13.今世は僕のミレニアには、なってくれない
話が長くなりそうだと感じた前グレイマーク侯爵は、近くにいたソフィーナに声を掛けた。
夜会の主催であるサンドリー侯爵家の令嬢であるソフィーナに案内され、ディミアンとミレニアの二人はサンドリー侯爵家の応接室で向かい合うことになった。
もちろん、扉はほんの少し開けたままで。
「どうして新しい店のことを教えてくれなかったんだ?」
ディミアンは拗ねたように問いかける。
「ディミアン様に頼らずに成功させて、公爵家に嫁ぐための持参金を貯めたかったんです」
ミレニアが自分で持参金を稼ぎ出すまでは婚約を待ってほしいとカイザー公爵夫妻にお願いしていたことを、ディミアンは知らなかった。
「持参金なんて不要だよ。何にもいらないから、今すぐにでも僕と結婚しよう」
「嫌です」
ミレニアの言葉に、ディミアンは危うく持っていた紅茶のカップを落としそうになる。震える手を抑えながら、何とかカップを皿の上に戻す。
「まさか、他に好きな男が? さっききみをミーナと呼んでいた男か!? それとも前グレイマーク侯爵!?」
「違います! 好きなのはディミアン様だけです!!」
ディミアンの嫉妬めいた言葉を、ミレニアは慌てて否定する。勢いのまま、彼を好きだと告白してしまった。
「僕もミレニアが好きだ! 愛している!!」
ミレニアからの初めての好意の言葉に、ディミアンは嬉しくて二人の間にあるテーブルを超えて抱き着こうとしてくる。
それをサッと躱すと、ディミアンは無様に床に転がった。
「ディミアン様がわたしを好きなのは、わたしの前世が猫のミーナだったからでしょう?」
床に転がっていても美しいディミアンに向けて、ミレニアは小さく呟く。
「わたしがミーナじゃなかったら、前世の記憶を取り戻さなければ、わたしに婚約を申し込むこともなかったはずです」
かつて、ディミアンはミーナだったからではない、ミレニアのことが知りたいと言ってくれたが、あの日以来、今日まで会えていなかった。その間、ミレニアはずっと不安だった。
前世、飼い主と飼い猫だったことを思い出したからこその婚約の申し込み。公爵家跡取りのディミアンと子爵令嬢のミレニアの身分差は大きい。それを乗り越えて生涯をともにするほどの覚悟があるか、自信が持てなかった。
ディミアンからの情熱はまやかしかもしれないと疑ってしまう中、せめて身分差を埋められる何かが欲しいと思った。そこで、有能な実業家であると世間に認められるため、自分で公爵家に嫁ぐ持参金を用意出来るだけの事業を行えると示したかった。
「ミレニアは、僕が哲弥だったから婚約者候補にしてくれたのか?」
ディミアンは立ち上がりながら、ミレニアに問いかける。
ミレニアは前世、自分が猫だった時の飼い主である哲弥を思い出す。
黒髪黒目、すっきりとした顔立ちの痩せた男だった。部屋にいるときは首の伸びたシャツを着て、コーヒーをガブガブ飲んだ。
ディミアンのように優雅な所作で紅茶は飲まなかったし、シャツの袖のボタンも留めることはなかった。電話で故郷の家族と話す時は方言交じりで、いつも綺麗な言葉遣いをするディミアンとは大違いだ。
それでも、大きな音にキョロキョロする自分を見る優しい瞳は二人とも同じで。撫でてくれる手は暖かい。
「哲弥とディミアン様は同じだけど、全然違う」
顔も匂いも行動も考え方も全然違う。
それでも、ディミアンは哲弥だったと、ミレニアは知っている。
ディミアンが哲弥だったから好きになったわけではない、哲弥だったことも含めて、ディミアンを好きになったのだ。
単純なことだったけれど、自分に自信が持てなかったミレニアは、ずっと自分がディミアンに愛されていることが信じきれなかった。
「きみがミーナだったからじゃない。ミレニアだから、好きになったんだよ」
ミレニアの心に、ディミアンの愛の言葉が初めて入ってきた。
真っ赤に頬を染めたミレニアに、ディミアンは続ける。
「ミーナと同じ髪の色も瞳の色も好きだし、臆病なのに好奇心旺盛なところも変わらなくって好きだ。猫を見るときの優しい瞳も、猫のためのカフェを自ら開いちゃう行動力も好きだし、僕が思いつかないことを考えて実現化出来るきみから目が離せない。今の猫耳の髪型なんて、可愛すぎるし、ミーナのことは心底愛していいたけれど、あの頃はきみと二人っきりになってベッドに連れ込みたいなんて考えたことなかった。僕は、人間の女の子のミレニアが好きで、欲しくて、独り占めしたい」
ディミアンがミレニアの頬に手を添えると、ミレニアはその手に顔を押し付けるようにして甘えた。
「ミーナだったからじゃない。ミーナだったことも含めて今のミレニアが好きだ」
熱を帯びたディミアンの瞳に、ミレニアの胸は高鳴る。
ディミアンはミレニアのことが好きだし、ミレニアもディミアンが好きだと実感した。
「ミレニア、僕と結婚してください」
イエスの返事が貰えると確信しているディミアンは、ミレニアに口付けようと顔を傾ける。
「持参金が貯まるまで、待っててください」
ディミアンの動きがピタリと止まる。
「え?」
ミレニアはニコニコと微笑んでいた。
ディミアンとの気持ちは確かめ合った。良い時も悪い時も、きっと二人で乗り越えていける。
