表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

暇なふたり

この物語は退屈です。

なぜならば、天使も悪魔も退屈しているからです。

時間の無駄だったと思うくらいなら、読まないほうがいいでしょう。


挿絵(By みてみん)

 そのカフェは大勢の人で賑わっていた。

 だが、誰も二人の会話に耳を傾けようとはしない。

 人間は忙しいのである。 


 二人は、窓際の六人掛けテーブルをかれこれ三時間も占領していた。

 だが、それすら、誰も咎めようとはしなかった。

 人間には、そんなことよりもっと大切なことが山ほどあるのだ。


 そんなわけで、誰も二人が天使と悪魔であることに気付かなかった。


 ガチャン。

 大きな音がして、一瞬店内中の目という目が一点に注がれる。

 新米ウェイトレスがヘマをやったらしい。


 悪魔は、「この忙しいときに」という先輩ウェイトレスの小言を聞いて嬉しくなった。

 汚れた魂は大好きだ。

 彼は無遠慮にそのウェイトレスを眺め、ニヤニヤした。

 その様は一見して下心丸出しの男のようだが、あながち間違いでもない。


 一方の天使は、別の理由で嬉しかった。

 無知で経験不足の新米ウェイトレスが、また一つ学んだからだ。

 天使は成長を見守るのが好きだ。

 失敗は成功の母だとは、誰が言ったんだったかな……あ、エジソンか、悪魔側の人間じゃないか。

 と、天使は考えていたが、表情には微塵も表さなかった。

 彼は始終無表情である。

 だからこそ、たまに見せる笑顔が――千年に一度くらいの頻度だが――最高に素晴らしい。

 まさに天使の笑顔である。


「ああ、そういえば」

 悪魔はふと思い出したように呟き、向かいの席に座っている天使に呼びかけた。

「なんだ」

 天使は最後の一吸いを肺に収め、灰皿にタバコをねじ込んだ――そう、この天使はタバコを吸う。


「2012年に地球は滅びるかもしれないらしい」

 悪魔は真面目な顔で言った。

 すると、天使は呆れて首を振り、煙をフーッと吐き出してから言った。

「映画の話だろ」


「そうさ。でも、実際に起こるかもしれない」

「なぜ?」

「人間がそう信じ始めてるからさ」


 悪魔が言うと、天使は眉を少し上げて、どういうことか説明しろ、というように悪魔を見つめた。

 なので、悪魔は椅子の背もたれに肘をかけ、半身になって足を組んだ。

 ちなみにこれが、悪魔流・真面目な座り方だ。


 悪魔は「ンン」と喉を鳴らす。

 彼は主張するのが好きだ。

 彼に限らず、地獄の悪魔たちはみな演説が好きだった。

 とりわけ、面白いことに気付いたと感じたことは、すぐ口に出す。

 たとえデタラメでも、もっともらしく講演して相手をその気にさせるのである。


「まず、例え話をしよう」

 悪魔は丁寧に言った。

「獣の数字とか、悪魔の数字ってヤツがあるだろ? いろんな映画で使われたヤツ」

「666か。だが、実際は616だったそうだな。研究者がヨハネの黙示録を誤訳していた」

「そうそれ。まさにその通り」

 悪魔は頷き、唇を舐めて潤した。


「人間たちは666が魔の数字だと信じ込んでいた。6に因んだ魔物や怪奇伝説を数多く生み出し、2006年の6月6日は怯えてすごした。その恐怖につけ込んで、俺達悪魔もいろいろ手を打ってきたんだ。ああ、ついでに、ローマ皇帝ネロやアドルフ・ヒトラーが666に関係している話をしようか?」

「結構」

「なら……話を続けるが」

 悪魔は物足りなさそうに頷いた。


「何世紀もの間、人間と悪魔は666で繋がっていた。それなのに今更、「616の間違いでした」ときたもんだ。人間だけじゃなく、悪魔もズッコケたさ」

 一番びっくりしたのはダミアン坊やだけどな、と付け加える。

 おかげで鬱病になって、地獄に引きこもっちまった。


「実際はどっちなんだ?」

 天使は腕を組んで尋ね、顎で答えを促す。


「問題はそこだ。実際のところ、俺たち悪魔は数字なんてどうでもいい。人間が「666は悪の数字だ」と恐れたから、それが俺たちの数字だった。だから、616を恐れ始めたのなら、それも俺たちの数字になる」


 得意げに言う悪魔に、天使は少し肩をすくめた。

「都合のいい話だな」

「なにを。お前たち天使だって、人間が勝手に12月25日をクリスマスにしたのにちゃっかり便乗して、奇跡だの何だのと騒いでいるじゃないか。キリストの誕生日は25日じゃないだろ」

