表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/82

序章

「エディアルド」

 悲しみに震え、倒れるようにすがりついてきた少女の体を、青年はしっかりと抱きとめた。

「サリーナ」

 名を呼び、慰めようと、髪の上からいくつもキスを落とす。

「……お父様。お父様……」

 亡くなった人を呼ぶ悲痛な声に、わずかに腕に力を込め、彼もまた悲しみに顔を歪めた。

 彼女の父、トリストテニヤの領主が長患いの末に亡くなったのは、今朝方だった。今はもう昼近くになる。一睡もせずに葬儀の用意に奔走しようとする彼女を、少し休ませようと、彼は寝室へと連れてきたのだった。

 彼女は二人きりとなって、張りつめていたものがとけてしまったのだろう。彼の胸の中で、時間も忘れて思うさま泣いた。

 やがて涙も枯れ果て、ぐったりとした彼女を、彼は抱き上げて、ベッドへと連れていった。

「少し休むんだ、サリーナ」

 ベッドに腰掛けさせ、彼はその前に膝をつき、彼女の顔を覗き込んだ。目も鼻も真っ赤に泣き腫らしている顔を、大きな掌でそっと拭う。

「残りの葬儀の手配は、トラヴィスと私でしておく。領民にする挨拶は、目が覚めたら一緒に考えよう。何も心配することはない。皆も、私も、君を支えるから」

「え……?」

 彼女は不思議そうに小首を傾げた。落ち着かない瞳で、彼に尋ねる。

「私が挨拶するの? え? だって、エディアルドが領主になるのではないの?」

 だんだんと不安そうになり、また涙が盛り上がってくる。

「ライエルバッハの血を引くのは、君しかいない。大丈夫、君なら立派な領主になれる。もちろん私も、君を支える。旦那様にも、そう約束した。君を守り、助けると」

 彼を黙って見つめたまま、呆然と滂沱の涙を流しはじめた彼女に、彼は手をのばした。涙と一緒に、その頬をさする。

「サリーナ、私はずっと君の傍にいるから」

 彼女は急にしゃくりあげ、うつむいて両手で顔を覆った。彼は頬から外れてしまった手を、彼女の膝の横に置いた。

「……どうしても、駄目なの?」

「ああ。私ではとても領主は務まらない。トリストテニヤの領主には、君がふさわしい。私だけではない、誰もがそう思っているはずだ」

 彼女はしばらく嗚咽を漏らしていたが、自分で涙をぬぐうと、彼を見据えた。強張った顔で、瞳に狂おしいものを宿し、静かに、けれど激しい口調で、彼を問い質した。

「本当に、ずっと傍にいてくれるの? いつまでも、どこにもいかずに? ……嘘は言わないで。それくらいだったら、いますぐどこかへ行って」

「傍にいる。どこにも行かない。……君が私を必要としてくれるかぎり」

 彼は間髪入れず答えた。嘘偽りのない、まっすぐな目で。

「約束よ」

 彼女は悲しげに言って、また涙をこぼした。

「傍にいて。ずっと、ずっと、傍に」

「ああ。約束する」


 これが、すれ違いのはじまり。

 こうして、彼らのもつれた長い両片思いの日々が、幕を上げたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