11 挿話 今井美和1
11 挿話 今井美和1
side今井美和
皆が去った支部内の会議室の中、1人ぼんやりと物思いにふける。
今さっきまで支部長の黒田さんを交え、関係者からの事情聴取と藤波さんへの口頭注意を行っていた。
今回の救助活動では、藤波さんの判断に問題があったとしか言いようがない。
長谷川さんを隊長とする救助隊を編成し、現地へ急行させると言う判断に問題はなかった。
だが、今回の救助隊では、既定のスキルと練度の所持者が十分に派遣できる状況でありながら、パトロール及びアンリさんの研修中だった吉田さんを派遣する必要があったのかが問題となる。
続いて、研修中だったアンリさんを吉田さんに同行させるように指示をだしたことも問題だ。
さらにアンリさんの転移魔法陣の使用許可は出していなかったのに吉田さんへアンリさんも連れて転移するように指示をしていることも問題となる。
以上の3点が今回の件での問題点とされた。
結論として、これらの指示は明らかに誤った指示だったとしか言いようがない。
そして、この後のアンリさんの問題行動については、藤波さんの誤った判断の末のことであり、藤波さんの判断が正しければ起きなかった問題と言える。
また記憶に問題のあるアンリさんが問題行動を行う可能性は十分に予想できたことであり、アンリさんの治療の過程及び社会復帰の過程で問題点を明確化し指導する予定となっていた。
そのため、アンリさんの問題行動は不問とする。
迷宮省には、迷宮に関わる問題において、あらゆる困難に見舞われている者を支部が保護できると言う規定がある。
これはスタンピード発生時の救難者のために設けられた規定ではあるが、通常時だからと言って無効とはならない。
今回のアンリさんの問題行動は、嘱託職員とは言え保護対象が他の保護対象を救助へ向かっただけのことであり、どこにも問題はないと言えてしまう。
かなりアンリさんに甘い判断だが、支部長である黒田さんからも意義はないので、アンリさんは、やはり不問となる。
とは言え、会議前に黒田さんと私と長谷川さんは、吉田さんから実際の現場で起きていた状況を聞き取り、アンリさんのフロートカメラの映像も確認している。
そして、この聞き取りの結果とフロートカメラに残るアンリさんの行動を国内トップクラスの探索者の経歴を持つ長谷川さんに評価してもらった結果、アンリさんは迷宮省で確保する人材であると本省へ報告することが決まった。
アンリさんは、詳細不明ながら『竜化』と言う未発見の新スキル所持者であり、最高水準の部位欠損まで癒す治癒系光魔法の所持者でもある。
さらに地上で亜空間倉庫や無数の補助魔法まで使える『生きる魔石』なのだ。
まだ何が飛び出すのかわからないアンリさんのことを在野の者たちが知ったなら、大変なことになることは間違いのないことだろう。
その前に彼女を、長谷川さんと同様に特別採用枠として入省させる必要がある。
迷宮省が設ける特別採用枠は、実力のある探索者を、その能力や経験を重視して入省させる制度だ。
この制度で採用された職員たちは、世界各国で起こるスタンピードへ派遣され、世界的に高い評価を受け、それは我が国への評価へとも繋がっている。
結果、アンリさんがこの話を受けたなら超法規的な判断で、戸籍はすぐに就籍されることだろう。
だが受けなかった場合も想定して、慎重な調整と友好的な関係性の構築も必要となる。
それにしても……、アンリさんは何者なのだろう……。
身元不明で、過去にどんな人生を歩んできた人物なのか全くわからない。
顔立ちは、西洋と東洋のハーフのような顔立ちだが、今時珍しいとは言えないし、母国語は日本語のようにしか感じないので、やはり日本のどこかで暮らしていた可能性が高い。
それに検査入院中、問題行動を起こすことは無かったと聞いているし、実際に付き合ってみて穏やかな性格だと感じている。
