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金の女領主と銀の騎士  作者: 伊簑木サイ
第二章 恋愛小説家とのつきあい方
12/82

 メディナリーの住むアパートメントに着いた。私は先に馬を降りて、主を抱き下ろした。

 玄関脇の壁に取り付けられている馬繋ぎの輪に、手綱を掛ける。それから、近くで遊んでいた子供たちを呼び寄せた。駄賃をやって、馬の番を頼むためだ。

 まず領主の馬を盗むような領民はいないと思うが、うちもこれを含めて二頭しかいない。不測の事態で失うと財政的に痛いので、そうした次第だ。

 主は先程貰った籠の中からカラフルなキャンディーを取り出して、子供たちにふるまった。子供たちはご機嫌で馬の足が届かない道端に座り込んで、口の中で転がしては両の頬を交互に膨らませながら、いってらっしゃいと元気に手を振ってくれた。

 私たちは、淡い黄色のレンガでできたアパートメントの中に入った。

 先に一階にある大家の部屋の前に立った私に、主が不思議そうに聞いてきた。

「ロランの部屋は二階では?」

「彼が起きているかもわかりませんし、そもそも在宅かどうかもわかりません。いなかった場合は探してまいりますので、こちらでお待ちください」

「あ」

 主はバツが悪そうに視線をうろつかせて、頼む、と私の腹辺りを見ながら言った。

 そうしている間に大家のルーシー・フラガ夫人が出てきた。未亡人の彼女は、面倒見が良くておしゃべりが大好きだ。大喜びで主を部屋に招き入れてくれた。

 ついでに、メディナリーは在宅だとの情報もくれる。でも、たぶん寝ているとも。

 やはり、いきなり連れていかなくてよかった。寝起きの男ほどむさ苦しいものはない。

 私は主が中に入って扉がしっかり閉められるのを確認してから、一人で彼の部屋に向かったのだった。


 扉を何度もノックし、呼びかけたが、案の定、返答はまったくなかった。

 痺れを切らしてノブを回せば、簡単に開く。この城下町で犯罪といえば、パブでの酔ったあげくの喧嘩くらいだから、どの家もこんなものだ。

 聞いていないのは承知の上で、それでも一応、入るぞ、と声をかけてから、私は中に踏み入った。

 はたしてメディナリーは、居間のテーブルにつっぷして、軽くいびきをかきながら寝ていた。

 無精髭が見える頬の下や頭のまわりには原稿が散乱し、酒瓶とグラスにつまみ類も散らばっている。平和で幸せそうな寝顔だが、よだれの跡はあるし、だらしなくもみっともない。

 まったく、世話のやける。

 私は溜息をこぼした。

 私の見たところ、どうも主はこの男に淡い思いを抱いているように思うのだ。

 少なくとも、この男以上に遠慮なく語り合う相手も、よく笑い合う相手もいない。そんな男のこんな姿を、主だってわざわざ見たくないだろう。

 ただし、対するこれの胸の内はわからない。一見愛想がよく、誰にでも人当たりのいい男だが、他人に踏み入らせない一線があり、時に狡猾さも感じる。主に色めいた誘いをかけているところも、見たことはなかった。

