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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

がっちゃガチャ

 葛城(かつらぎ)統次(とうじ)

 彼はとにかく逃げていた。巨大都市の入り組んだ路地裏を、曲がって曲がってまた曲がり、暗がりの道をひた走る。



「コノヤロォォォォ!!」


「ぶっ殺してやる! 止まれこの豚畜生が!」



 後ろからは鬼気迫る男達が怒号を上げながら追いかけて来る。全員体のどこかにタトゥーが入った、危なっかしい集団。



「はあっ! はあっ! はあっ!」



 辛い、苦しい。

 本気で男達から逃げたくて必死に逃げていたが、息切れしてしまう。足がもう動かない。

 たまらず酒瓶転がる路地に倒れ込んで、地べたに手と膝をつく。四つん這いでぜぇぜぇと息を整えていると、後ろからそのケツを蹴り飛ばされた。



「ぎゃん!」


「雑魚が、調子に乗りやがって……!」



 男達が追いついてきてすぐさま葛城を取り囲む。



(ま、まずい……本当にマズい)


「おうおうおう! このクソガキが!」


「財布置いていけって頼んだだけだろぉ? 俺たちは」



 葛城はギクリと震えて、目を逸らす。



「さ、財布なんて持ってないです」


「嘘つけ! 俺たちは見たぞ!」


「嘘は泥棒の始まりって知らねーの? 泥棒なら、その大量の金も盗んだもんだな!」


「へっへっへ、俺らがきちーんと取り返してやらねーと盗まれた奴がかわいそーだよなぁ?」


「な、何する気ですか……ちょっ! やめて!」



 取り囲んでいた男達が葛城の体を押さえつけて、そのうちの1人が葛城のズボンからパンッパンに膨らんだ革財布を取り上げる。

 葛城の顔色が変わる。



「や、やめてください! それは……!」


「うほー! 見ろよ超パンパンだぁ」



 財布を取った1人が両手でその膨らんだ財布を持ち、感動の涙さえ溢れさせていた。

 周りの連中も葛城を押さえつけながら、感嘆の声を漏らしていた。



「よーし、中を見てやる」


「だ、ダメです!」


「うるせーぞガキ!」



 ガスッ!と頭を殴られてしまう。

 その間にも財布を取り上げた男がニヤニヤしながら、財布を開けて……キョトンとした顔に変わる。財布の中を覗いた彼は狐につままれたような、驚きつつ放心した顔になった。

 目をまんまるにした彼に、仲間達は首を傾げる。

 そんな彼らの前で葛城の財布を逆さにして見せる。葛城はゾッとした。逆さまにした財布からジャラジャラと大量の“コイン”が出てきた。



「おお! すげー金の量!」


「……いや、ちげーんだよ。よく見てみろ」



 周りの男達はみんな金色のコインに喜んだが、財布を持っている男は違った。冷静にコインを手に取り表面を見せる。

 葛城の顔から血の気が引く。

 同時に、コインの表面を見た他の奴らも顔が青くなった。


 ———コインの表面には、男の顔があった。



「顔?」


「人の顔だ、それも全部のコインに描いてあるぞ!」



 地面に散らばったコインの全てにも同じように人の顔が描いてある。男のみならず、女も、子供も、老人も。あまりの異様さに葛城を押さえつけていた中の1人が彼から離れて行き、他の連中も葛城から離れる。

