第四章:新任司書の発見
着任から一週間が過ぎた。
イリアは徐々に図書館の業務に慣れていった。主な仕事は、利用者の求める資料の検索補助と、書架の整理だ。時には数百年前の古い書物を扱うこともあり、その度に歴史の重みを実感する。
「メリディアンさん、G-789区画の整理をお願いできますか?」
管理官から指示を受け、イリアは深層書架に向かった。この区画は、主に理論物理学関連の古い資料が保管されている場所だ。
書架の間を歩いていると、どこか不思議な雰囲気を感じる。天井近くまで積み上げられた本たちは、まるで自分たちの中に秘められた知識を、静かに主張しているかのようだ。
「えっ?」
突然、足元で何かが光った。床に落ちていた一冊の本から、かすかな青い光が漏れている。
イリアは慎重に本を拾い上げた。装丁は極めてシンプルで、タイトルも著者名も記されていない。ただ、表紙には幾何学的な模様が刻まれており、それが微かに発光していた。
「こんな本があったなんて……」
図書館のデータベースで検索してみたが、該当する資料は見つからない。未登録の本というのは極めて異常な事態だ。エターナル・アーカイブでは、あらゆる資料が厳重に管理されているはずなのに。
イリアは本を開いてみた。すると、ページの中から不思議な光が溢れ出す。文字は一見、見慣れない古代文字のように見えたが、不思議なことに、じっと見ていると少しずつ意味が理解できるような気がしてきた。
『あなたが求める真実は、すでにここにある』
最初のページにはそう書かれていた。
「イリアさん?」
突然の声に、イリアは慌てて本を閉じた。振り向くと、見慣れない女性が立っている。長い黒髪を優雅に流し、深い紫色の瞳を持つ女性だ。
「図書館の利用者の方でしょうか?」
「ええ。タリア・ノクターンよ」
タリアと名乗った女性は、イリアの手元の本に視線を向けた。
「その本……どこで見つけたの?」
「あ、これはちょうど床に落ちていて……」
「そう……」
タリアの表情が微かに変化した。まるで何かを察したような、深い思考に沈んだような表情だ。
「その本は、私が探していたものかもしれないわ。見せてもらえる?」
イリアは一瞬、躊躇した。正式な手続きを経ていない本を、利用者に見せるわけにはいかない。それに、この本には何か特別な意味があるような気がしていた。
「申し訳ありません。未登録の資料なので、一度管理官に確認を取らせていただく必要が……」
「そう、その判断は正しいわ」
タリアは意外にもすんなりと引き下がった。
「慎重であることは優秀な司書の資質だわ。でも、その本のことはいずれ分かることになるわ。それじゃ」
タリアは優雅な足取りで立ち去っていった。その後ろ姿を見送りながら、イリアは不思議な違和感を覚えた。まるで、この出会いが予定されていたかのような……。
その日の夜。
イリアは自室で、謎の本と向き合っていた。規則では、未登録の資料は直ちに管理官に報告しなければならない。しかし、どうしても先に中身を確認したい衝動に駆られた。
再び本を開く。今度は、文字がより鮮明に見えた。
『この宇宙に存在するすべての真理は、この本の中にある。しかし、それを理解できるのは、真に求める者のみ』
ページをめくるたびに、様々な記述が現れる。物理学の未解決問題に対する解答、人類の起源に関する驚くべき事実、そして……。
「これは……!」
イリアは息を呑んだ。そこには、人類がまだ見ぬ宇宙の真実が記されていた。しかし、その内容は彼女の理解をはるかに超えている。というより、理解しようとするたびに、文字が変化していくかのようだ。
「イリア?」
ノックの音とともに、サイラスの声が聞こえた。
慌てて本を隠し、イリアはドアを開けた。
「なんでしょうか」
「いや、実は話があってね」
サイラスは部屋に入り、じっとイリアを見つめた。
「特別な本を見つけたそうだね?」
イリアは驚いた。どうしてそのことを知っているのだろう?
「はい……床に落ちていたのですが、データベースに登録されていなくて」
「その本は……『全知の書』と呼ばれるものだ」
サイラスは深いため息をつき、続けた。
「その本は、読む者によって内容が変化する。そして、時として危険な真実を映し出す。だからこそ、特別収蔵庫の最深部で保管されていたはずなのだが……」
「特別収蔵庫から? でも、どうして一般の書架に?」
「それが問題なんだ。その本は、時々自分の意思で場所を移動するように見える。まるで、特定の人物に読まれることを望んでいるかのようにね」
イリアは背筋が凍る思いがした。本が意思を持つ? そんなことがあり得るのだろうか。
「そして、その本を巡って、様々な勢力が動いている。タリア・ノクターンという女性に会ったはずだ」
「はい……」
「彼女は、特別な組織の一員らしい。詳しいことは私にも分からないが、その本を狙っているのは確かだ」
サイラスは立ち上がり、窓の外を見つめた。
「イリア、君に本自身が自分を託したのは偶然ではないと思う。これからは気をつけて行動するように。そして……」
彼は再びイリアの方を向いた。
「その本が示す真実が、本当に人類に必要なものなのか、よく考えてほしい」
その言葉を残し、サイラスは部屋を出ていった。
一人になったイリアは、隠した本を取り出してもう一度見つめた。この本は、単なる知識の集積以上の何かを秘めているのかもしれない。そして、それを知ることは、大きな責任を伴うことになるだろう。
しかし、司書として、知識を守り、理解する使命がある。イリアは決意を固めた。この本の謎を、自分なりの方法で解き明かそう。
窓の外では、無数の星々が静かに瞬いていた。それは、まだ見ぬ真実への道しるべのように見えた。




