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前世はあなたのミーナだったかもしれないけれど、今は人間の令嬢です  作者: たまころ


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10.サンドリー侯爵家の夜会

 両親の言いつけにより五人の令嬢と会うことになったディミアンは条件をつけられた。

 最低三回は会うこと。

 そのうち一回は夜会などの社交の場に出向くこと。


 最後の一つには理由がある。

 間もなく王太子の婚約が発表になる。それに合わせて、独身の若い貴族達の婚活が盛んになることだろう。王家に次ぐ権力を持つカイザー公爵家でも嫡男であるディミアンが婚約者探しをしていることを見せることで、他の貴族達にもそれを促す効果。

 さらに、ディミアンとともに出る社交の場での相手の令嬢の態度や対応が公爵家の嫁に相応しいものであるかを見定めるためだ。


 両親の許しが出るまでミレニアに会うことは禁じられた。彼女と約束していた夜会も他の令嬢をエスコートするように言われ、急遽キャンセルし、都合をつけてくれた幼馴染の令嬢と参加することになった。


 忙しい仕事の傍ら、ディミアンは時間を捻出して令嬢達と会った。

 街に出てカフェに行ったりショッピングに付き合ったり、公園を散歩したり、美術館に行ってみたり。

 三回目のデートはその時々で招待状をもらっていた夜会にともに出席した。これまでは仕事の忙しさを言い訳に欠席していたディミアンが突然女性を伴って現れるようになったため、彼が婚約者を探していると社交界では噂が広がった。

 そのため、これまで以上に他の令嬢からの誘いも多くなり、ディミアンは日々疲弊していくことになる。


 毎日とはいかなかったが、ほんの一行だけでも短い手紙をミレニアに送り、その返事を貰うことだけが唯一の楽しみだった。

 自分の私生活のことは触れることが出来ないため、内容は「昨日は雨上がりに虹を見ました。ミレニアは見ましたか?」などの天気等、当たり障りのないものばかりにはなっていったが。


 ミレニアと初めてデートをしてから約半年が過ぎる頃、ディミアンはやっと約束の五人の令嬢との三回のデートを終えた。

 

 どの令嬢もそれぞれ良いところはあったが、生涯をともにすることは難しい。仮に彼女達の誰か一人と結婚したとしても、上辺だけの関係になるであろうことを両親に伝えた。

 それと同時に現在ランドリック子爵家で進めているハーブティー事業について説明する。まだ販売には至っていないが、商品化した際にカイザー公爵家の販路を利用すれば一気に知名度は上がるだろう。

 実際に子爵から受け取っているハーブティーをメイドに淹れてもらい、それぞれの特徴を説明しながら両親に試飲してもらう。


「心を落ち着かせる効果が?」


「こちらはお肌にいいの?」


 飲みなれないハーブであったが、飲みやすくブレンドされたそのお茶を飲んだ両親の反応は思いのほか良かった。


「眠れない夜に酒を飲むより健康にいいな」


「女性は年齢とともに悩みも増えるし、内側から綺麗になる、というのは良い戦略になるわね」


「相手を気遣った贈り物としても重宝されると思います」


 公爵家と子爵家では同じ貴族とはいえ、縁を結ぶには位が違い過ぎると渋っていた両親に、ディミアンはランドリック子爵家との婚姻が良縁となることを訴える。


「子爵本人はこれまでの堅実な領地運営に加えて新たな事業も成功させていく手腕があります。少々気性の荒い面はありますが、娘の可愛さと商売を天秤にかけて選べないあたりが憎めません。夫人は交友関係が広く、ご友人の多い社交的な方だそうで。なんでもイケメン番付という女性に人気の雑誌の発案者だと聞いております。ご子息も士官しており、非常に優秀だと聞いています。好きな食べ物はステーキで、領地の家畜の餌にハーブを混ぜて美味しいお肉になるかの研究が今は一番の楽しみだそうなので、いずれランドリック子爵領の牛肉も特産になるかもしれません」


 ふむふむと聞く両親に、ディミアンはたたみかける。


「そしてミレニアは自領で栽培されているハーブが薬以外にも販路があると父である子爵へ提言した張本人です。その効能も最初は自分で調べ上げ、領民が親しんでいるお茶を高級志向として売り出すことを考え出したのです。子爵名義になっていますが、猫と触れ合えるという画期的なカフェの実質的な経営者も彼女です。我が家を発端に始まった猫ブームに乗り、新たな形態の店舗を発案し、現在は予約待ちという人気店に育て上げています。もちろん猫を商売道具にしているわけではなく、飼い主に恵まれなかった猫の受け皿としての機能も果たしている店です。何より猫を愛でるその様子には猫愛が込められており、僕は猫よりも自分を見てほしい撫でてほしいと初めての感情を抱いたほどです」