あとは、ミレニアが世間からカイザー公爵家の嫁として認められれば、言うことはない。
ディミアンは結婚を申し込みに行った日のミレニアの父であるランドリック子爵を思い出す。
娘との結婚を渋っていたが、商売の話をチラつかせると途端に揺らぎだしたあの男の血を、ミレニアは濃く受け継いでいる。
「持参金は無くてもいいんだけど……?」
「大丈夫です。今度のお店はかなり稼げる予定なので!」
ゲヘゲヘと下品な笑いが聞こえてきそうな守銭奴の顔をしたミレニアは、ディミアンの返事など待たずに、キラキラとした瞳で今後の店の展望を語り出した。
猫耳カフェの運営が楽しくて仕方ないのだろう。
ディミアンは肩をすくめて、ソファに座る。
ミレニアが楽しそうに話すのを聞きながら、目を細めた。
(前世は俺だけのミーナだったけれど、今世では僕だけのミレニアにはなってくれそうにないな)
声には出さず呟く。
自分のものではないからこそ、言葉で態度で、ずっと彼女への愛を伝え示し続けようと、ディミアンは密かに決めた。
「ミレニア、これ着けてもいい?」
ディミアンはトラウザーズのポケットから小さな布袋を取り出す。中からはシャラリと軽い音をたてながらネックレスが出てくる。
ディミアンがミレニアに贈り物をしたいと言って宝石店で作ってもらったものだ。今夜は一緒に参加する予定はなかったというのに、ディミアンの胸ポケットにはあの時一緒に作ったミレニアの瞳の色の宝石をあしらったチェーンブローチが揺れていた。
ミレニアの後ろに回ったディミアンは、彼女の細い首にそっとそれを着ける。
「今日のドレスもとっても似合っているけど、今度僕と一緒にドレスを作りにいこうね」
ディミアンはそう言って自分の色のネックレスを纏ったミレニアの首にチュッと軽いキスを落とす。
部屋の外で前グレイマーク侯爵とソフィーナは二人のことを待っていた。
ミレニアが真っ赤な顔をしながら先ほどまでしていなかったはずのディミアン色のネックレスをして部屋から出てくると、二人はほっと胸を撫でおろす。
前グレイマーク侯爵は大切な年若の友人が若い狼に取って食われてしまわないかとハラハラしていた。また、彼女の事業を邪魔しようとするのなら、あらゆる知略を持って攻めてやろうと頭の中は久しぶりに策略を練るのに忙しくしてもいたが。
ソフィーナは幼馴染でもあるディミアンが初恋を拗らせずに済んだらしいことに安堵する。これまで猫以外に執着することのなかった彼が恋に破れて闇落ちなんてしたら、面倒くさいことこの上ないだろう。
自分の侍女の手によって猫耳猫目メイクを施されたミレニアの出来は完ぺきと言ってもいい。次の夜会には自分も揃いの髪型とメイクをして、双子コーデをしても楽しいかもしれない。と、すでにミレニアとは友人になった気で楽しい未来を想像していた。
夜会会場に戻った四人は注目の的で、ミレニアは嬉々として猫耳カフェの宣伝をした。
ディミアンはミレニアの婚約者候補であることを声高に宣言し、下心を持って彼女に近づいて来た輩は全力で潰すとオブラートに包みながら笑顔で言い放った。
それから三年後には猫耳カフェは国内に七店の支店を出すまでに成長した。ゆくゆくは国外への出店も視野にいれている。
猫耳カフェでは週に一度程度不定期に、店の小さなステージで歌ったり踊ったりのイベントが行われているが、年に一度の本店創立祭は大きな会場を借りての大規模なコンサートが行われる。その時にほんの少し現れるキレッキレダンスのミーナが実はかなり人気で、彼女目当てに第三王子がお忍びで足を運んでいるとかいないとか。
ディミアンはミレニアと早く結婚したいがあまり、友人知人を誘っては猫耳カフェに訪れた。毎回ミーナのうちわやタオル等のグッズを購入、イベント時に販売される握手券はミーナ分を買い占め、わずか半年で彼女に持参金を稼がせた。
勝手に式場やドレスを手配していたディミアンは、婚約者候補から婚約者になったのはわずか一か月程度で、すぐに結婚式を挙げ、夫婦になった。
「ミレニア、愛しているよ」
毎日のように愛を囁くディミアンは年を重ねても神々しいまでに美しかった。
ミレニアは、そんな彼に嬉しそうに「わたしもよ」と甘えてすり寄る日もあったが「知っているわ」と返事をして、ピンと尻尾を立てた猫のように横をすり抜けて行く日もあった。
前世、哲弥の猫だったミーナは、今世ではミレニアという子爵令嬢だった。
人間の令嬢になったミレニアは、やりたいこともあるし行きたいところもある。
前世の哲弥とミーナのようにはなれなかったけれど、だからこそ、ディミアンはミーナに愛を伝え続け、ミレニアも言葉を尽くした。
それでも、すれ違ったりケンカをする日もあったが、夜になると二人は前世と同じようにくっついてお互いの温もりを感じながら眠りにつくのだった。
「おやすみ、僕のミレニア」
ディミアンの言葉に「おやすみなさい」「あなたのものじゃないわ」等、言いたいことはあるけれど、半分眠りに落ちているミレニアが口にするのはいつも聞き取れるかどうかという小さな「にゃあ」という声だけだった。
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