16 喜咲アンリエッタ
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16 喜咲アンリエッタ
多摩迷宮支部に勤め始めて3日目、この世界に来てからなかなか濃い日々を送っていると思う。
その内に落ち着くとは思うが、もうしばらくは今のような状況が続くのかもしれない。
部屋を見渡すと、昨日にラビリンスモールで購入した大量の品々の山が目に入る。
今日の午後は、この荷物たちの片付けをしようと、心に決めて朝の身支度を始めた。
それから朱里さんと支部に出勤し、始業前に今井さんへ昨日のことを相談するため、声を掛ける。
「おはようございます、午後に今井さんの時間がありましたら、相談をしたいことがあるのですが……」
「アンリさん、おはようございます。私からもお話がありますので、お昼休みの後に時間を作りますね」
「ありがとうございます。それでは午後によろしくお願いします」
「はい。それと今日の教育係は長谷川さんにお願いしてありますので、迷宮入口へ向かってください」
「わかりました。行ってきます」
始業時間となり、迷宮入口で長谷川さんと会う。
「おはようございます」
「おはよう。今日は支部内の警備って名目で、施設の案内をするぞ」
「わかりました。よろしくお願いします」
そうして手始めに、迷宮のあるホールの説明から始まった。
ここは迷宮ホールと通称で呼ばれているそうで、円状のホールの中心に迷宮入口がある。
迷宮入口は、巨大な岩に入り口となる大きな穴が開いており、威圧感のある不気味な姿と言えるかもしれない。
そうして迷宮入口を時計の中心としたなら北側の12時にホール出入り口があり、その脇となる1時から2時に探索者が迷宮内から持ち帰ったドロップアイテムを買い取るカウンターと10時から11時に各種手続きなどを行うカウンターがある。
さらに5時から7時にテーブルや椅子が並べられたエリアがあり、探索者たちが打ち合わせや懇談をするスペースとして活用されているようだった。
そしてスタンピードに備え、このホールの全周には遠隔で操作ができる大量の実弾が入った銃火器が備え付けられているそうで初動をこれで対応するそうだ。
良いアイディアと思うと同時に、平時から常に銃火器でこのホール内は狙われている状況だとも言えるので、少し恐怖を感じてしまった。
また、3時と9時に大きな扉があり、スタンピードの初動対応後に開かれ、軍や警察がその先で対応することになっている。
この時に北側の探索者出入口は閉鎖することになっているらしく、迷宮から出た魔物たちは西か東へ移動することになるわけだ。
そうして北側にある探索者出入口に向かうと、広い通路があり、その先に電車の駅にある改札口のようなゲートがある。
「このゲートから探索者は入って迷宮ホールに行くわけだな。んじゃ職員がいるスタッフエリアに行くぞ」
「はい。いつも私たちが使っている通用口ですよね」
職員が迷宮ホールへ出入りする通用口は、ホールとゲートの間の通路にあり、その中へ入る。
1階には、職員と来客が使う玄関ホールと受付、今井さんがいる保安警備課、買取や各種手続きを行う渉外課と倉庫などがあり、それ以外の部署は、2階から上にあるそうだ。
それから大量のドロップアイテムが納められた倉庫を通り、支部の外に出る。
支部のある建物は地上8階、地下2階のビルで、敷地は大きく取られており、スタンピード発生時は現代兵器たちが並ぶのだろう。
とは言え、平常時である今は、物々しい雰囲気はなく草木が生える公園のように整えられていた。
「今は穏やかな雰囲気だが、スタンピード発生時は激戦地になる場所だ。実際に地上で戦うのは軍になるが、俺たちにとっても守るべき場所だな」
「ここが私たちが守る日常と激戦となる非日常の境目になるわけですね……」
「そういうことだな。まあ普段から気を張っていても疲れるだけだから、適当にゆるくやって行けば良い」
その後は、再び支部内へ戻、避難経路の確認などをしてオフィスへ戻ったのだった。
それからお昼の休憩を挟んで、今井さんと何度か案内された応接室に入る。
「まずはアンリさんの相談からお聞きしましょう」
「実はですね……」
昨日、ラビリンスモールで佐伯詩織さんと出会ったこと、救援活動の一部始終が動画共有サイトに投稿されていること、私が白いコスプレさんと呼ばれていること、最後に竜化スキルの扱いのことと一気に話した。
