父の時計
“ 形見になってしまったな ”
私は左腕のシャツの袖を捲り、そこに嵌めた金色の腕時計に目をやった。それは昔、私が父に買ってあげた四角いスイス製のクォーツ時計であった。
父はその時計を、死の瞬間まで腕に嵌めていた。救急車で病院に運ばれた夜も、救命処置のため看護師が時計を外そうとしてもそれを拒んだという。
母から聞いたことがあった。
ある初夏の日、父はその時計を、田圃での農作業中に水田に張られた水の中に落としてしまった。時計には日常生活防水の機能が備わってはいたのだが、運悪く時計の内部に水が入ってしまい、時計は動きを止めてしまった。
“ もう、直せないのではないか? ”と、その時、その時計を見た母は思ったという。
しかし、父は諦めることなく、近隣の何件かの時計屋を廻り、かなりのお金をかけてそれを修理した。しかも私にはこのことを、その後一度も言うことはなかった。
父は言っていたという。
「この時計は。これは、息子が就職して初めて貰った給料で、俺に買ってくれたんだ。大事な時計なんだよ」
私は、この話を母から聞いた時に思った。
“ 親父は、俺の事とこの時計を、ダブらせて見ていたのかもな。最後まで、同居して一緒に住んでやることはできなかったが、いつか俺達家族と一緒に住むことを想っていたのかもしれない ”
“ だが俺は、親父の期待も、そしてその想いも全て踏みにじってしまった ”
父に対して “ すまない ” という想いが湧き上がり、心の中に父の貌が浮かんだ。
私は心の中の父に、黙って頭を下げた。
また、その時計には、ある『曰く』があった。
病院で、看護師の手によって死後の遺体の清拭が済んだ後、父は物言わぬ体となって実家に戻ってきた。
通夜、葬儀と滞りなく無事に済んだある日、その腕時計が無いことに私は気づいた。直ぐ病院に問い合わせて見たのだが、そこにも時計は無いとの返答であった。病院には、もし時計があったら、こちらに連絡をして頂けるようお願いをしておいた。
葬儀等の混乱に紛れ、時計がどこかに仕舞われてしまったのではと思い、私は改めて実家の家の中を捜してみたのだが、見つけることは遂にできなかった。母にも、そして妻にもその事を尋ねてみたが、その所在はやはり分からないままであった。
そして日が経ち、父の四十九日の法事を執り行う日になった。
その日の早朝、実家の電話が鳴った。
「‥もしもし…」
「おはようございます。……総合病院の庶務課の小嶋と申しますが」
父が入院していた病院からの電話であった。
“ 入院費は全て支払ったはずだが… ” 私は電話を受けながら、内心そう訝しく思った。
「実は、過日お願いされておりました腕時計の件ですが。時計が見つかりました。どうやら、当方の医療用機材に紛れ込んでおりまして、大変申し訳ないことを致しました…。こちらで保管してありますので、取りに来て頂けませんでしょうか?…」
その言葉にハッとして一瞬息を止め、私は答えた。
「時計がありましたか⁉。分かりました、直ぐ取りに行きますので!」
受話器を置くと、そのまま病院に向かった。
病院の受付で腕時計を受け取ると、駐車場で日に翳して時計を見た。
それは確かに父の時計であった。文字盤の下の方に田圃に落とした時の水のシミだろうか、変色した痕が少し残ってはいたが、時計は正確に今の時刻を刻んでいる。
大きく息を胸一杯吸ってから小さく溜息を吐くと、私はその時計に向かい、心の奥底からの言葉をかけた。
「親父。家に帰りたかったんだな!」
「これで本当に家に帰れるんだ。待たせたな、……」
家に帰ると、母に言った。
「四十九日の法事の日に、家に戻って来るなんて…。きっと、この時計には親父の想いが宿っているんだよ」
「大事にしていたものなぁ…」
「『良い時計だ』と、修理の時、時計屋に言われたと喜んでいたんだよ」
私の言葉を受け、母もそう言葉を続けた。
「四十九日は親父の魂が仏に成るため、あの世へと旅立って行く日だからな。これで親父はやっと、家に帰れたんだ。俺も安心したよ」
「‥不思議な事もあるものだね…」
母は腕時計を手に取ると、感慨深げにそう言った。その姿はどこか、昔の父との想い出に気を巡らしているかの様でもあった。
だからこの出来事があって以来、形見ということに加えこの時計は父の分身として、私にとっては特別な物となっている。
いつも父が左腕で、自分のことを見守ってくれているように思えるのである。
そしていつか、この時計を私も息子に譲ろうと思っている。
(了)




