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三題噺

『雪』『無音』『窓辺』

作者: 藜ヶ原

「はぁ……」


これでもう何十回目かのため息。今日だけでかなり歳くったことだろう。

今の時間は午後二時と十七分二十三秒……二十四……二十五……二十六…………。

何で秒針まで数えたかと言うと、暇だから、だ。

今日は平日だが、雪が激しい為学校は休み。友達の家に遊びに行こうと思えば行くけど、この雪の中出歩くのが面倒臭い。

宿題なんて言う必要なんか無いだろう。


暇潰しにはならないだろうけど、窓辺へと椅子を引っ張り、桟にもたれかかり、外の景色をぼんやりと眺める。ほんと、暇潰しにならないほどの暇潰しだ。

雪は昨晩から降り続いている。今は降り止むどころか、徐々に強さを増し、それに比例するように白い絨毯も厚さを増しているように見える。


「はぁ……」


再びため息。間違いなく今日だけで寿命を越すと思う。ある意味不死身だ。

窓に張り付いた状態でため息をついたため、ガラスが曇り、視界が数秒ほど遮断される。

その時、ふとあることを思い出した。


それは、ここらに伝わる都市伝説だった。


《雪女》


名前を聞いたことくらいはあるだろう。

イメージとしては、大人の女の人で、人間に出会うと凍らせてしまう、みたいな感じだろうか。

だけど、ここらの《雪女》は違うらしく、高校生くらいの女の子で、喋るのが大好きらしい。

ただ、姿が見えないし声も聞こえない為、窓を曇らせ、そこにメッセージを書いて喋ると聞いた。

都市伝説の割には、怖くも何とも無いやつだ。所詮子供の悪戯だったみたいなオチだろう。


にもかかわらず、窓に息を吐いて曇った所に〈こんにちは〉と書き込んだオレは、自分が思ってる以上に暇だったようだ。まぁ時計の秒針を目で追っかけるようなら当然か……。


曇りが薄れていくのを眺めながら、だらだらと、雪女について耳にしたことを思い出す。


確か、オレの友達の友達が雪女とやり取りをしたらしいが、冗談のつもりで書いたのに、返事が返ってきたことに驚き、怖くなって止めたと言う。喋り好きな雪女は、その後一週間は書き込みを続けたそうだ。

うーん……。確かに一週間も書き込まれたら怖いかもしれない……。


そしてもう一つ。

うちの近所の家では、雪女の方から書き込みをしてきたそうだが、その家の主が、この都市伝説を知らず、完全に子供の悪戯だと思っており、後になって知ったらしい。

ここまでくると、寧ろ雪女の方が人を恐れてしまうんじゃなかろうか……。

……………………。


「何で非現実的で、いるとも分からない奴に同情してんだろ……」


さっき書いたメッセージは既に消えていて、やっぱり迷信かと伸びをした。その時、窓全体へと視線をむけて、オレは目を疑った。

せの理由は、オレがメッセージを書いた所のちょっと上辺りに、新しい曇りが出来ており、そこに文字が書いてあったのだ。

勿論オレは何もしていない。するわけがない。

窓に書いてあった文字は、女の子が書くような丸っこい可愛らしい字形をしていて、内容はと言うと……。


『気付いてよっ!』


気付いたよ……。気付いたけど、どうすりゃいいんよ。


恐らく雪女の仕業だろう。いや、どっかの悪ガキの仕業かもしれない。どっちかと言えば後者の方が可能性は大だ。

にしても、この文面だと、相手はオレがメッセージに気が付かったことを知ってるみたいだな。どっかからのぞいてんのか?

