TIME~忘れられたものの話~
目隠しをされて乗り物に積まれて、ごとごと揺られて。
とても長い時間が過ぎたように思う。
いきなり目隠しを外されても、飛び込んできた光があまりに眩しくて、すぐにきつく目を閉じてしまった。
だから、どんなところに自分が居るかなんて、少しもわからない。音が違う、空気が違う・・・匂いが違う。
何もかも違う、知らない場所。
声だけが聞こえてきた。知らない誰かの声。
「どうでしょう。今はもう、なかなか手に入るもんじゃありませんよ」
「そうですねえ・・・」
片方の声は思案するように沈黙する。あまりに静かなのは苦手だ。かといって、うるさいのが好きなわけじゃ、ないけれど。
「うん、それじゃあ、もらうことにします」
「ありがとうございます!」
片方の声は、弾むように答えた。ちゃりん、と金属が落ちる音、そしてかさこそという紙が擦れる音が聞こえた。
ここは何処なんだろう?
心細さで胸が一杯になる。瞬きを繰り返してもまだ何も見えてこなくて、とても不安だった。
「それじゃ、また何かいい物があったら連絡しますよ」
扉の開く音と閉まる音、そしてちりりんと澄んだ鈴の音が聞こえて・・・そうして静かになった。
その頃になって、ようやく目が慣れてきた。
きょろきょろと辺りを見回すと、やはり全然知らない場所だった。
少しのテーブルと椅子、そしてお茶の香りがする。
長いこといた、あのお気に入りの場所じゃ、なかった。
泣きそうになって呟いた。
「ここ、どこなの・・・」
みんなどこに行ったの。そばでお茶を飲んで、楽しそうに笑っていたひとたちは。
わたしはどこにいるの・・・一人きりで。
「おや、気がついたようですね」
やわらかな声がかけられ、飛び上がりそうなほど驚いた。自分の声が聞こえるなんて、思わなかったから。
少しためらった後・・・うん、と小さく頷いてから、尋ねた。何故自分が此処に居るかを。
この人なら、自分がここに居る理由を、知っていそうな気がしたから。
「わたし、なんでここに居るの・・・?」
柔らかな声の持ち主は、穏やかな秋の日差しのような笑みを浮かべて答えをくれた。
「きみのもと居た所ではね、いままでの習慣を止めて、他の街と同じような・・・を使うことになったんです」
驚きに声も出なくなった。そんな話ちっとも知らなかった。じゃあ、自分は要らなくなったの?
じわりと涙が浮かびそうになる。穏やかな空間の、一部であり続けるんだと・・・そう思っていたのに。
穏やかな声の主は、温かな指先で優しく頭を撫でてくれた。
「そして、きみの持ち主は街を越したと聞いています。でも、きみは捨てられたわけじゃないですよ。きっと、一緒には連れてゆけない理由があったんでしょう」
きみは大事にされてきたようですしね。だいいち、傷一つありませんから。
声の主は、泣きそうな子どもを安心させるような声で言う。
理由。すぐに思い当たるものはあった。多分、自分のこの体が大きいせいだ。だから一度決められた場所からは、動くことが出来なかった。
置いてゆかれた事は悲しくて、今でも一緒に行きたかったのにと思ってしまうが、同時に仕方ないことだとも判っている。もう会えない人たち、二度と戻れない場所へ心の中でさよならを言った。
「長旅で疲れたでしょう。少しお休みなさい」
そういわれると、確かに揺られ続けていて、体がとても重かった。ここがどんな場所か・・・まだよくわからないけれど、この優しい声の主と居られるならきっと安心できる、そう思って目を閉じた。
いくらもしないうちに、眠りの波が襲ってきて・・・その波に体を委ねたのだ。
喫茶店の店主は、その様子をじっと見ていた。
時計の針が、次第に止まってゆく有様を。
古い型の時計、日月の運行に合わせた時を刻む、特殊な型の時計。
今は殆どの場所で使われなくなった時計が、しずかに眠っていく様子を。
穏やかな目で見守っていた。
今はこの時計が使われていた街でも、世界共通の時を刻む時計が、時を告げていることだろう。
めぐる季節に関係なく、ただ機械的に割り振られた時を・・・淀むことなく正確に。
この時計は、その街では役目を終えたのだ。
いとおしむように、店主は時計を撫で、言った。
とてもやさしい声で。
「おつかれさま、ゆっくりおやすみ」
END