序章
「エディアルド」
悲しみに震え、倒れるようにすがりついてきた少女の体を、青年はしっかりと抱きとめた。
「サリーナ」
名を呼び、慰めようと、髪の上からいくつもキスを落とす。
「……お父様。お父様……」
亡くなった人を呼ぶ悲痛な声に、わずかに腕に力を込め、彼もまた悲しみに顔を歪めた。
彼女の父、トリストテニヤの領主が長患いの末に亡くなったのは、今朝方だった。今はもう昼近くになる。一睡もせずに葬儀の用意に奔走しようとする彼女を、少し休ませようと、彼は寝室へと連れてきたのだった。
彼女は二人きりとなって、張りつめていたものがとけてしまったのだろう。彼の胸の中で、時間も忘れて思うさま泣いた。
やがて涙も枯れ果て、ぐったりとした彼女を、彼は抱き上げて、ベッドへと連れていった。
「少し休むんだ、サリーナ」
ベッドに腰掛けさせ、彼はその前に膝をつき、彼女の顔を覗き込んだ。目も鼻も真っ赤に泣き腫らしている顔を、大きな掌でそっと拭う。
「残りの葬儀の手配は、トラヴィスと私でしておく。領民にする挨拶は、目が覚めたら一緒に考えよう。何も心配することはない。皆も、私も、君を支えるから」
「え……?」
彼女は不思議そうに小首を傾げた。落ち着かない瞳で、彼に尋ねる。
「私が挨拶するの? え? だって、エディアルドが領主になるのではないの?」
だんだんと不安そうになり、また涙が盛り上がってくる。
「ライエルバッハの血を引くのは、君しかいない。大丈夫、君なら立派な領主になれる。もちろん私も、君を支える。旦那様にも、そう約束した。君を守り、助けると」
彼を黙って見つめたまま、呆然と滂沱の涙を流しはじめた彼女に、彼は手をのばした。涙と一緒に、その頬をさする。
「サリーナ、私はずっと君の傍にいるから」
彼女は急にしゃくりあげ、うつむいて両手で顔を覆った。彼は頬から外れてしまった手を、彼女の膝の横に置いた。
「……どうしても、駄目なの?」
「ああ。私ではとても領主は務まらない。トリストテニヤの領主には、君がふさわしい。私だけではない、誰もがそう思っているはずだ」
彼女はしばらく嗚咽を漏らしていたが、自分で涙をぬぐうと、彼を見据えた。強張った顔で、瞳に狂おしいものを宿し、静かに、けれど激しい口調で、彼を問い質した。
「本当に、ずっと傍にいてくれるの? いつまでも、どこにもいかずに? ……嘘は言わないで。それくらいだったら、いますぐどこかへ行って」
「傍にいる。どこにも行かない。……君が私を必要としてくれるかぎり」
彼は間髪入れず答えた。嘘偽りのない、まっすぐな目で。
「約束よ」
彼女は悲しげに言って、また涙をこぼした。
「傍にいて。ずっと、ずっと、傍に」
「ああ。約束する」
これが、すれ違いのはじまり。
こうして、彼らのもつれた長い両片思いの日々が、幕を上げたのだった。