 解放された葛城は慌ててコインの上に覆い被さり、散らばったそれらをかき集める。



「お前不気味な趣味だな……気持ち悪い」


「これ金なのか? 銀行に行ったらいくらか金額に変えてくれるのか?」


「ならねーだろ流石に」


「でもまっキンキンだぜ? 金で出来てるなら売れんじゃね?」


「あーなるほどな」



 1人が売れるかもしれないと気づくとコインを必死になってかき集めていた葛城の脇腹を蹴り上げた。

 ぐふっと吐き出しながら横に転がって倒れる。



「げほっ! だ、ダメだ! これは危ないから!」


「危ない?」


「それほど高額ってことじゃね?」


「違う! アンタらから逃げたのも、アンタらのためなんだぞ! これは俺の制御の効く“能力”じゃないんだ!」



 血相を変えて必死に弁明する。土下座もして何度も頭を下げて説得するが、男達は止まらない。

 彼らは貧乏なのだ。この巨大都市でこんな路地裏に潜む事しかできない。金と食にあぶれた人生を送っている。だから目の前に金になるものがあるなら手を伸ばすしかない。

 そうせざるを得ない。

 男達はコインをかき集め始める。そしてその中の1人が葛城に近寄る。



「あんな財布がパンパンになるまで持ってたんだ。他のポケットにも入ってるだろ」


「だっ、ダメだ!」


「うるせぇ!」


「ッ!」



 強い力で頭をぶん殴られる。



「抵抗すんなら動けない体にしてからゆっくりとお前の体を探るとしよう。おいお前ら、先にコイツやっちまうぞ」


「おう」


「わかった、へへへ」



 指を鳴らし、腕を回しながら近づいてくる男達。

 葛城は何もできない。ただ頭を両腕でガードして防ぐことくらい。腹や背中、尻や足なんかが何度も蹴られた。

 葛城は逃げたかった。しかしもう体力がない。やめて、とか細く訴えかけるが彼らには届かない。最後には腕のガードをすり抜けて、髪を引っ張られて持ち上げられる。



「だ、ダメ、だ……」


「うるせぇ」



 髪を掴み上げた男はポッケからナイフを取り出して、なんの躊躇もなく葛城の腹に突き刺した。

 プシュッ、と血が吹き出る。

 葛城が致命的なダメージを負った。瞬間———周囲の光景が一変した。


 カラカラン。


 金属音が不規則的に連続して鳴った。

 葛城の髪を掴み上げていた男の手が突然消えて、代わりに葛城の前には金色のコインが転がっていた。そのコインの表面には髪を掴んでいた男の顔が……。



「ああ………」



 いつのまにか、刺された腹のナイフ傷も、殴られて傷だらけだったはずの体が完全に回復していた。半分諦めた表情で周りを見る。周囲には金色のコインが散らばっていて、その一つ一つに先ほどの男達の顔が描かれていた。

 そして代わりに———男達の姿が忽然と葛城の周りから消えていた。



「やっちまった」


「ぁ……ぁぁ……?」



 声が聞こえてそちらを見れば、先ほど財布をひっくり返されて散らばった金貨のそばに1人まだ残っていた。彼は葛城を殴るのに参加せずまだ金貨を拾い集めていたらしい。



「あー……見た?」


「な、何が起きて……」


「言っただろ、俺には自分でも制御できない“能力”があるって」



 葛城は周りにある金貨を拾い上げながら、ゆっくりと説明する。



「これがその能力。一定量のダメージを負わされると、その傷が回復すると同時に、こうして傷を合わせて来た相手を金のコインに変えちまう。肉体を消し飛ばして魂だけコインの中に閉じ込めちまうんだ」


「魂……⁉︎」


「そう。だからアンタの仲間はみんなコインに変わった。意識があるかどうかは人それぞれ個人差があるんだけど、あったとしてももう動くことはできない」



 葛城は新しくコインになった男達の魂を集め終わると、最後に残った1人の方へ近づく。彼の周りには財布に入れていたコイン達が落ちている。

 男は怯えてコインから離れる。



「ヒッ!」


「そしてこれから、アンタもコインに変わる」



 怯える彼に葛城は宣告した。



「え……」


「因果応報。必ずアンタもコインになる」



 恐ろしい予言に男は震える。



「な、なんで……助からないのか⁉︎ 元には戻せないのか⁉︎」


「だから制御できないんだって。俺が操作してるわけじゃない、アンタらの行いはアンタら自身が制御するべきだったんだ。悪い行いは絶対にしてはいけない、わからないのか?」