「なるほど……、まず詩織さんについてです……」
今井さんが大学生だった頃、探索者として活動していた時期があり、その時に当時高校生だった佐伯さんとチームを組んでいたと言う。
その後、今井さんは就職の準備のため、佐伯さんは大学入試の準備のためにチームは解散したが、今でも佐伯さんとは交流があるそうだ。
また佐伯さんがマスターを務めるクラン金魚鉢は女性のみで構成されているクランで、男性を苦手とする女性や男女混合のチーム内で起きやすい問題を避けたい女性などが加入しているクランらしい。
さらに支援者や支援企業も多く、多摩迷宮だけではなく関東管区全域で活動している有力クランだそうだ。
「詩織さんは、優秀で人望もあり気の良い方ですので、これから多くの方々と交流を持つかもしれないアンリさんにとって彼女と親交を持つことは、良いことだと思いますよ」
「なるほど……。機会がありましたら佐伯さんと親交を深めてみようと思います」
「つぎに救助活動の動画ですか……。結論として、今回の動画は削除依頼を出すことにしましょう……」
迷宮省の職員は公務員であり、その勤務は公務となる。
公務員に肖像権やプライバシーなどが適用されないわけではないが、公務として活動する以上、ある程度の撮影などは、容認するべきとの考えがあると言う。
今回のように善良な活動の様子を撮影した動画などは、広報的にも削除はしない方針になることが多いそうだ。
だが、嘱託職員とは言え、私は迷宮省にとって現段階になっても保護対象であり、未成年でもある。
そして動画の作りは、私の活動を賞賛するような動画になっているものの、人道的、倫理的に問題があると言わざるをえない。
そういう理由から、今回の動画は削除が妥当と判断されるとのことだ。
「代わりに、アンリさんと吉田さんのフロートカメラの映像を編集して、迷宮省の方でネットに上げることを検討するかもしれませんが、その時はまたこちらから相談をしますね」
「わかりました。それが皆の役に立つのでしたら、理解します」
「そして白いコスプレさんですか……。安易な発想かもしれませんが、こんな対応はどうでしょう……」
今井さんが言うには、竜化スキルは珍しすぎるので、コスプレ扱いされることをある程度は仕方がないと割り切るしかない。
だが、翼は作り物ではなく、しっかり動くのだから、迷宮パトロールの担当階数を増やし、迷宮内では常に竜化状態でいるのはどうだろうかと提案された。
しばらくは、白いコスプレさんと言う異名が広がるかもしれないが、最終的に落ち着くべきところへ落ち着くだろう。
「私にとって飛び続けることは何の負担もないことですので、動く翼を見せつけることは名案だと思いました。それでしばらくお願いします」
「わかりました。そのように調整をしましょう……。最後に竜化スキルの公表ですか……。これはもうしばらく時間をください。公表するには、アンリさんの戸籍を作って身元をはっきりさせる必要があるんです」
「なるほど。先に戸籍のことですよね……」
「そうなんです。それで私の方からのお話なんですが、そろそろ名前を決めた頃かなと思いまして……」
「名前はずっと考えていました。それで姓は『喜咲』、名は『アンリエッタ』でお願いしたいです」
応接室に置いてあったメモ帳とペンをとり、『喜咲アンリエッタ』と名前を書く。
「良い名前だとは思いますが、記憶の一部が戻った……、わけではないんですよね?」
「春の季節に私が迷宮入口に現れたようですので、花々が咲き喜ぶという意味で『喜咲』としました。名は、私の顔立ちは東洋と西洋の特徴が混ざっているようですので、東洋では『あんり』、西洋では『アンリエッタ』と呼ばれたら良いかなと、この名前を選びました」
実際は、慣れ親しんだ私の二つ名の『奇策』と語感が同じになる苗字をえらんだだけだが、なかなか良い苗字だと思っている。
と言っても、そもそも異世界の言語とこの地球世界の言語は違うので、私の意訳の言葉ではある。
また『アンリエッタ』は、地球世界へ渡ったとはいえ異世界にいる両親が付けてくれた名なので、大切にしたいと思い、この名を使うことにした。
「なるほど……、意味もしっかりとあるようですので、この名前で諸々の手続きを進めましょう」
「はい。よろしくお願いします」
それから少しの間、今井さんと雑談をし今日の勤務を終えたのだった。




