表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

泥舟を漕ぐ

作者: 茉瀬 薫

 鋭い風が、頬をなでている。僕はスマートフォンを耳に当てたまま霞む目を細め、延々と続く都市の明かりの果てを探す。

 しばらくして、不意に呼び出し音が止んだ。

「はいはい、どうした如月」

 親友の深みのある声に、ふっ……と体のこわばりが取れた。

「なんか声聞きたくなった」

「おいおい、ちゃんと休んでるか?」

「いやぁ、やっぱり休みたいけど休めないもんだね」

 ため息交じりに続ける。

「なんか国会議員って面白くないよね」

「党の言う通り動いて、挙げ句尻拭いばっかしてるからだろ」

「うん、そうだね」

 傍らのテーブルのワインを取り、グラスに口をつける。

「僕はこんな事するために議員になったわけじゃないんだけどなぁ」

「たしか日本を変える、だったか?」

まだ三十になったばかりの頃の話だ。自分で起こした事業が失敗し、莫大な借金を背負った。そんなとき、党から事務員としてののスカウトがあった。それに飛びついたのが、すべての始まりだった。

――如月くん、国会議員になってみる気はないか。

大震災が起こり、親友は投資に失敗して会社を売却した。それでもなお、借金は残っているらしい。

許せなかった。苦しんでいる親友に、何か大きな助けをしてあげられないということが。

如月がいてくれるのが助けだ。そんな彼の言葉は、ただのやせ我慢のようにしか聞こえなかった。新卒で同期として出会ったあの時から、彼の瞳の奥には野心が燃えていた。道半ばで第一線から退かなければいけない、そんな悔しい思いをにじませ、彼は妻子とともに地元へと戻った。

彼が東京を立つ日、自分の無力さに唇をかみしめながら高速バスを見送った。

成功できないまま、名もないままに消えてゆく者。震災で被った損失にもっと援助があれば、親友はまだ東京にいられたはずだった。

今思えば、それは現実逃避というか、責任転嫁だったのだろう。けれど、あの時僕はそれを正義として政治の世界に飛び込んだのだ。

「ま、党首でもない僕みたいな議員に、そんな力はなかったけどね」

 椅子から立ち上がり、ベランダの手すりに寄りかかる。視界の端で、スカイツリーのライティングが切り替わった。

「もうどうせ泥舟なんだから、もっと楽に生きろよ」

「いや、やるからには全力で、でしょ?」

 親友が笑った気配がした。

「如月、相当疲れてるな?」

「まあね」

「よし、三日後東京(そっち)行くか」

「お」

 親友と会える。突然の朗報に、思わず頬が緩んだ。弾む気持ちのままに言葉を紡ぐ。

「待ってるよ」

「いっしょに飲むぞ、だからそれまでに体調整えとけ」

「わかった」

「いいか、体調万全じゃなかったら強制的に休ませるからな。で、俺はお前を置いて飲みに行く」

 はは、と声を上げて笑った。

「けっきょく飲みたいだけか」

「お前の心配もしてるぞ……一応」

 肺いっぱいに深く吸い込んだ風は、仄かに冬の香りがした――。


1, 8, 2025

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