9 救難信号
9 救難信号
装備を整え、私は荒苦寝、朱里さんは朱塗りの槍を持ち、ダンジョン入り口のあるホールへやって来た。
「ここに転移魔法陣が現れて、そこにアンリちゃんもいたって話だよね」
「気が付いたらここにいたんですよね……」
「思い出せるのが一番良いんだろうけど、無理をすることでもなさそうだし、難しいことなんだろうな……」
「仕方がないことなので、気楽にやって行くつもりです」
成り行きとは言え、記憶を失ったと偽っていることは、本当に申し訳なく思っている。
だが、今のところは上手く行っているようなので、このままこの世界へ馴染めるように祈るばかりだ。
ダンジョンの入り口に行くと、この世界へ転移した初日に声を掛けられた長谷川さんがいた。
「長谷川さん、おはようございます。今からアンリちゃんのダンジョン研修なんですよ」
「おはようございます。あの時はお手間をおかけしました」
「おう、おはよう。今井さんから聞いている。だが、その前にアンリの嬢ちゃんの戦闘技能の確認をしてほしいって言われてもいてな。すぐに準備はできるか?」
「戦闘技能の確認ですか……。ダンジョンに入るつもりでここに来ましたので準備は問題ないです」
「よし、獲物は自前の武器でも良いし、模擬武器なら木刀がある。どうする?」
「ここは無難に木刀でお願いします」
そうして長谷川さんから木刀を受け取り、ダンジョン入り口の脇で、突然の模擬試合をすることになった。
「アンリちゃん、長谷川さんは元有名探索者なんだ。だから無理に勝とうとしなくても良いから、怪我だけには気をつけてね」
「そうなんですか……。元とは言え有名探索者の方に相手をしてもらえるなんて光栄です」
「う、うん……。本当に長谷川さんは強いんだから……」
なるほど、この地球世界の探索者の強さをここで体験できるなんて、本当にありがたい。
長谷川さんの服装は、一見警備員のような服装だが、少し魔力を感じるのでダンジョン由来の素材で作られた衣服だと思われる。
さらに、急所などには、内側から補強されているようにも見えるので、それなりの防具とみてよさそうだ。
となると狙う箇所は、あえて急所……、首か胸にした方が安全に終えられるだろう。
「よし、嬢ちゃん。始めようか!」
「はい、お願いします!」
距離を取り、向かい合って木刀を構える。
長谷川さんは太刀のように両手で正眼の構えで持ち、私はレイピアのように片手で前に突き出す。
なるほど、その姿は堂に入っており、確かな強者の雰囲気がある。
「行くぞ!」
強く地を踏み込んだ長谷川さんは、猛烈な勢いを持って斬り込んでくるが非常に残念だ……。
軽く足払いをすると長谷川さんはそのまま前のめりとなり、私はその首元へ、そっと木刀を押し当てた。
「あの……、長谷川さん、対人戦闘の経験って……」
「ああ、ほとんどないな。俺が潜っていたダンジョンにも人型の魔物はいなかったからな」
「そうですか……。それはそれとして、ありがとうございました」
「おうよ。こちらこそありがとうな。今のは一応猛烈な突進をしてくる魔物を模した攻めのつもりだったんだ。ってことで戦闘技能は問題ないな。十分に冷静な対応だった」
「なるほど……。そういうことだったんですね。勉強になります」
確かに私は対人戦闘には慣れているが、対魔物戦闘となると不慣れだ。
対人戦闘だと思えば無謀に見えても、対魔物戦闘と思えば理に適うわけか……。
これから長谷川さんを対魔物戦闘のエキスパートとして頼らせてもらおう。
「アンリちゃん……、すごい。長谷川さんの突進ってかなり早かったのに、冷静に対応できちゃうんだ……」
「速度があっても単調な攻めを長谷川さんがしてくれたので、何とかなったんだと思います。多分私の判断力を確認してくれたのかなと」
「確かにそういうところはあったな。ダンジョン内では単純な強さも大事だが判断力も大切だ。それじゃ、行ってこい」
「はい!」
「行ってきます!」
長谷川さんとの模擬試合を終え、ダンジョンの中に入る。
入り口から階段へ足を進めると、少しひんやりとする鍾乳洞のような雰囲気を感じた。
階段を降り切ったところには、ちょっとした広場があるようだ。
「さて……、ここでフロートカメラなんだけど、もう起動をしているはずだから、浮かべてみて」
朱里さんのフロートカメラは、宙にふわふわと浮いており、私もフロートカメラを手放すとふわふわと浮き出した。
「スマートデバイスと連動していて、うちらの斜め上後ろを追尾するように設定されているの。もし魔物に襲われても大丈夫な素材で作られているから特にフロートカメラのことは気にしなくても大丈夫だからね」
それからフロートカメラの構造を少し聞いてみると、スマートデバイスの転移機能などと同じように、このフロートカメラにも飛行の疑似スキルの機能があるそうで、さらにそれを機械的に制御しているとのことだった。
周囲にいる探索者たちもいろいろな形のフロートカメラを追尾させているようで、世界中のダンジョンで普及している品らしい。