そう思い部屋を見渡すが、当然誰もいないし、見られているような気配も無い。

ならば外かと窓を開ける。

刺すように冷たい風に顔をしかめながら、外を見る。

雪で視界が悪くなっているので、よくは見えないが、人っ子一人見当たらない。

窓付近の積もった雪に足跡が無いのを見ると、本当に誰もいなかったのだろう。


窓を閉めて、衣服についた雪を払い落とす。

風で部屋に入ってきた雪が、フローリングの床で水滴になっていた。それを、近くにあったタオルを床に放って、足を乗せて拭いた。

そして閉めた窓を見ると、いつの間にか新しく書き込まれていた。


『何を探してるの?』


お前だよ。オレを馬鹿にしてんのか。

なんか相手に遊ばれてるようで気分が悪いので、窓を曇らせて新しく書き込んだ。


〈誰だお前〉


曇らせれる範囲が狭い為、あまり長い文は書けない。聞きたいことは結構あるんだが……。


返事はすぐに返ってきた。オレが書いた文字が消え、誰もいないはずなのに、突然ガラスが曇り、文が更新される。


『あれ? 聞いたことない? 雪女』


んな女の子な雪女がいてたまるか。

そりゃあイメージみたいなキャラよりかはいいだろうけどさ。ものには限度とか、そういうのがあると思うんだ。

けどま、どちらにしても……。


〈信じられるか〉


どういった方法で、実体を持たない奴がこういう風に書き込みが出来るのか知らないけど、オレは目に見えないものを信じることは出来ない。

今までだってそうやって過ごしてきた。


『なんで?』


なんで? そんなの分かりきったことだろうに。


〈目に見えたもの=真実だから〉


『ふ〜ん』


〈見えないものは信じるに値しない妄想だよ〉


オレがそう書き込んだあと、少しの間雪女からの返事は来なかった。

何かマズイことでも言っただろうかと心配になったので、どうしたかと書こうと手を伸ばしたときに返事は来た。


『それじゃあ、私はどっちなの?』


雪女自身はオレには見えない。勿論ただの妄想だ。


『うわぁ、キミは私のことを妄想してるんだぁ。やらし〜♪』


こいつ……。ホントに都市伝説か!?

益々信じられんっ!


〈違う! 前言撤か――〉


『ダ〜メ』


訂正しようと書いてた文を消され、その上に書かれた。

オレは変な対抗意識を燃やして、その上からまた書こうとすると、先に文字が消され、文が書かれた。


『前言撤回は……したらダメ……』


その文字は、今までと違い、少し歪んでいた。

オレの中の燃えていたものは、不完全燃焼を起こしてしまい、心の底にモヤモヤしたものが広がっていった。

動きが完全に止まっているオレに見せるように、雪女は書いては消してを繰り返した。


『もうちょっと、キミの妄想でいたいから』


『私の話。聞いたことあるでしょう? じゃないと書き込みなんてしないよね』


『確かにキミの言う通り、私はただの妄想なんじゃないかな』


『妄想って言うとちょっと語弊があるから、正しくは想像だね』


『けど、私がこうやってキミと話しているのは、紛れも無い事実なんだよ?』


『キミ自身そのことに気付いてるよね?』


それは、まぁ……。

雪女という不可視の存在は、ただの想像に過ぎない。しかし、雪女と会話をしているというそれは、今オレの目にははっきりと映っているのだ。

これは、オレの考え方でいうと事実だった。

オレは、若干ふて腐れたように椅子に座りなおし、窓の隅っこに小さく、


〈ああ〉


とだけ書いた。

すると、その返事を待っていたように、雪女はまた喋り始めた。


『ありがとう。そう言ってくれたのはキミが初めてだよ』


『けど、他の皆は違うの』


『皆、メッセージをくれるのは一番最初だけ』


『私が返事を返すと、怖がって二度とメッセージをくれなくなっちゃう』


『皆が私のことを知っているのは嬉しいよ?』


『でも実際に私と喋ると、恐怖の所為で私の存在をなかった事にする』


『それが、一番辛い……』

自分という存在を知っている人に、存在を否定される。

己が創り出した想像を、己が否定する。


『皆、想像を止めてしまった……』


『だけど唯一残ってたのが、キミだったの』


『キミは、私のすべてを否定しなかった。認めるところは認めてくれた』


『それがとても嬉しかった』


『ねぇ、私がいつからキミの事を見ていたと思う?』


いつから?