 だがまあ、どうなろうと、気のいい奴ではあるので、主に酷いことをする確率は低いと思われた。そうでなければ、とっくに排除しているところだ。

 私は彼の肩に手をかけて揺すった。

「起きろ、メディナリー、いつまで寝ているつもりだ」

「う?」

 メディナリーが顔をしかめた。

「起きるんだ。御領主様が、おまえに用事があるとおっしゃっている」

 うっすらと目が開かれた。ぼーっとした視線が上へとのぼり、私の顔を捉えると、にへ、と愛嬌のある変な表情で笑った。

「やあ、銀月の騎士殿。宵闇の使者よ、汝、黄金の乙女を連れ給いしか……?」

 なんのことだかわからない単語を、ずらずらと吐き出す。

 私はまたもや溜息をついた。

 完全に寝惚けているようだ。

 しかたないので、彼の頭に軽く拳を振り落とした。さっきの妙な表情で笑いかけられるのも、わからない言葉を聞くのも、気持ち悪くて二度は嫌だったからだ。

「あいたっ」

 メディナリーは両手で頭を押さえて起き上がった。

「なぜ殴るんだい、君はっ。酷いじゃないかっ」

「さっさと起きて、身なりを整えろ。下で御領主様がお待ちだ」

「僕の苦情は無視!? 君は本当に、いかんともしがたい男だね!」

「身支度するのか、しないのか。しないなら、気がすすまないが、強制的に顔を水の中に漬けて、私が髭を剃ってやることになるが」

「どういう脅迫!? 笑い話にしか聞こえないのに、それ冗談じゃないんだよね。ああ、わかった、わかったから、ちょっと待っててって、あああっ」

 最後に悲鳴をあげて、メディナリーはテーブルの上に身を投げ出した。大切なはずの原稿を乱暴にかき集めて、自分の胸の下に隠す。

「見た!? ねえ、見た!?」

 私はむっとして答えた。

「人の物を、勝手に盗み読むまねはしない」

「あ、そうだよね、君はそういう人だ」

 あからさまにほっとしている。彼が身支度をしている間にここを片付けようと考えていたが、そちらは触らせてもらえそうになかった。

 そこで私は、散らばったつまみを拾い集め、グラスの中に押し込んだ。それと酒瓶を持って、勝手に台所へ持っていく。

 台布巾らしきものを見つけ、それを持って戻った。

 原稿と共に消えたメディナリーは放っておいて、窓を開けて酒臭い空気を入れ替え、テーブルの上を拭く。ついでに主の座る予定の椅子も拭いておいた。

 他に、女性である主の目に入れてはいけないものがないか部屋中を一通りチェックし、メディナリーが来るまでの間、乱れた本棚や物入れを見目良く整えておいた。

「勝手にどうもありがとう」

 そんな声に振り返れば、よれよれのシャツを着替え、髭をあたり、髪も整えたメディナリーが立っていた。

「君のためじゃない。御領主様のためだ」

「わかってるよ。君って、高潔そうに見えて、でも実は少しもいい人じゃないよね」

 溜息交じりの批評に、私は満足感を覚え、笑みが浮かぶにまかせて唇の端を上げた。

 さすが小説家というところか。彼の人物鑑定眼は確かなものがある。今、私の性格を見抜いてみせたように。

 私は、彼のその能力を高く買っていた。彼ならば、害悪になる人間をしっかりと見定めて、主に近づけさせたりしないだろう。

 愚鈍な男では、領主である主を支えられない。彼は、我が主の傍らに立つ最低限の能力は兼ね備えていると思われた。

 それに、私には荒唐無稽としか思えない恋愛小説を書くくらいだ。(あるじ)(ごの)みの紳士とやらの言動もお手の物なのだろう。気に入られるのも当然であった。

 ……彼が妬ましくないと言えば、嘘になる。

 だが、主の伴侶に相応しいか、相応しくないか、それを見極めるのに、私のくだらない感情など差し挟むべきではなかった。

「男の僕でも見惚れるようないい笑顔で、君はいったい何を企んでいるんだい。怖いからやめてくれないかな」

 メディナリーが辟易したように肩をすくめた。

 私は彼の嫌そうな顔に愉快な気分になって、そういえば、と思い出したことを口にする。

「近いうちに、相談にのってもらいたいことがあるんだが」

「いいけど、どんなこと?」

「御領主様とのことなんだが」

「ええっ? もちろん、喜んで相談にのるよ!」

 彼はなぜか、こちらが訝しく思うほどの大乗り気で引き受けてくれた。

「えっと、じゃあ、今夜さっそくどう? サリーナ様には、僕から君を貸してほしいって言うから! ちょうど、騎士団でのことを聞きたかったんだ。『鼠の恩返し』亭で落ち合おうよ」

 あまりの食いつきように、何か、彼に相談を持ちかけるなど早まったかもしれない、という気になってくる。

 しかし、彼以外に適当な人物も、他に思い浮かばない。

 私は釈然としないながらも、それで頼む、と返事をしたのだった。

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