悪役令嬢失敗しました!
とある作品の悪役令嬢に転生した。
よっしゃ! 頑張るぞい!!
……そう、思っていた時期が私にもありました。
張り切り過ぎたんです。
いえ、別にヒロインちゃんを先手必勝とばかりに仕留めたとか、そういう事はしていないんです。
婚約者の王子。
やらかしちゃったのはそっちです。
いえあの、どうせ後々ヒロインちゃんと出会ったら勝手に恋に落ちてくっつくんだろうなー、ってちょっと他人事のように思ってた部分もあったし、どうせなら恋のスパイス程度には悪役やって最終的に追放されるならまぁ、他の国とか堂々と見て回れるよなーって、こう、悪役令嬢の役目が終わった後はミステリアスな各国を旅するお姉さま、みたいなポジションになろうと思っていて。
でもほら、ヒロインちゃんは身分的に下。平民として暮らし、実は父親が男爵だった、っていうのが発覚して後々に男爵家に引き取られ、そうして学校に通ってその先で王子と出会う流れだったのだけれど。
あ、ちなみに学校は平民向けの学校と貴族が通う学校とで分かれてるんだけど、ヒロインちゃんは男爵令嬢という事で貴族の学校に通う流れになります。一応それなりに優秀っぽくはあるから、初手から学習で躓くって事はないかもだけど、それでも生まれた時から貴族やってたわけじゃないから多少慣れない部分もあるわけで。
そんな中王子と出会って恋に落ち……みたいな感じなのよ原作では。
でもさ、考えてもみて。
王子の結婚相手、つまり婚約者は悪役令嬢。高位身分の貴族令嬢なわけ。まぁ私なんだけど。
それを捨ててヒロインちゃんを選ぶ。
ここまではまだいい。
でも、国の今後を考えたらどうかしら。
私は生まれて割とすぐに王子との婚約が決まったから、物心ついた頃にはそのために相応しくあるような教育をされてきたけれど。
対するヒロインちゃんはどう?
貴族に馴染むためのあれこれでもまだ苦戦しているような状態なわけで。
そこでいくら王子と恋に落ちたからとて、彼女が将来的に王妃になるためには、果たしてどれだけ学ばなけらばならないのか。
考えてもみてほしい。
一応ヒロインちゃんは平民の中では頭一つ分飛びぬけて賢い感じでいたようだけど、でも貴族側に入ってみれば中の下どころか下の中か下の上。下の下、とまではいかないと思うけれど、あくまでもヒロインちゃんの優秀さは平民の中にいれば、という感じで貴族たちの中で群を抜いて優秀か、と言われるとそうでもない。
そんなヒロインちゃんと結婚して将来彼女をお妃様に、って考えたら。
王妃として相応しい教育をするための教師の手配。
彼女の身の回りの世話をするための人材の用意。
えぇ、だって、私が王妃となるのなら、身の回りの世話をする侍女たちの身分は最低でも下位貴族であったりするわけだけど、でもそんな侍女目線で見れば私に仕えるのは身分的にも問題ないわけじゃない?
だってうち、侯爵家だもの。
でも平民の中で生活していて後になってから男爵家の令嬢でした、って発覚しただけの、侍女たちから見てもまだまだ礼儀作法もマトモにできてないようなお嬢さんが今日から貴方たちの仕える主ですよ、って言われて。
納得できる?
前世の記憶がある私ですらちょっとそれは難しいんじゃないかなぁ、って思ってるのに、前世の記憶があるかどうかもわからない、最初からこの世界の常識に則って生きてきた人たちがすんなりそれを受け入れるかしら?
うーん、前世的に例えるなら……そうね、例えばバイト先での出来事と仮定しましょう。
それなりに長く働いて職場の皆からも頼りになるって言われてたところに、ポッと出の新入りみたいなのがやってきて、特に経験者ってわけでも資格持ちってわけでもないし立場も社員じゃなくて自分と同じバイトなのに、チーフと同じくらいに給料もらってます、ってなったら。
入ったばかりで慣れてないから仕事も特別できるわけじゃないのに、社員並みに給料もらってる、って知ったら。
果たしてそれって納得できる?
