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顕醒の章

最後はやはり顕醒で。

ゲスト的に、もうひとりの重要人物も登場します。


 ──維と凰鵡が帰還した翌日。


 山頂には風の音だけがあった。

 瘴気が去っても、生き物達はまだ警戒して近づかないようだ。

 宇瑠瑠岩があった場所に辿り着くと、顕醒は直立したまま、眼を閉じた。

 維によって文字通り粉々にされ、その痕跡すら風に吹き飛ばされた今となっては、そこに巨大な一枚岩があったことを想像するのは難しい。

 顕醒はその場にしゃがみ込んで、大地に掌をあてた。

 と、その背中に声をかける者がいた。


「おう、先を越されたか」


 顕醒は立ち上がり、(きびす)を返して……深々と頭を下げた。

 几帳面な弟子に困り顔を返しつつ、不動翁(ふどうおう)真嗚(まお)が歩いてくる。


「いんや……間に合った、っちゅうほうか。なんも、山頂に大穴ブチ開けることもないじゃろ」


 そう言って、真嗚も指で地面に触れる。


「こっちか」


 来た道とは別の方角へと、山頂を降りた。

 顕醒も師のあとを追った

 木立を抜け、土の道をしばらく進んでから、真嗚は断崖じみた急斜面を飛び降りた。顕醒もピッタリとそれに倣う。


「こっからいけそうじゃ」


 振り返ったふたりの目の前には、斜面にぽっかりと空いた洞穴の入口があった。一九〇センチの顕醒でも立って入れそうな大きさだ。

 なかに潜り込んでみると、いきなり、小さな(やしろ)が師弟を出迎えた。

 その背後には、真嗚の胴ほどはあろう太い注連縄が左右に渡されている。


「これも封印の一環か」


 真嗚が社をまじまじと眺めているあいだにも、弟子のほうは注連縄をくぐって穴の先へと向かった。


「ぬし、いつになく()いとるな」


 ひょい、と跳ねるような足取りで真嗚が追いつく。

 洞内の空気は淀んでいて、湿気が強い。天然の有毒ガスでも溜まっていようものならひとたまりもないが、師弟は躊躇なく進んでゆく。光源ゼロの真っ暗闇と、最悪な足下もお構いなしである。


「なるほど、先にやることをやる、か」


 真嗚が何かを察したように独りごちる。


「……なぜ、おいでになったのです?」


 珍しいことに、顕醒が自分から訊ねた。


「ぬしとおんなじじゃ。探しもん」


 弟子が話しかけてくれたのが嬉しかったのか、真嗚の声のトーンが上がった。


「私は事後調査です」

「じゃが、どっかで期待もしとろう。儂には隠すな」


 少しの沈黙が顕醒にあった。


「老師は何をお探しなのです?」

「そいつを、これから探す」


 支離滅裂なことをサラリと吐く。


「なに……物見遊山と思うてくれてよい。今度のことと、今後についちゃ長老座が神羅と協議中じゃが、衆が出禁になるやもしれんからな。その前に、何がここに隠されとったか、この眼で見とうなった」