オレが生まれたときから……なんて有り得ないだろう。なんせその時は都市伝説なんか知らないのだ。このころだったらストーカーである。一番あってほしくないな……。


それじゃあ都市伝説をしったとき……でもなさそうだ。その時は全く興味がなかったからなぁ。雪女には失礼だけどさ。


そう考えると、一番妥当な答えって、今日から……がいいところではないだろうか。


〈今日から?〉


『ううん。キミが生まれたときから』


ストーカーかよっ!!

一気にシリアスな雰囲気をぶち壊してくれた。

なんだろう……。こいつの性格が今一掴めない。

天然なのだろうか? 真面目な話をしてると思ったらとんでもないことを言いやがって……。


〈ストーカーかよお前〉


『あははっ、そうかも知れないねぇ』


認めやがったよこいつ。

母さん……どうやらオレは、生まれたときから憑き纏われていたようです。

オレがそう悲しんでいると、窓に文字が浮かんできた。


『けどそれも、望みがあったからだよ?』


望み? 都市伝説の望みとは……なんと奇っ怪な……。


『だって、キミが大きくなったら私のことをしってくれるかも知れないじゃない?』


〈知らなかったらどうするつもりだったんだよ〉


『その時は気付かせるよ。此処にいるよ〜っ! ってね』


〈なんとはた迷惑な〉


『いいじゃないそのくらい。一人は……寂しいものなのよ……?』

……ったく。冗談言ったかと思えばこれだもんな……。扱いにくい性格してやがる。

返事が出来ないでいても、今度は雪女からもメッセージは来なかった。


落ち込んでんのか……?


何故かそう思い、言ってあげられることは無いか考えてしまう。余計な真似はしないでいいのに……。

そして、中身の無い頭で、一所懸命搾り出した言葉を、若干躊躇いがちに並べる。


〈まぁ、なんだ……? 今は一人じゃないだろ?〉


………………『え?』


うわぁああっ!! 気付いたらなんかメッチャ恥ずかしい言葉吐かしとるオレの右手ぇええ!!

しかも返事が遅かったのって、こいつ一瞬惚けてただろ!?


しかし、とうの雪女はオレの言ったことが解らず困惑してるようだった。

説明しないと悪いか……?つかなんで罪悪感覚えてんのオレ……。


〈だから、今はオレと話してるから〉


〈一人じゃないだろって〉


息が震えて、二回に分けないと書けなかった。

恥ずかしさでオレが真っ赤になっていると、やがて窓が曇った。


『 』


消えた。


ええぇぇっ!? 無言って何!? そういう反応が一番困るんだ言った側として!!

なに書こうか迷わないでくれよ、そう思ったとき、窓が再び曇り、ゆっくりと文字が書かれた。


『それって』…………

『私の存在を』…………

『認めてくれるって』…………『こと?』


書くスピードが遅すぎて、四回に分けられていた。文字もガタガタである。


ああもういい!

こうなったら自棄だ。どうせ取り返しつかないんだしもう精一杯カッコつけてやらぁ!


