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【SF短編小説】無限書庫のイリア ―全知の書架で私達は出逢う―  作者: 霧崎薫


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エピローグ:私たちの物語

 それから一年が経過した。


 エターナル・アーカイブは大きく変わった。特別収蔵庫には「異世界知識交換センター」が設置され、様々な並行世界との慎重な知識の共有が行われている。


 イリアは今日も、朝早くから図書館に来ていた。「全知の書」は相変わらず彼女の手元にあり、時折、新たな真実の断片を示してくれる。


「おはよう、イリア」


 サイラスが、いつものように穏やかな笑顔で声をかけてきた。彼は依然として図書館の重鎮として、新しい体制の助言者を務めている。


「今日は特別な日ね」


 タリアも姿を見せた。彼女は今では公式に図書館のスタッフとなり、異世界との交渉の専門家として活躍している。


「ええ。初めての異世界図書館会議の日です」


 イリアは少し緊張した面持ちで答えた。今日は、複数の並行世界の図書館司書たちが一堂に会し、知識共有の方針について話し合う重要な会議が予定されている。


 特別会議室に向かう途中、イリアは館内を見渡した。書架の間を行き交う利用者たち。彼らの多くは、この図書館に秘められた真実には気付いていない。しかし、確実に彼らの研究や思索は、複数の世界の知識によって豊かになっているのだ。


 会議室に入ると、すでに何人かの「異世界の司書」たちが待っていた。それぞれが、少しずつ異なる制服を着て、少しずつ異なる「全知の書」を持っている。


 巨大な円卓を囲んで座る司書たちは、それぞれが少しずつ異なる制服を身につけ、わずかに異なる「全知の書」を持っている。彼らの目には、イリアへの期待と、わずかな不安が混ざっているようだった。


「始めましょうか」


 イリアが議長として口を開いた。


「私たちは、知識の可能性と責任について、改めて考えなければなりません。なぜなら……」


 窓の外では、複数の宇宙が重なり合って見える不思議な光景が広がっている。その光景は、まるでステンドグラスを通して見る万華鏡のようで、知識の無限の可能性を暗示しているかのようだ。


 イリアは立ち上がった。彼女の手の中で「全知の書」が静かに脈動している。一年前、新米司書として初めてこの本と出会った時の戸惑いが、懐かしく思い出される。


 会議室の空気が、さらに重くなる。全ての視線が、イリアに注がれている。


 彼女は一瞬、目を閉じた。心の中で、これまでの出来事が走馬灯のように駆け巡る。タリアとの出会い、抹消者との戦い、そしてラウラとの和解。それら全ての経験が、この瞬間のために必要だったのだと理解している。


 サイラスが、優しく微笑みかけているのが見える。その表情に、イリアは勇気づけられた。


 深く息を吸い、彼女は目を開けた。そして、「全知の書」を優しく胸に抱きながら、言葉を探し始めた。どの言葉も、十分ではないように感じられる。しかし──。


 その時、本が微かに温かみを増した。まるで、イリアの心に寄り添うかのように。


 彼女は、ゆっくりと口を開いた。声は、最初こそ小さかったが、次第に確かな響きを帯びていく。


「知識は、本の中だけにあるのではないからです」


 言葉が、静かに空間に広がっていく。イリアの瞳には、確かな光が宿っている。


「それは、理解し合おうとする私たちの意志の中にこそ存在するのです」


 その瞬間、「全知の書」が青い光を放った。その光は、テーブルに置かれた他の「全知の書」にも伝播していき、まるで共鳴するように輝き始める。


 異なる世界の司書たちの表情が、少しずつ和らいでいくのが分かった。彼らの目に、理解の色が浮かび始めている。


 窓の外の重なり合う宇宙が、より鮮やかな輝きを放ち始めた。それは、イリアの言葉が、単なる理論ではなく、深い真実を突いていたことの証だったのかもしれない。


 サイラスが静かに頷いている。タリアの目には、誇らしげな色が浮かんでいた。


 この瞬間、会議室には新しい空気が満ちていた。それは、対立や不安ではなく、共に歩もうとする確かな意志。そして、それこそが、イリアの言う「知識」の本質なのだと、誰もが理解していた。


 異世界図書館会議は、この日を境に、新たな一歩を踏み出すことになる。そして、それは同時に、知識の新しい地平の始まりでもあった。


 イリアは、自分の言葉が、未来への扉を開いたことを、確かに感じていた。


 会議室の窓からは、いつものように壮大な宇宙の景色が見える。そして、かすかに異なる色合いの宇宙が、重なって見えるような錯覚がした。


「全知の書」は、イリアの手の中で静かに輝きを放っていた。この本は、まだ多くの真実を秘めているに違いない。しかし今、最も大切な真実を、イリアは理解していた。


 それは、知識とは決して固定的なものではなく、理解し合おうとする者たちの間で、常に新しく生まれ続けるものだということ。


 真実は、私たちの物語の中にある。そして、その物語は、まだ始まったばかりなのだ。


(了)


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