だが17歳にしては精神が成熟しているように感じるし、未知のスキルの所持者でもあるのだ。
わからないことだらけだが、悪意を示すようなこともないので、もうしばらくは観察が必用だろう。
アンリさん……、彼女を見ていると、つい美緒と重ねてしまう。
改めてみれば、明らかに美緒よりも美形をしているし、似ているところと言えば、同じほどの年齢で白い髪と言うことだけなのにだ。
それはあの日、白い髪の女の子が迷宮前に現れた時、美緒が帰って来たのかとあり得ない錯覚をしたほどだった。
私が大学2年生、美緒が高校2年生の時の春、美緒は迷宮から帰ってこなかった。
そう、帰ってこなかったのだ……。
春生まれの美緒は、高校に入ってすぐ16歳になると、ダンジョンライセンスを取得し、迷宮へ入るようになった。
そして彼女は運が良かったのか、後になってみれば運が悪かったのか、すぐに光魔法と剣術のスキルカードを手に入れる。
そうして彼女の黒い髪は、光り輝く白い髪へと変化した。
当時の私は、あまり迷宮へ関心がなかったが、彼女の迷宮探索は輝くような日々だったのだろう。
そうして夏が過ぎ、秋の終わりにある私の誕生日に美緒がプレゼントを用意してくれた。
「お姉ちゃん、誕生日おめでとう。ダンジョンの中で手に入れたとっておきをプレゼントしちゃう!」
少し大雑把な性格の美緒らしく、無造作に白い板……、3枚のスキルカードを渡される。
「えっ……、これってスキルカードでしょ。そんな高価な物……本当に良いの?」
「お姉ちゃんと一緒に探索したくて、使わないでとっておいたの。風魔法のスキルカード2枚と弓術のスキルカードね。風魔法のウインドアローと弓術を組み合わせるとすごい威力が出るんだよ。それに風の補助魔法は素早く動けるようになるし、きっと楽しいよ!」
「そっか……、ありがとう。この機会にライセンスを取ってみるね」
「うん、お姉ちゃんがライセンスを取ったら一緒に行こう!」
それからすぐに冬が到来し、私は自分のことで忙しくしていると、気が付いたら春になってしまっていた。
そうして、やっと暖かくなり始めた3月末に私はダンジョンライセンスを取得する。
だがそれから半月後、私たち家族の元には、美緒のフロートカメラと壊れたスマートデバイスに折れた剣が届けられたのだった。
それからの私は美緒がプレゼントをしてくれたスキルカードを使い、緑色の髪となって、美緒が消息を絶った習志野迷宮へ通い続けた。
2人でいつか入ろうと話した迷宮……、何も残されてはいないことはわかっていた。
それでも私の大切な美緒を奪った迷宮が許せなくて、見つかるはずのない美緒の痕跡を探し求めた。
やがて、美緒が命を失ったと思われる26階に到着しても、当然のように美緒の痕跡は何も見つからなかった。
そこはただただ魔物が蔓延る風景が広がる迷宮と言うことを否応なしに私へ突き付けるだけだったのだ。
その後の私は、美緒のような悲惨な最期を迎える探索者を減らすために猛勉強をし、キャリア組として迷宮省へ入省したのだった。
パスケースの中に入れてある家族写真を取り出す。
「あのね、美緒……。アンリさんはどうしても救いたくなっちゃったんだって、それじゃ仕方がないよね……」
8年前の春の季節、桜の木の下で両親と美緒と一緒に撮った最後の家族写真。
「お姉ちゃんは、美緒みたいな人をださないために迷宮省に入ったのに、少し初心を忘れ気味だったのかも。ごめんなさい……」
はにかむ様な笑みをした黒髪の私と両親、満面の笑みをした白髪の美緒……。
「アンリちゃんって、きっとすごく良い子なんだと思うんだ。もう少し仲良くなったら美緒のことも紹介するね……」
17歳の時から時が止まったままの美緒は、今日もいつもと同じ笑顔をしているのだった。