〈オレはお前の存在を認める気はねぇよ〉


『っ!』


〈けど、今お前がオレと喋ってんのは〉


〈紛れも無い事実なんだろ?〉


〈オレに文字は見えてるからな〉


〈オレは見えるものしか信じないし、認めない〉


〈もし存在を認めてほしけりゃ〉


〈オレにお前の姿を見せてくれよ〉


『それは……無理だよ……』


〈だったら認めらんねぇな〉


〈お前は認めるに値しない存在なんだな〉



『そんなに言わなくてもいいじゃないッッ!!!!』



今の言葉は流石にきつかったようで、返ってきた文の文字は完全に殴り書きだった。


文字の形も見やすさも気にしない、ただただ自分の感情にまかせて書かれた文字。


『もう誰も私の存在を認めてくれなくなった!!』


『最近なんかは自分でも存在し得ない何かなんじゃないかって思いはじめた!』


『キミの周りには沢山の人がいるでしょう?!』


『キミの存在を認めてくれる人が、沢山いるでしょう?!』


『でも私には誰もいないの!』


『親も友達も仲間も親戚も兄弟も姉妹も!』


『挙句の果てには自分さえもっ!!』


『誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も!!』


『キミは、生まれてからずっと一人でいる私の気持ちがわかるっていうの?!』


……勝手な人々の、勝手な想像に生み出され……そして自分達の勝手な想像を、勝手に無かったことにする……。

人々からは化け物と謳われて、本当の事を知ろうともしない。


そんな扱いを受けた者の気持ちなんて、ソイツでもないオレには知る由も無い。


〈分からないよ〉


『そうでしょうっ!? 私がどんな気持ちで今までいたかなんて』


『キミなんかには分かりっこないんだからぁ!!』


怒りか、悲しみか、全てが混ざり合った感情なのか……。はたまたもっと別のものなのか……。

それは誰にも理解はできないだろう。この雪女以外には……。


けど、それでも分かることはある。


いまコイツがどんな気持ちでいるのかは分からないが、その気持ちが良いものではないのは確かだ。

そしてそんな気持ちの所為で、ひどく苦しんでいるのだ。

苦しいから、辛いのだ。


〈人間って、不憫だよな〉


『え?』


見ることは叶わないが、雪女が驚いてることは察することができた。


でもまぁ、驚いて当然だ。オレがいきなり、話が全く違うようなことを口走って、口? 手走っているのだから。


〈世の中には知らないことが多過ぎるんだよなぁ〉


〈そりゃあ腐るほどにさ〉


『何が……言いたいの?』


〈知るべき事は、勿論多いけど〉


〈知るべきでない事もそれなりに多いんだよ〉


〈例えば、お前の気持ちとかはな〉


『とーぜん。キミは私の気持ちなんて知らなくていいの』


〈だけどよ。そんな知らなくていいことを〉


〈知ろうとするか否かってのは〉


〈聞く奴次第なんじゃないか?〉


『さ、さっきから何が言いたいの!? ハッキリしなさいよ!』


いまコイツは言った。

“何が言いたいのかハッキリしろ”と。

ああいいさ。ハッキリ言ってやる。



〈要するに、お前の気持ちをオレに教えろってこと〉

『へ?』


完全に肩透かしだったのだろうが、知ったことか。

オレはオレの思いを伝えるだけ。


〈オレは、お前の気持ちが知りたい〉


〈お前が今までどんな気持ちでいたのか分からないんだ〉


〈だから、教えてくれないか?〉


『そんなこと……する必要はあるの……?』


〈愚問だな〉


〈必要かそうじゃないかなんて問題じゃないんだ〉


〈オレが知りたいから聞くだけなんだよ〉


『何で……』


〈オレは、知らなくていいことを知ろうとする〉


〈そんな人間なんだよ〉


『……何よ。カッコつけちゃって……』


カッコつけてるのがばれた、カッコ悪いオレだった……。


『でも、それを知って……キミはどうにかなるの?』


『私の気持ちなんかを知って……キミは得をするの?』


〈オレにはなんのメリットもねぇよ〉


『だったら何で……』


〈オレが知りたいから。それに〉


〈オレがどうにかならなくても〉


〈お前の方がどうにかなれるだろうし?〉


『どういうこと?』


なんとまぁ物分かりの悪い雪女なのでしょうっ!?