それだけ貰うのに見合うスキルがあるならいいけど、自分より仕事できないくせに自分の倍以上給料もらってるって知ったら、普通はいい感情持てないんじゃないかしら。
だってバカみたいじゃない。仕事できない奴の方が金もらって、一生懸命働いてる自分が全然もらえないってなったら、馬鹿馬鹿しくて働く意欲だって失せると思うの。コネにしろ縁故採用にしろもっとうまく隠せよってなっちゃうと思う。
王子が真実の愛で男爵令嬢を選んだとして、侍女たちの心情ってそれに近いものが浮かぶと思うのよね。
そうなると、気に食わない相手に表向きにこやかに対応してたとしてもよ?
まぁ裏ですっごい悪口大会とか繰り広げられてもおかしくないわけで。
裏で悪口だけで済めばいいけど、針小棒大に実際あった出来事を周囲があえて悪く受け取るような噂にして流したりだとか。そうして高位貴族の令嬢と比べると教養も何もない相手を失脚させようとしたりだとか。
そうでなくとも王妃になるための教育を新たにするとなれば、教師になる人材を用意しないといけない。
そのためのお金はどこから? 税金から!
……国民からすれば無駄金使ってんじゃねぇぞって思う案件よね。
だって、最初から王妃になるために教育されてきた女がいるならそっちと結婚すればその税金使う必要なかったわけだもの。
これ、王子が恋に落ちて男爵令嬢ちゃんを愛妾にしたい、って言うならまだ問題ないのよ。
その場合王妃教育しなくていいから。
離宮あたりに囲ってロクにお外に出さないで愛でる感じになるとはいえ、王妃としての教育に費やすお金と時間を考えたらその程度なら微々たる出費。
ヒロインちゃんが愛の力で乗り越えて王妃になってみせるわ! って教育を最後までやり遂げてくれるのがわかってるならともかく、もし途中でやっぱり私には無理よ! ってなったら、そこまでの教育に費やしたお金と時間はやっぱり無駄になるわけで。
そうなったら、王家に対する国民感情ってどこまでも悪化の一途をたどるわけで。
最悪これだけで反乱がおきてもおかしくない案件なのよね。
だって、教養も足りてない相手を次の王妃として国の顔に据えようって考える頭の足りない王族が治める国なんて、他国から見たらどうなってると思う?
カモがネギ背負ってやってきた、どころの話じゃないわよ。
カモがネギとその他具材と各種調味料と鍋を持参してきた挙句、料理上手なおばちゃんまで連れてきたくらいの話よ。
だってそんなお馬鹿な王族が治める国なんて他国が攻め入る際、それこそいくらでも大義名分が出来ちゃうもの。別に攻め入る事がなかったとしても、お馬鹿な王子が国王になってからいくらでも搾取できそうだもの。
マトモな貴族ならそうなる前に下準備して王家の人間処分して新たな王朝作るところまで道筋描いてると思うの。
そういうのがいなかったら他国にいいようにされちゃうコースね。
ともあれ、悪役令嬢な私は王子と幼い頃から交流を重ねていたのだけれど。
ちょっと先んじてやりすぎたのよ。
まぁこの世界、前世での創作物とほぼ同じ世界観っぽくて。
つまり、前世にあった物との共通点もいくつかある。
その中の一つがシンデレラ。
身分の低い娘が王子やそれに近しい高位貴族の男性に見初められて、みたいな玉の輿ストーリーをこの世界でもシンデレラストーリーとか言われたりするのだけれど。
でもシンデレラって別に平民じゃないのよね。
継母に意地悪されてたけど、あれ普通に貴族令嬢だから。
継母に嫌がらせされる以前まではきちんとした教育受けてたはずだから。
生憎シンデレラの身分がどうだったのか、までは知らないけれど。
でもあのお話は王子の結婚相手を選ぶのに国中の娘たちに招待状を送った、ってなってるけれど。
でもあれ、あくまでも舞踏会に参加できる家の娘、が対象のはずなのよ。
だってただの平民の娘はドレスなんて用意できないもの。
それに王子の結婚相手に何の教養もない平民を選考対象にするだろうか?
王子の両親からすれば、そんなのやるはずがない。
童話の中ではその部分が恐らく意図的に省かれていたと思われる。
王子の結婚相手なんだから常識的に考えて平民の娘から選ぶわけないだろ、って考えたら、まぁねぇ?