 みずからも長老座の一員であるにもかかわらず、まるで他人事のように話す。


「……と、ここか」


 師弟は足を止めた。

 一寸先も見えない闇だが、ふたりの眼は行く手の壁を捉えていた。

 洞穴の終点……ではなさそうだ。穴をピッタリと塞ぐ、巨大な岩だった。

 表面には、何百何千文字という経文、呪文、そして刻印が、隙もなく彫り込まれていた。長年にわたって水と空気の侵蝕があったろうに、一片の劣化もない。


「余所から持ってきて塞いだか。天岩戸(あまのいわと)……んにゃ、天岩蓋(あまのいわぶた)か」


 などと師匠が冗談を言っているあいだに、弟子はその石壁に掌を当てた。

 常人には見えない光の亀裂が岩を駆け抜け、音もなく粉砕した。


「あーあ、やりよった」


 弟子の行為を嘲弄するようにヘラヘラと舌を出して、真嗚は砂礫の山を飛び越える。

 その背中が、ストン、と下に消えた。

 封石の向こうに地面はなかったのだ。

 師を案ずる様子もなく、顕醒も飛び降りた。

 そこは縦穴ではなく、巨大な地下洞窟だった。

 その中央に、〝それ〟は身を横たえていた。


「まさか、これが山神様の正体とはな」


 先に洞窟に降りていた真嗚が、音もなく顕醒の隣に並んだ。

 ふたりの目の前にいるのは、不規則にのたうち回る、闇の縄のかたまりだった。

 凰鵡が相対したものに似ているが、大きさは歴然だ。一本一本の太さも、顕醒の腿ほどはあろう。

 蠢く闇縄の節々は不気味に歪んでいて、よく見ればそれらは同化された人間だった。

 そんな状態でも彼らはまだ生きているようだったが、胸が呼吸を繰り返す以外には、ときおりビクンと背を反り返らせ、無気力に伸ばした手足を震わせるだけだった。


「ここは山頂の真下じゃ。維ちゃんに砕かれる寸前で逃げおおせよったか。さすがにしぶといな」


 同化された犠牲者達の股間が一斉に割れた。

 なかから巨大な眼球が現れ、顕醒達を見下ろしてくる。


「そうとう弱っとるが……山崩れが怖いな。儂も手を貸そう」


 師の声が届いているのやら、顕醒は静かに前へ出る。

 次の瞬間、その歩みが矢のような瞬足に変わった。

 両手の親指と人差し指が大きな輪をつくる。そのなかに凝縮されてゆく気が、光の渦を巻く。

 闇の縄がつぎつぎに襲いくるが、顕醒の手に灯した光の圧に灼かれて、ことごとく崩壊する。

 顕醒はゆうゆうと〝それ〟の懐へと潜り込み、輪をじかに押し当てた。

 さらにゼロコンマの差で弟子に追いついた真嗚もまた、両手の輪を突き立てる。


 ──あああァあぁぁぁぁあああああアアアアアアアアアああああァァァああ──


 何人分もの悲鳴が、洞窟内を満たした。



「ふん……やはりそうか」


 先だって通り過ぎた洞穴の壁をまじまじと眺めながら、真嗚は独りごちる。

 水と空気にひどく蝕まれながらも、そこには明らかに、ヒトの手によって刻まれ、描かれた〝絵〟が残されていた。

 下部に見える放物線の列は、山々だろう。

 山のなかや麓には、ヒトや獣、あるいはよく分からない姿の者達が、それぞれ数体描かれている。

 そして空には、何本ものいびつな線を放射状に伸ばす〝縄の塊〟のようなものがあった。

 間違いない。今しがた師弟が消滅させた〝それ〟──すなわち、山神・宇瑠瑠である。

 周囲には稲妻模様が幾本も描き添えられている。これが雷落山の名の起源だろうか。 

 だが、真嗚の見解は少し違った。


「これは、異界門じゃな。宇瑠瑠という神、もとからこの地の山神ではなかった。なんの理由か知らんが〝向こう側〟から来よったんじゃ」


 壁画はそれひとつではなかった。

 洞穴の出口側へ向かうと、こんどは山のなかに居座った宇瑠瑠が、腕を長く伸ばして、ヒトやヒトではない者に触れている場面が刻まれている。

 そして触れられた者達の身体の一部は、宇瑠瑠とおなじ縄状に描かれていた。

 どうやら、宇瑠瑠が潜んでいた最奥部から外へ向かうごとに、場面が進むようだ。

 次の絵では、人々が武器を持って宇瑠瑠と闘っていた。さらにヒトならざる者達も周囲の山から大勢現れている。


「この妖種らは……もとからこの土地にいた山神か」


 異界から飛来した宇瑠瑠の侵略に、ヒトと妖種とが力を合わせて対抗したらしい。

 その闘いの結末は分からない。次の場面で、状況は予想しえない展開を見せていた。

 空に、新たなものが現れていた。

 放射模様をともなう円だった。

 光……と見て間違いないだろう。

 だが太陽は別に描かれている。ということは、空に光る何かが現れたのだ。

 そして宇瑠瑠が山から飛び出し、〝光〟と相対したところで、壁画は終わっていた。その頃には、地上には数体のヒトしか描かれておらず、妖種(あるいは山神)達の姿は消え去っていた。


「この最後に現れたンが何者かは皆目ワカランが、もといた山神らは全滅して、宇瑠瑠も封印された。じゃが長い年月のなかで、封印されとるバケモノが山神と言われるようになってしまった、っちゅうわけじゃ」


 真嗚は隣にいる弟子を見上げた。


「ぬしの姉さんとは関係なさそうじゃな。まぁ気を落とすな……」


 と言って、真嗚は声を潜めた。


「顕醒?」


 師匠の話を聞いているのか、いないのか、顕醒は最後の絵を黙って見つめている。

 正確には、最後の場面に描かれた〝光〟を、である。

 その手が、ソッと壁画に触れた。


「……これは」


 真嗚は眉間に皺を寄せた。

 壁画が光を帯びた。

 顕醒の気が、彫り跡を浮かび上がらせているのだ。

 そして、円で表された〝光〟のなかに、ごくごく浅く彫られていた〝あるもの〟が、姿を現わしていた。

 それは、乳房と陰茎を持つ、幼げな人間だった。 

お読みくださりありがとうございます。

本外伝はこれにて完了です。

最後のシーンは今後の伏線になる予定です。

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