〈お前の存在を認めてやるってこと〉


『私が……気持ちを話せば?』


〈そ〉


『何をどう考えれば、そんな突飛な答えにたどり着くのよ』


〈オレはただお前の存在を認めてやりたいだけだ〉


〈気持ちは見えないから、文字としてここに書くんだ〉


〈そうすればオレにはお前の気持ちが見えて、認められる〉


〈だろ?〉


取り敢えず、オレが思ったことは全て伝えたとおもう。あとは雪女の返事を待てばいい。

でも、実を言うともうオレはコイツの存在を八割強は認めていた。なのにこんな事を書いたのは、《目に見える物以外信じない》と前に書いてしまい、妙なプライドが働いてしまったからだった。



数分後、雪女から返事が来た。


『私は……今まで一人で、寂しかったの』


『一人は寂しいから、皆に話し掛けたよ』


『何人も何人も話し掛けた』


『それはもう沢山に……』


『でも、皆反応は一緒だったっ……』


『怖がって、私から離れようとするの』


『何もしないよ、大丈夫だよ、私はただお喋りがしたいだけなんだよって言っても……誰も見向きもしてくれなかった』


『それからだったの。私自身が私の存在に不安を感じたのは』


『だから、キミに認めるに値しない存在って言われたとき……』


『天と地がひっくり返たように思いがしたの……』


雪女のその言葉を見た時、自分の言ったことを猛烈に後悔していた……。

オレの放った言葉は、言の刃として、コイツをズタズタに切り裂いていたのだ。かなり傷付いたのだろう、なんて思っても、そんな勝手な憶測で許されるものではない。


コイツの気持ちは誰にも理解することは不可能だった。

それなのに……身を引き裂かれているような、今すぐにでも悲鳴をあげたくなるような痛みを感じているにも関わらず、コイツは……雪女は、こう言ったのだ。


『でも仕方ないよね』


仕方ない……?

何が仕方ないんだ……?


愚かなオレには、やっぱり気持ちを感じ取ることはできなかった。


『多分今まで会った人皆、私の存在を、この世からも、記憶からも、消したかったんだろうね』


違うっ!!


そう言いたかった。

なのに……コイツの言葉はオレを金縛りにして、そうすることを許してはくれなかった。


『私の気持ちも分かろうともしないで……』


違うっ。

分かろうとしないんじゃない。

分かってあげる事ができないんだ……。


『……すごく……悔しくて……イライラもして……』


『泣きたくなったりもした』


『それでも私は諦めたくないから』


その文字を見たとき、オレはいつの間にか立ち上がっていた。


『いつか……誰かが認めてくれることを諦めたくなかったから』


『話し掛けるのを止めなかった』


『止めたらそこでおしまいな気がして……全てが終わってしまうように思えて』


『怖かった……。とても……恐かった……』


『でも、今日やっと、止めないでよかったって……心から思えた』


『だって、キミに会えたんだもんねっ』


あ……マズイ……。


オレは、窓に優しく手の平をつけて、思いっきり上を見上げた。


そうしないと、下を向いてしまったらいろいろ溢れてきてしまいそうだったから……。


『私の全てを否定しないキミに会えて、本当に嬉しかったよ』


自分でも分かるほど、顔が熱いのがわかる。

このままガラスに顔を押し付けたら、ガラスが溶けるんじゃないかと錯覚するくらいだ。


『これが……私の気持ち』


『誰の妄想でも、想像でもない……本当の気持ちなの……』


〈合〉…………〈格〉


なんだよ……。なんなんだよ……。目茶苦茶かわえぇじゃん雪女……。


『合……格……?』


〈そ。合格〉


〈認めてやるよお前の気持ち〉


『ほん……と……?』


〈嘘ついてどうなるよ〉


〈ただ、一つだけ約束してほしい〉


『何?』


〈お前、この家にいろ〉


『何で?』


〈何でもくそもあるか〉


〈認めたいから、だよ〉


『…………あ』


〈だから、今日から五日間。オレと毎日話さないか?〉


〈それで百パーセント認められるからさ〉


『………………ぐすっ』


あら……泣いてる? 何かまずいこと言ったオレ?