「探索者たちがフロートカメラを使うようになったのってトラブル回避が目的だったんだよね。横取り、恐喝、暴行、そういう事件がフロートカメラが普及して激減したんだ。それで今は配信活動にも使っている人がかなり多いね」
「配信活動ですか?」
「探索している様子を動画にしたりライブで見せたりすることかな。探索者ってね、最低限、戦えればそこそこの暮らしはできるくらいは稼げるんだ。でも、その最低限戦うことが案外難しいようで、誰でもなれるわけじゃないんだよね。そういう探索者になりたくてもなれない人や単純に娯楽として見る人、他にもいろいろな理由で人気があるみたい。それに探索者がアイドル扱いされたり、逆にアイドルが探索者になったりして、人によっては探索者って、あこがれの職業なんだよね」
「なるほど……。私は戦うことをあまり苦にしない性格な気がするんですが、戦うことが好きかと問われればそうでもないような気もするので、余程に困らない限りは探索者や探索配信はしないでしょうね」
「うん、それが良いと思う。探索者の引退理由で一番多いのは怪我による引退だし、配信活動も怖い話がいっぱいあるからね」
探索者の引退理由の5割近くが怪我や事故による引退だそうで、さらにその中でも四肢欠損などによる引退の割合は、かなり高いらしく引き際を見極めることの難しい職業だそうだ。
そして探索配信の怖い話は、スプラッタやホラーのような話ばかりらしい。
スマートデバイスが救難信号を出すと、配信機能が停止し、録画機能だけになるフロートカメラが多いらしいが、それでも大量の魔物に追われて揉みクチャにされたところで配信が切れるとか、一撃で胴体を串刺しにされたところで配信が切れるとか、本当に悲惨な話があるそうだ。
それでも探索配信は、世界的に根強い人気のあるジャンルとなっているらしい。
人の不幸は蜜の味と言うべきか、そういう楽しみもあるのかもしれない……。
絶対にやりたいとは思えないと感じてしまった。
「それでここにある白い5つの魔法陣とあちらの赤い5つの魔法陣が転移魔法陣。白い魔法陣が行きで、赤い魔法陣が帰りだから覚えておいてね。ちなみにこの魔法陣は、ダンジョン内で採掘した石材で作られているから、ダンジョンに吸収されないんだ」
なるほど、確かに転移魔法陣のようだ。
ダンジョン内の石材なら、確かにダンジョンへ吸収されないわけか。
ん、私ならダンジョンコアの広間に転移できるのだから、この石材を使ってあそこを自室にすることもできるわけだ……。
今すぐにあそこで何かをするつもりはないが、悪くはない考えなので覚えておこう。
そうしてダンジョン1階の広場を一通り見回ってから、通路へ向かう。
「あの広場って魔物は出ないんだ。それでここまで来ると……、こいつだね。これが1階の魔物!」
そう言うと朱里さんは、手に持った朱塗りの槍で足元にいた赤黒い潰れたラグビーボールのような物体を突いた。
「ダンジョンリーチっって名称なんだけど、うちらはデカヒルって呼んでる。ヒルの魔物なんだけど、ほとんど動かないし、まともに攻撃もしてこない魔物だね」
ヒル……、あの血を吸ったりするヒルのことのようだ……。
この大きさになると、不気味だが、逆に魔物らしくもある。
朱里さんは、そのままダンジョンリーチを串刺しにし、しばらくするとビー玉よりもさらに小さな魔石が現れた。
「小さな魔石だけど、これでもお小遣いにはなるんだよね」
私も近くにいたダンジョンリーチを荒苦寝で串刺しにして小さな魔石を手に入れた。
「こんな感じで1日を掛けて10階まで行くんだよ」
それからダンジョン内のルートの話を聞く。
浅層とされる10階までは最短距離を通り、1階層約30分程度で抜けられるそうだ。
それから、ところどころでデカヒルを串刺しにしている探索者たちを横目で見ながら、のんびりと2階を通り、3階までやってきた。
2階はダンジョンリーチの数が増え、3階はダンジョンリーチの大きさが3倍ほどになったダンジョンハイリーチが現れるようになった。
このダンジョンハイリーチもほぼ無害だそうで、軽く串刺しにして魔石に変えた。
ちなみに通称はドデカヒルとのことだ。
さらにダンジョンの中を歩き続けていると、朱里さんに通信が入ったようで雰囲気が変わった。
「ん、はい。吉田です。今3階です……、38階ですか……。アンリちゃんと一緒ですが……、えっ、はい。確かに長谷川さんの攻めを裁いていましたけど……」
「朱里さん、何かあったんですか?」
「38階で、救難信号が出たんだって。チームを組んで向かうんだけど、うちらはパトロール中だし、アンリちゃんは研修中だし、行くかどうか迷うところ……」
「行きましょう!」
「特殊個体がいるらしいよ。それに人命は難しい。それでも大丈夫?」
「遺品だけでも持ち帰れるなら持ち帰った方が良いってことですよね。なおさら行きたいです!」
「わかった。40階の転移魔法陣前に集合だから、急いで行くよ」
そうして突然の救難信号に私と樹里さんは急ぐのだった。




