第十一章:守るべきもの
理解具現機の光が完全に収まるまでに、かなりの時間がかかった。
特別収蔵庫の円形の部屋で、かつての敵味方が、静かに向き合っている。誰もが、何かを大きく変えられたような感覚に包まれていた。
「本当に、これでよかったのでしょうか」
ラウラ・グレイブンが、脱ぎ捨てた白いローブを見つめながら呟く。
「知識の制限という選択肢を、完全に捨ててしまって」
「制限ではなく、理解を」
サイラスが優しく答えた。
「君の懸念は正しい。知識は時として危険をもたらす。だからこそ、より深い理解が必要なんだ」
他の抹消者たちも、武器を収め、静かに頷いている。彼らの表情からは、先ほどまでの敵意が消え、代わりに深い思索の色が浮かんでいた。
「さて」
タリアが身を起こす。戦いの疲れが見えるが、表情は晴れやかだ。
「これからが本当の始まりね」
その言葉通り、理解具現機が再び微かな震動を始めた。しかし今度は、敵意や恐れを感じさせない、穏やかな共鳴だった。
イリアは「全知の書」を開く。ページがゆっくりと捲れ、新たなメッセージが浮かび上がる。
『次なる真実が、扉を叩いている』
「どういう意味ですか?」
その問いへの答えは、予想もしない形でやってきた。
特別収蔵庫の壁に、突如として光の渦が出現したのだ。渦の中心からは、まるで別の空間が覗いているかのような景色が見える。
「並行世界との接続……!」
タリアが息を呑む。
「『全知の書』の力が、現実の壁を越えてしまったのね」
抹消者たちが反射的に身構えるが、すぐに力を抜いた。彼らにも分かっていた。これは敵意ではなく、新たな理解への招待なのだと。
「イリア」
サイラスが真剣な表情で語りかけてきた。
「君は選択をしなければならない。この状況を収束させるか、それとも……新たな真実を受け入れるか」
イリアは迷った。司書として、現実の秩序を守る義務がある。しかし同時に、知識の探究者として、未知の真実に触れたいという強い衝動も感じていた。
「私は……」
彼女は深く息を吸い、決意を固めた。
「両方を選びます」
「両方?」
「はい。私たちは知識を守り、同時に探究する。それが図書館の、そして司書の使命であるはずです」
イリアは光の渦に向かって歩き出した。
「真実は一つではない。だからこそ、私たちは理解し合わなければならない。たとえ、それが異なる世界の真実であっても」
「全知の書」が、彼女の決意に呼応するように輝きを増した。