いや、つーかさ……。


〈文字で書くなよ〉


『しょ、しょうがないでしょっ。思ったこととかが勝手に出ちゃうんだからっ!』


〈す、すんません〉


ん? 今コイツ、思ったことが出るっつった? だったらさ……。


〈オレ……お前の存在認めるわ……〉


『あ、あれ!? もう五日経った!?』


んなわけあるか。

地球の回転速度に太陽びっくりしとるわ。宇宙から見たら多分地球ギュインギュインいいながら回ってるぞ……。

いやいや、オレが言いたいのはそうじゃなくて。


〈思ったことが文字に出るんだったら〉


〈お前自身が文字って事じゃん〉


っつーことだよ。


『そうなの……かな……?』


〈そうだよ。よかったな、オレに認められて〉


『な、何様のつもりよっ!』


おっと怒られた。

だけどその文字は、今までのような悲しげな文字ではなく、どこか活気に溢れていた。


〈これからよろしくな。雪女さん〉


『え……あの……その……よ、よろし……く?』


〈はは。よろしくに疑問形はおかしくないか?〉


『う、うるさいなっ! 呪うぞ!』


おぉ、照れてる照れてる。ちくしょう、かわえぇなぁ。

何言ってんだオレ……。



こうしてオレは、雪女の存在を認めた。


オレはその日、雪女と夜まで話した。

ってかオレは喋り好きを舐めてかかってた……。

夜寝るまで、メシと風呂とトイレ以外はコイツと喋ってたんだぞ!? 好きっつうか……好きすぎんだろうよ!

おかげで寝るときには酸欠でふらふらだったわっ!