国中の娘ってあっても普通は王子の結婚相手として見合うだけの相手だけってなるわよね。
そんなシンデレラのお話を、王子と一緒にした事もあったの。
王子と交流していく時に、もし仮に、王子がもっと大きくなって学校に通うようになってから、身分の低い令嬢で気になる人ができたとして。
その人をお妃様にしたい、って思ったとして。
その場合、教養が足りない相手を国の顔にしちゃうと他の国からこの国は格好の餌食にできる、って思われちゃうし、そうなると色々と大変な目に遭いかねない、なんていう夢も希望もない話から、もしそんなのを応援するなんていう相手がいたらまず王子とその人を利用する考えの可能性とか。
それに侍女たちが自分と同じかそれ以下の身分の娘を王妃として仕えてくれるかも疑わしいっていう女の嫌な面というか、ドロドロした話。
王子が好きになった相手がもしとっても優秀だったとしても、知識はさておき所作だとかは一朝一夕で身についたりはしないという事。
だからもしそういった相手を王妃にするにしても、王妃として外交だとか人前に出すまでには相当な時間がかかるかもしれない事。
シンデレラはまぁ、童話だから、って言われてしまえばそれまでなんだけど、でも。
シンデレラは結局王子の嫁になっても問題がない、と判断される程度には知性と教養があったのではなかろうか。
マトモな相手ならいくら見た目が美しかろうと王妃として人前に出すのにそれ以外が何も伴っていない相手との結婚などそう簡単に許すはずがない。
まぁあれはお話だからね、って言われてしまえば本当にその通りなんだけど。
でも現実と仮定して考えたら、マトモな相手なら王子の嫁にするのに相応しい相手じゃなかったら普通は反対すると思うわけで。
そんな感じで夢も希望もないお話を王子としていったの。
もし将来、ヒロインと出会って恋に落ちて、彼女を妻にしたいと思う事があったのなら、この時の話を思い出して彼女の教育だとか、マジで急いで進めないと国が大変な事になるぞって意味も込めて。
下手したら王子とヒロインの結婚を許した国王夫妻までもがボンクラ認定されてこんな王族など国には不要! とか他の貴族たちが反乱起こすかもしれないもの。結果として無関係な民にまで被害が出るかもしれないと考えたら、いくら悪役令嬢になるであろう私だってそんなの関係ありませんわ! なんて知らんぷりするわけにもいかない。
あと、物語が終わった後の現実が酷くシビアすぎて物語はハッピーエンドでもそのお話の後はひたすら地獄、みたいな事になる創作物とかもあったから。
そういうの、なるべく回避できたらなって。
私なりに思いまして。
もしヒロインと結ばれる未来を選ぶのなら、事前にやる事はいっぱいだし、他の貴族たちを味方につけなきゃいけなくなるし、根回しとかめっちゃ大事よ、みたいなね?
そういうね?
色々をね?
王子と会ってお話するたびにしていったわけですよ。
結果として。
王子は、ヒロインと出会う前にはもうなんかすっごく冷めた感じの現実主義者になってしまった。
なんでも私と話した内容を王妃様にもお話ししたら、なんと数代前の国王が似たようなやらかしをしていたらしい。そんなの原作になかったから私は知らなかったけど、王妃様はあの子はよく学んでいますね、といたく感心していたらしい。
えっ、私の知らないところで勝手に私の株が上がっている……!?