 止まらないディミアンに、両親は「わかった」という他なかった。

 もとより、爵位の差はあれど貴族同士、相手の家に特に庇護があるわけでもない。

 息子の結婚相手としてランドリック子爵令嬢とその家族や領地も調査は済ませており、百点満点とは言えないが及第点ではあると判断もついていた。


 その調査期間に、カイザー公爵夫妻はディミアンの本気度を確認したいと考えた。猫にばかり目を向けていた息子の一過性の気の迷いに可能性もある。他の令嬢と知り合えば気持ちに変化もあるかもしれないと、初めての恋に浮かれる息子を心配してのことでもあった。結果は杞憂に終わったのだが。

 もちろん、他の同年代貴族の婚活意欲の促進という打算もあった。


「では、一度顔合わせをして」


「その前に、僕はミレニアと夜会に参加します」


 前回、ミレニアと参加するはずだった夜会は急遽、他の令嬢と参加した。あの時の喪失感をディミアンは忘れていない。

 もう一度、夜会からやり直したい。


 両親の許可も得ることができ、ディミアンはウキウキとした気持ちでミレニアに手紙を送った。

 もちろん夜会への誘いであったが、当然、了承の返事が来ると信じて。

 それが「お断りします」のたった一文の手紙が来るとは、思ってもみなかった。

 断る理由の一つも書かれていないシンプルな文章のそれを、ディミアンは茫然としばらく眺めることになる。







 ミレニアに断られたサンドリー侯爵家の夜会には両親とともに向かった。

 カイザー公爵家に負けないほどの猫好き一家のサンドリー侯爵家とは家族ぐるみで親しくしている。幼馴染ともいえる末っ子のソフィーナは前回ミレニアとの夜会をキャンセルした時には急遽パートナーを引き受けてくれた気安い間柄だ。

 社交シーズンの後半に開かれるサンドリー侯爵家の夜会は大規模で、主だった貴族が顔を揃える。


 思えばミレニアを最初に誘った頃は社交シーズンに入ったばかりの寒い頃だったというのに。ディミアンは両親の説得に半年もかかったことに不甲斐なさを覚える。

 ミレニアはそんな自分に愛想をつかしてしまったのだろうか。だとしても、離してなどあげられないのだけれど。


 サンドリー侯爵家の夜会は規模は大きいものの畏まったものではなく、気軽に話をしたり軽食をつまんだり出来る良い交流の場だ。

 会場入りしてすぐ、カイザー一家は主催者であるサンドリー侯爵に挨拶に向かう。


 気難しそうな顔の侯爵のタイピンにはさりげなく猫モチーフが使われ、隣で微笑むスラリとした夫人の耳元で揺れるイヤリングも同じ猫のモチーフがあしらわれていた。


「本日はお招きありがとうございます」


 ディミアンがソフィーナに挨拶をすると、彼女は訝し気に彼の周囲を見回す。


「あなたの仔猫は? まだご両親から許しをもらえてないの?」


 ソフィーナには前回、夜会に付き合ってもらった時におおまなかことを説明していた。


「許可が出たから今日の夜会に誘ったが、断られた」


「猫と結婚するんじゃないかと思っていたあなたの初恋を見てみたかったのに、残念」


 ソフィーナはディミアンの家柄にも容姿にも興味を持たない貴重な女性だ。正確には興味を持てない、と言ったほうが良いかもしれない。

 カイザー公爵家はとても良い家柄で、ご両親の人柄が良いことも知っており良い嫁ぎ先だと思っている。子供の頃の丸いほっぺのディミアンは素晴らしく愛らしかったが、現在の彼も動かなければ芸術品と見間違えるほどの美しさだとは思っている。

 しかし、外面の良い猫好き変態、というのが正直な感想だ。

 幼い頃からたいていのことは要領よくこなし、人間関係も円滑に見えるが、実際は猫以外に興味がないため何事にも熱中することも執着することもないだけだ。

 そのうち猫屋敷で隠居生活でもするのではないと思っていたディミアンに突然、夜会に誘われた時は驚いた。

 忙しいからと夜会に出席することは稀で、たまに参加するときも父親が欠席のためカイザー公爵夫人のエスコートに駆り出される時くらいだった。


「そういえば面白いカフェがあると噂を聞いたのだけど、あなたの婚約者候補が関係しているのではなくて?」


 ソフィーナが聞いた噂とは猫茶カフェのことだろう。


「猫と触れ合えるカフェのこと……」


 ソフィーナは言葉を途中で止めたディミアンの視線の先を追う。

 黒髪の小柄な女性がいた。

 彼女は、ディミアンではない、他の男性にエスコートされ夜会に参加していた。


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