布団に潜り込み、ふと窓を見ると……。


『今日はありがとう。お休みなさい』


と、書いてあった。

雪女と言えど、女の子にそう言われると、お腹のあたりがムズムズする。しかし、悪い気分ではなかった。


そしてオレは、そんな気分のまま、ゆっくりと闇へと吸い込まれて言いった。



……………………。



翌日。オレは寒さで身を縮めながら布団をでた。

そして窓へと目を向けた。


「えっ!?」


オレは寒さも忘れて、窓を開け放った。

寝るときには降っていた雪と、風はやみ、空は真っ青な快晴だった。


けどそんなのはどうでもいい。


オレは外を隅から隅まで見渡して、窓を割れてしまうんじゃないかというほどに閉めると、椅子にかけてあった防寒着を、パジャマの上から羽織って、外へ飛び出した。


「なんでだよっ……何でなんだよ!」


雪の上を全力で走りながらも、窓に書かれていた文字が頭の中でくっきりと浮かび上がり、それが鎖となってオレの首をギチギチと締め上げる。



『昨日はありがとう。

たった半日くらいだったけど、私を認めてくれたキミと話しができて本当に嬉しかったよ。


でも、私はもういかなければならないの……。

黙っていなくなること……ごめんなさい。

本当に、本当にありがとう。そして……


一番言いたくないけど――――



さよなら   』



曇りが消えていないという事は、まだ遠くへは行ってないはずだ。


けれども、雪女を見つけることはできない。


なぜなら、雪女は【妄想】でしかないのだから。


目に見えない【妄想】を見つけることはできないのだ。


「畜生……っ。なんでだよ……! 五日間はいろっていったじゃねぇか……。 よろしくって言ったじゃねぇか……っ! うんって頷いて……っ」


突然足から力が抜け、雪の中へダイブしてしまった。雪が肌を刺して痛い。


「くれたじゃねぇかよ……っ」


しかし、オレには起き上がる気力は無かった。


何故だろう。何故こんなに苦しいのだろう。


相手は雪女。

しかもたった半日しか喋っていないあかの他人で、【妄想】でしかないのに。


涙が止まらないのは……何故なのだろう……。


『さよなら』


その言葉だけがオレの中でリピートされる。

一度も聞いたことが無いはずの彼女の声が、本当に聞こえた気がした。


オレはのろのろと立ち上がる。それは殆ど無意識に。


彼女が残したのは、残酷過ぎる程に明るい……《無音》という名の絶望だけ。


そして、まるでゾンビのような死んだ足取りで、オレは元来た道を引き返した。


その足元では、文字の形で雪が窪んでいたことに、オレは知らずに立ち去っていった。





『いつかまた、会えるといいね……そしたら、昨日よりも、もっともっとお喋りしたいよ。


ほんと……


また会うことが叶うならば


の話だけどね……』






あの日から――雪女という【妄想】がいなくなり、オレの中で、記憶の一部となっていった――あの日から。


四年が経ち、オレは二十歳になった。


雪女のことがあってから二年間。毎日窓を見るようになっていた。もちろんあれ以降、雪女からの書き込みはなかったが……。

それが癖になってしまい、今でもたまに見てしまう時がある。


雪女のことは忘れると、二年前にそう誓った。

その誓いが達成されるまでには一年かかっていた。


住んでいる場所は変えておらず、今は除雪作業員として働いている。


めでたく結婚もした。

相手の名前は時雨世(シグレヨ)トキメ。

珍しい名前で、いつも着物に身を包んでいる珍しい人だった。なので、一緒に出歩くときは、周りの視線を集めてしまってやや居心地が悪い。しかも、着物姿が恐ろしいほどによく似合っている美人なので、そういう意味で集める視線は、ちょっと誇らしい。

ただ、視線が集まってることに、当の本人が全く気にしていないのが問題だ。


いや、本人がいいならいいんだろうけどさ。



「ただいま」


現在の時刻は午後七時。

帰るのはいつもこの時間だった。


「?」


家に帰ると、いつもはトキメが迎えに来てくれるのだが、今日はどういう訳か来なかった。


「トキ?」


オレは、彼女の事をトキと呼んでいる。トキメはどうも呼びにくかったのだ。


一向に現れないのを不思議に思い、取り敢えず家へとあがる。


始めにリビングに向かったが誰もいない。うちは狭いためにあまり部屋がない。なので粗方見てまわることができた。しかしトキは見つからない。


残るはオレの部屋。


まさかとは思いながら扉を開けると――。


「…………」


――いた。

そのまさかだった。しかも暖房をつけてないから目茶苦茶寒い。天然の冷蔵庫である。


だがトキは微動だにせず、窓だけを穴が空きそうなほどじっと見つめていた。


「トキ」


「あ、お帰りなさい」


「ああ、ただいま。てか暖房くらいつけていいのに。この部屋すっげぇ寒いし。そういや何でそんなところにいるんだ?」


オレはそういって、防寒着をハンガーにかける。

ふと視線を感じてその方向を向くと、トキが今度はオレを凝視していた。


コイツ……オレに穴空ける気か……?