 悪魔は長い指で、テーブルをトントンやりがなら噛み付いた。


「ああ、そういえばそうだな」

「だろう」

「うん」

 天使は素直に認めた。


「つまり、だ。俺たちのようなオカルト的存在は――」

「私はオカルトじゃない」

「おい、話を遮るな。ややこしくなる」

 悪魔は迷惑そうに言って、もっと迷惑そうにしている天使を黙らせた。


「つまり俺達は、人間どもの思念によって大きく左右される。よって、2012年に地球が滅びることもありえるってことだ。人間がそう信じ込めば」


 天使は納得いかないように眉根を寄せた。

「地球の滅亡はオカルトなのか?」

「マヤ文明のどうのこうのってのは、オカルトめいてるじゃないか」

「ふむ」

 それから少し考え、「だが、やはり地球は滅びないだろうな」と言った。


「なんで?」

「いくら強く念じても、人間は空を飛べない。信じれば実現するってわけじゃない」

 もっともな意見である。

「そりゃあ、まあ」

 悪魔は肩をすくめ、視線をコーヒーに落した。


 先に述べたとおり、悪魔は演説が好きだ。

 だが、ここにいる悪魔は、他の諸先輩に比べてあまり頭の良いほうではなかったし、おまけに諦めるのもすこぶる早かった。

 ぬるくなったコーヒーを一口すすると、彼の興味もまた一気にぬるくなってしまった。


 一方の天使は、この悪魔の性格を、おそらく他の悪魔以上に良く知っていた。

 同じ状況下に置かれるライバルが友情に近い感情を抱くようになっても、それほど不思議なことではない。

 

「だが、2012年に何かは起こるだろうな」

 やがて、天使が助け舟を出した。

「何かって何が?」

 悪魔は少し飽き気味な声で言った。

「例えば地震とか、洪水とか」

「そんなものは、毎年のように世界のどこかで起こってるじゃないか」

「そうだ。だが……」


 ここでもったいぶるように、天使は新しいタバコを咥える。

 天使は焦らすのが好きだ。

 天使の奇跡が不幸の後にやってくるのも、おそらくはそのせいである。


 ジッポの火を手で覆って、顔をしかめながら火をつけると、立ち上った煙の向こうで悪魔が迷惑そうに顔をしかめていた。

 この悪魔はタバコが嫌いなのだ。

 服に匂いが移るとか、そういう理由で。


「だが、何だ?」

 悪魔が急かす。


 天使はゆっくり煙を吐きながら、続きを述べた。

「だが、人間が「これこそマヤの予言に記されていたことではないのか」と思えば、そういうことになる。年並みの地震も、天変地異になるってことだ。人間がそう思い込めば」


「ああ! そうか」

 悪魔は嬉しそうに言った。

「うん。というか、お前が言いたかったのは、そういうことだろう?」

 天使が言う。

「そうそう、そういうことだ」


 それで、二人は納得したらしかった。


「でも、もしも2012年に本当に地球が滅びたら、どうなるんだろうな?」

 悪魔が唇の端を持ち上げながらコーヒーを飲んだ。

「たぶん、一番びっくりするのは我々だろう」

 天使はすました顔で言い、窓の外の青空を見上げた。

「神の意向ではなく、人間が自ら地球を滅ぼすのだからな」


「それってすごいな」

 悪魔は目を丸くした。

「人間は、神レベルの破壊の力を手に入れるわけだ」

「そのかわり、絶滅する」

 にべも無く天使が言う。

「ああ、そうか」

 惜しいな、と悪魔は呟いた。


「ところで、問題のそれは観たのか?」

 天使が言った。


「それってなんだ」

「2012」

「いや、観なかった」

「ふぅん」


 二人はコーヒーを飲み、互いに何かを考えて、ぼんやりとどこかを見つめた。


「それでお前さぁ」

 やがて、悪魔がさりげなく言った。

「この後暇か?」



*****



 それから、彼らは映画館で『アバター』を観た。

 本当は『2012』を観るつもりだったのだが、上映期間は一年も前に終わっていた。

 とはいえ、それは仕方の無いことだ。

 なにしろ天使も悪魔も世紀をまたいで生きてきたのだから。

 彼らにとって一年前は、ついさっきも同然なのだ。


 映画が終わったら、彼らは三ツ星レストランで食事をしながら『アバター』について感想を述べ合うかもしれないし、しないかもしれない。


 とにもかくにも、彼らは気まぐれなのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  いやあ、面白かったです。  こういう物語は大好物なんです。  何よりも、天使と悪魔の書き分けが見事でした。  天使と悪魔それぞれのキャラにそれぞれある特徴が上手く表現されていて、思わず唸っ…
2010/09/24 00:51 退会済み
管理
[一言] これまた初めて感想を書きます\(゜ロ\)(/ロ゜)/ こんばんわ、お邪魔します^^; 気になっていた例のお二人(天使と悪魔)をようやく拝見できました! 読みやすかったです。うん。 この独…
[一言] こんにちは! あやめゆうきと申します。  というか……みてみんさんのほうでお世話になっています……よね(汗)  すみません、今まで気づかず!!  今ふらりとお邪魔して、こちらを読ませていただ…
2010/03/19 12:26 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