第3話 帝の犬と契約婚
昨夜の帝への謁見で寝不足だったものの、元気に仕事へ向かった。
帰る頃、定食屋さんの女将さんから野菜をおすそ分けしてもらい意気揚々麻袋を抱えて帰った。
食費が浮くのはありがたいなぁ。
そう、昨夜のことなどもうすでに頭からなくなっていた。
「ただいま――」
「お姉ちゃん!」
私が家に入るなり、なずなが飛び出してきた。
真剣を通り越し、目をかっぴらいて私の肩を掴んでいた。
「なずな、起きてて平気なの? あれ、お母さんまで……」
なずなの後ろにはお母さんも真剣な表情をしていた。
「芹、暢気にそんなこと言っている場合じゃないのよ! 来てるの!」
「来てる? なにが……もしかして、お父さん!? 一発ぶん殴って」
二人の真剣な表情に応えるべく、麻袋をなずなに託し、腕まくりをして居間に入った。
「――どの面下げて!」
姿勢よく座っている眼鏡の洋装の男性がこちらの方を向いた。
「随分、遅かったね。話は先にお母上と妹君に通させていただいた。それと、この家の状況も伺った」
「や、矢守秋人!?」
先日とは打って変わって、彼は好青年と評されるにふさわしい爽やかな笑顔と柔らかい物腰で我が家にいた。
あの感じの悪さはどこへ行った……。
「君と夫婦になろうと思って、こうしてご家族の方にお願いにきました」
「夫婦!?……いった!」
矢守秋人へ慌てて近づこうとするとちゃぶ台に足を引っかけて彼になだれ込んでしまった。
「お姉ちゃん、そんなに矢守様のことが」
「ち、ちがっ!」
私が矢守秋人に飛び込む形になり、その光景に妹は顔を覆って赤面していた。
「そそっかしい女だな。早くどけ」
しかし、そんな関係では全くない矢守秋人は昨夜と変わらず、私にしか聞こえないような声量で悪態をついていた。
「お、お断りします!」
冗談じゃない! 無理です。こんな嫌味なお小言製造機。
体勢を整えて断ると、なずなとお母さんが矢守秋人の味方をし始めた。
「お姉ちゃん! 矢守様はとても誠実で私たちの話を親身に聞いてくれて、援助まで申し出てくれて……お姉ちゃんのことも心配してくれたし、お断りするなんてひどいよ」
「そうよ。芹のことだから私となずなのことを心配してくれているのよね……私たちのことは気にせず幸せになりなさい!」
「心配……? この人が、親身に? 私が、幸せになる!?」
「そうよ。昨日の夜会で出会ったそうじゃない。芹が頑張っている姿を見た秋人様の一目惚れだそうよ? こんな好青年めったにいないわ」
「一目惚れ!?」
うるさい女だの、締まりがないだの散々言ってたのに!?
さっきはどけって……どの口が言ってるの!?
「芹さん、ちょっとお話が」
さんづけ!?
矢守秋人はお母さんとなずなに笑顔を見せ、私には真顔で手招きをして廊下に出た。
「話を合わせろ。これは契約婚だ。俺は帝からの勅命で不本意だが君を守り、紫鬼を討伐しなくてはならない。君の家の金銭的な援助は勿論する。母上、妹君も女中と部下を派遣して守る。その代わり、君をうちで管理して紫鬼をおびき寄せる囮にさせてもらいたい」
「次の新月が過ぎて、紫鬼? を討伐出来たらどうするんです?」
「俺を死んだことにして離縁する。君はここに戻ってくる手配は出来ている」
「死ぬことは……ないんじゃないかと」
「別にいつ死んだとしても問題ない。今も死んでるのと変わらないからな」
矢守秋人の目には温かな光は一切ないけど、死んではいなくない?
よく見るとこの人、顔色悪いし、クマも深いし、不健康そう……。
この人には何の感情もないけど、長生きはしてほしいとは思う。
頭に申し訳なさそうにする身体の弱いなずなの顔がちらつく……。
「あの! 契約婚ってことですけど、私からも条件出していいですか?」
「なんだ。金か、それとも土地か?」
この人は本当に私を苛立たせるなぁ。
「旦那様は毎晩しっかり寝ていらっしゃいますか?」
「なぜ、君にそんなこと」
「答えてください! 重要なことです」
「……仕事がなければ寝ている」
仕事があったら寝ていないと……。
「毎日三食食べていますか?」
「時間があればな」
時間がなければ食べないと……。
「それがなんだ」
「決めました。次の新月までは私が旦那様の健康管理をします! 私の言うことは必ず守って下さい!」
「面倒くさい女だな。君に俺の健康は関係ないだろう」
眼鏡を指先で押し上げて、心底面倒そうにする矢守秋人の頬を両手で包んだ。
「馬鹿言わないでください! 夫婦になるなら、最後まで添い遂げてなんぼでしょう! 私の父みたいに家族を放っていなくなるような夫は迷惑です。 私に関わる人たちは等しく健康で元気でいてもらわないと困ります!」
「困る……か」
「はい! 困ります」
「困らせるのは本意じゃないな」
「母と妹は絶対に守って下さいね!」
「契約はどんなことがあっても違えない」
「じゃあ、契約成立ですね!」
私は自分が恨めしい。
不健康そうな人を放っておけない。
それは矢守秋人でさえも含まれる。
でも、決まってしまったのであれば仕方ない。
不本意ですが、約ひと月の間。
私は帝の犬の妻になります。