「あのさ……なにか? オレの顔に何かついてる?」


「目、鼻、口、耳、眉毛、睫毛、髪の毛。ついでに胴体」


「誰もパーツを言えなんて言ってねぇよ。しかも胴体を付録の飾りみてぇに言ってくれてんじゃねぇよ」


トキはたまにこういったボケをかます。理由は知らないが、オレも何となく突っ込んでおく。

ほんとに何がしたいのやら……。


「どうしたんだ? いつものボケは兎も角、様子が変だぞ?」


「……はぁ」


なんかため息をつかれた。そこまで盛大につかれると、気分が悪い。そしてトキが口を開いた。


「意外と気付かないもんなんだねぇ」


「は?」


「あれ? まさか本当に私のこと忘れてる?」


「は?」


えーっと……ちょっと待ってください。全然収拾がつかないんですが……。


「ありゃ〜。その様子じゃあ本当に忘れてるみたいだね。だったらこれ聞けば思い出してくれるかな?」


混乱しきっているオレをよそに、いつもとは正反対の性格に見えるトキは、予め準備してたようにゆっくりと台詞を言う。



「昨日はありがとう。

たった半日くらいだったけど、私を認めてくれたキミと話ができて本当に嬉しかったよ」



あ、なんか既視感。

トキの言葉を聞いた瞬間、オレの心臓辺りで小さな毬がぽーんと跳ねた。

トキは続ける。



「でも、私はもういかなければならないの……。


黙っていなくなること……ごめんなさい。


本当に、本当にありがとう。


そして……」


そこまで言われて、オレはすべてを思い出した。

一年前に忘却した、四年前のあの日を。


オレの口から掠れた声が漏れる。


「……そして……一番言いたくないけど――――」


「! もしかして……思い出したの……?

一番言いたくないけど――――」


思い出した。

そして、その思い出した言葉を、トキと……いや、トキの姿をしているあの日の少女が言った台詞を、オレ達は同時に言った。



「「さよなら」」



そう言った瞬間、トキが……いやもう名前を出していいだろう、【雪女】が喜色満面でオレに飛び付いてきた。


「うわっ!」


そのままフローリングに倒れた。……痛い。

思いっきり首を締められてる。……苦しい。


「やっと……やっと分かってくれた!」


「く〜っ……。いってぇな〜」


「あ! ごめんなさい」


雪女はそう言ってオレから離れて正座をする。

オレは頭を抑えて起き上がり、目の前にいる雪女の姿を見た。


「なんで……雪女は姿を見せれないんじゃなかったのか……?」


「うん。見せれないよ」


「じゃあなんで……」


まだ落ち着かないオレ。

すると雪女は可笑しそうにクスクス笑って言う。


「あのね。実は私が体を持てるのは、私のことだけを考えてくれる人が、二年間私のことを考えてくれたときにだけなの。

だからキミはギリギリだったよ」


「うん。超展開過ぎて分かりません」


「要するに、私がこうやっていられるのはキミのおかげって事だよぉ!」


ホントに嬉しいのだろう。雪女は再度飛び付いてきた。そしてその状態のまま続ける。


「大体名前も分かりやすくしたつもりなのになぁ」


「名前?」


「そう。私の名前、時雨世トキメから、時間を抜き取って考えてみて」


「えっと……」


(時)雨世(トキ)メ……。


雨世メ……。


雨……ヨ……メ。


雨ヨ……女。


雪女……雪女!?


「わかるかぁ!!」


「えー」


不満げに声を上げる雪女。いやいや、絶対普通の人はわかんねぇってこんなもん!

オレなんて、成仏っつうか……消えたもんだとばかり思ってたのにっ!

オレの涙を返せっ!


「だーもー! 何か騙された気分だぁ!」


「まぁ騙してたんだけどね」


「…………」


「わぁっ! ごめんなさいごめんなさいっ。ちゃんと反省してるからっ! ね?」


「もういいよ……」


そう言って、今度は自ら倒れる。力が抜けたのだ。


あ……油断したからまた泣きそう……。


雪女も再び離れ、オレを見てニコニコしている。

そして、微笑んだまま雪女は言った。


「そういうわけで、ただいま!」


「ああ。お帰り」



だからオレも、微笑んで迎えてやったさ。





『雪』『無音』『窓辺』

〜了〜


『雪』『無音』『窓辺』

を読んでくれた方、有難うございます。

内容は如何でしたでしょうか?


最初、雪女がいなくなるところで終わる物語でした。

ですが、あまりにも主人公が可哀そうになってきてしまい、再会できる(ある意味初対面?)内容に変更しました。


この物語が、寒い季節を乗り切れる暖かい話に仕上がっていれば幸です。

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