で、当時の諸々を王妃様は王子に語ったそうだ。
それはもう大変だったらしい。
教育係の登用。
一向に進まない教育。
結婚式を挙げるにしても、マトモな所作ですらない相手を王子の結婚相手として人前に出すわけにもいかず、人前に出しても問題なし、とされるまでに費やされた時間。
結局のところ令嬢は自分には無理ですぅ、と音をあげた事で王子が即位する本来の予定は大きくずれて、どころか令嬢がそんな事になってしまったのでこんな王子を次の王に即位などさせてられるか、と貴族たちからの批判の声。
どうしてもその令嬢と結婚したいのなら、王子が臣籍降下すればよかったではないか! とごもっともな意見。
無駄に費やされた税金の話を市井にばら撒いた者がいたらしく、王家には民からの批判の声もすさまじい事になったらしい。せやろな。
どうにかギリギリのところでこんな王族いない方がマシだ! みたいになって反乱からの王族処刑ルートは回避できたみたいだけど、それでも犠牲は出たし後始末も大変な事になったらしい。
とまぁ、下手をすれば次は本当に王族全員が処刑されてもおかしくはない、みたいな話を母親からされた王子の中で、多分何かのトラウマができたのかもしれない。
恋に恋するお年頃をすっ飛ばしてしまった。
結果として、学校に通う頃には王子は原作と異なり、親に決められたレールの上を進むだけの人生に内心嫌気がさしていたとかそういう事もなく。
婚約相手である私に不満は今のところないけれど、でも親の決めた結婚、という部分に不満があったはずの原作とはガラリと変わって、少なくとも私と結婚する事で国が安定するのであればむしろ望むところだとなってしまったようだ。
まぁ、内乱とか反乱とか、その可能性は確かにないわね。私との結婚。
平和が一番、という若い頃の勢いとかどっかいっちゃった。何事もない日が一番いいんだよ、とかそういうのもっとお年を召してから言うセリフでは……? みたいになっちゃった。
そのせいでヒロインちゃんと出会ってもなんにもなかった。
ああいうタイプが珍しくてつい構い倒していくうちに恋とか芽生えたりしそうですよね、って私が言えば、王子は少し考えて。
「流石にそれはない」
真顔でそう言い切った。
確かに割と最近になって男爵家に引き取られてまだ貴族としての生活に慣れていないヒロインちゃんは、平民のように表情をコロコロ変えてそれが物珍しく映ったようだけど。
そもそも貴族が表情をあまり変えないのは、弱みを見せない、というのもそうだけど下手に考えている事を悟られて政敵や他国の王侯貴族に出し抜かれたりしないためだ。
自衛の一種とでも言おうか。
勿論必要に応じてそれなりに感情を表情に出したりもするけれど、そうじゃない時にはやらない。ただそれだけの話だ。
周囲に敵となりうるかもしれない相手の目がない時、家族との語らいだとか、心許せる友との会話であればどの家の貴族だって普通に感情を表にだしたりする。
ヒロインちゃんは周囲の貴族があまり感情を表に出さない事で、貴族は常に感情を押し殺している、と勘違いしているんじゃないかなぁ、と思われる部分もあったけれど。
別にそんな事はないので。
私も心を殺さないといけないのかしら……とか呟いてた事もあったけど、別にそこまでしなくてもいいって事に早く気づいてほしい。
私からいきなり声をかけるときっとビックリするから流石に突っ込みはできなかった。
王子も確かにそんなヒロインちゃんを物珍しそうに見る事はあったけれど。
けれども、かつてお話しした記憶のせいで。
もし、自分が彼女と恋に落ちて、彼女を王妃にしようとしたならば。
果たしてどれだけの費用がかかり、またどれだけの時間が費やされ、更にはどれだけの貴族が敵に回ってしまうのか、と考えたところで。
「ない。何度だって言うが、それはない」
とても面倒そうに頭を振るのだ。
どう足掻いてもここからヒロインちゃんと王子のラブストーリーが始まりそうもない。
一時、学友として関わる程度ならいいかもしれないけれど、でも卒業後も関わる事になるか、みたいに考えたら流石に無い、と王子が言い切るものだから。
原作のようにヒロインちゃんと王子の運命的な出会いなんてなかったし、その後何度も顔を合わせて仲を深めていくような展開もなかった。そもそもまったく関わってない。
だから、私が王子とヒロインちゃんとの仲に嫉妬してヒロインちゃんを虐めるような事だってなかったし、王子がヒロインちゃんを王妃にして私との婚約を破棄するなんて宣言する事もなかった。
追放されたら世界各地を旅するミステリアスなお姉さんになろうとしていた私は、しかし追放されるどころか学校を卒業した後王子と盛大な結婚式を挙げて王子妃となり、その後王子が国王へ即位した時には王妃になった。
悪役令嬢だから悪役っぽくヒロインちゃんの邪魔をしてストーリーのエッセンスくらいにはなってやろうって思ってたのに。でもヒロインちゃんが王妃になるような状況になったら色々大変だろうから、事前にどういう風に大変な事になるかを王子にあらかじめ教えておこうとしただけなのに。
ヒロインちゃんの邪魔するどころか初っ端からストーリー、バッキバキにへし折っちゃった。
まさか原作崩壊させるまでになるとは思ってなかったの。本当よ!
次回短編予告
タイトル 呪われ勇者を救ったのは王女様でした
間違ってはないけど王女様は幸せになれない話です転生者とかいないからローファンタジーでいいのかしら……? ジャンルがいまいちわからなかったらその他ジャンルに投稿します。
文字数は今回より多め。