は近付きながら、家主である夫人に威圧的になり過ぎないよう気をつけつつも、偽りは許さない態度で尋ねる。

「なんでもない!」

 主が顔を上げて、夫人を庇うように言い張った。

 なんでもないわけがなかった。ひどく顔色が悪かった。それも、体の具合が悪いというより、精神的に大きなショックを受けたような感じだ。強張った表情が、とても痛々しい。

「御領主様」

 私は心配のあまり呼びかけた。それに主は唇を噛み締めて、意固地にぷいっとそっぽを向く。

 これでは絶対に理由を説明しないだろう。もちろん、バトラーである私に、主の意に背いて事情を聞きだす権限もない。

 つまり、今は、これ以上どうしようもなかった。

 私は場の空気を変えるために、ゆっくりといずまいを整えた。そして、恭しく礼をした。

「お待たせいたしました。用意が整いました。メディナリー氏の部屋までご案内いたします」

 何事もなかったように口上を述べれば、主もすっと表情を改めた。私に向き直って、冷静に話しはじめる。

「わかった。でも、案内はいい。ロランの部屋には、フラガ夫人と行く。それより、ジェンと先に城に戻って、モデルをしてやってくれ」

 私は驚いて反対を口にした。

「それはできません。あなたを一人で置いていくなど」

「だったら、トラヴィスをよこせばいい。それよりも、城にある鎧をジェンに見せて、気に入ったのを()けてみせてやってくれ。……ジェン、他にどんなものがいる?」

 残念ながら、いつのまにか、モデルの依頼について、二人の間で話がついてしまっていたらしかった。

 モデルをやるだけでも冗談ではないのに、素っ頓狂な挿絵画家にどんな無理難題を吹っかけられるかと、私は戦々恐々として画家を見守った。

「まず、馬に乗った場面が必要です。それから、槍と剣を振るっているものも。あ、あと、女性と二人乗りしてるところも欲しいです」

「馬鎧は?」

「ぜひ」

「ということだ、エディアルド。時間が惜しいから、二人で乗って帰るといい。……しっかりと落ちないように、抱き締めてやってな」

 最後は早口に、今朝早くに聞いたようなことを、ぴしゃりと言いつけられた。

 しかし、どうして主の目は据わっているのだろう。怒っているのはわかるのだが、理由がさっぱりつかめなかった。私はただ、主の命令を黙って拝聴していただけなのに。

 ……ああ、これも今夜、メディナリーに聞いてみなければ。

 確認事項をまた一つ心の中で書き加え、私は、承知いたしましたと、唯々諾々と頭を下げたのだった。

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