「が、学校なんて行けなかった! 道徳なんて知らねぇ! た、頼む助けてくれ! どうして俺まで!」


「アンタが最初に俺を殴りつけた、逃げる前の出会った時に。俺は何もしてないのに」



 カラン、と男のいた場所にコインが転がる。その表面には怯え切った男の顔が貼り付けられていた。



「……はあ」



 葛城はだから逃げていた。こんな非人道的な事、進んでやりたい訳がなかった。

 さらにここからがこの能力の最も“キモい”部分だ。



「金貨がかさばるとこんな風に狙われるのか……財布にも、ポケットにももう入らないし」



 落とした金貨を全部一箇所に集め終えた。

 そして葛城はこのコインを一度手元から無くしたいと考えて……ため息を吐く。



(このコイン達は何したって壊れないし、俺の近くから離れることはない。もしここで走って逃げても、いつの間にか服の中に入っている)



 呪いだった。

 もはや“能力”なんて生優しいものではなかった。



「……やるしかないか」



 壊せない、捨てられないのならただ増え続けるだけ。

 けれど葛城にはもう一つ、これは自分で制御できる能力がある。コインにする能力のもう一つの能力。

 悩んだが、葛城は指をパチンと鳴らした。

 すると彼の背後に丸いものが現れた。これは“ガチャガチャ”。

 先ほど最後にコインになった男を拾い上げて、ガチャガチャのコイン投入口に入れる。そして前に取り付けられた取ってを掴んで、回す。すると透明な容器の中に入っているボールが動いてかき回され、そのまま一番下にある出口からボールが出てくる。

 プラスチック製のそれをかぱっと開けた。すると中から真っ白な鳩が出てきて、天高く飛び去っていった。



「あの男は鳩になったのか」



 これが能力。

 コインにした人間をガチャガチャに入れて回すと、()()()が決まり、ボールを開ければその転生した姿で飛び出して来る。

 つまり男は人間ではなく、鳩としてこれから生きていくことになる。



「……相変わらずキショい。だからやりたくないのに、でもこれ以上かさばるのは……」



 ここにあるコイン全部、新しい生命に変える。

 葛城はしんどかった。人1人の命を会話の中に閉じ込めた上で、別の存在に作り替えてしまう。元々あった精神や記憶、意識なんかはさっきの鳩のように塗り替えられて飛び去るし、あるいは———



「えええー⁉︎ お、オレ……幼女になってる⁉︎」



 意識や記憶を保ったまま作り替えられる場合もある。

 襲ってきた男達の集団の1人は、金髪碧眼のロリータドレスを来た少女になったようだ。意識と記憶が残っていて胸を触ったり、幼女になってしまった自分の体をベタベタ触って確かめていた。

 そして葛城の方に視線を向けた。



「あ、お前……」



 幼女になった男にとって葛城は憎むべき相手だ。コインに閉じ込められて、そして幼女にされてしまったのだから。

 しかし———



「いやお前じゃなかった。ご主人様……いやマスターって呼ぶほうがいいか?」


「どっちでも」


「じゃあアニキで。幼女にされちまったけど、まあでも元々俺が悪いんだしな。受け入れる」



 転生した者はみんな葛城を襲ったりはしない。元々あった敵意や怒りは消えて、こうしてたどたどしくも可愛らしい女の子の声でアニキと呼んで、慕うでもなし転生した事を素直に受け止める。

 それからも次々にガチャガチャを回していく。アニキと呼んでくる幼女と一緒に、ボールの中から飛び出して来る犬や猫、トカゲやカエルなんかを眺めていた。

 中には美少女になったり、おっさんになってたりしていたが、みんな一様に転生した姿を受け入れて去っていく。



「……これで全部、だな」


「ところでよー、アニキ。オレ幼女だから一人で生きられねーぜ」


「わかってる。ちゃんと暮らせる場所はあるから」


「やった!」



 拳を振り上げる金髪碧眼の幼女と共に、葛城は自分の住む家へと帰った。

 その後ろでは路地に転がる酒瓶の影に隠れた、一つのコインがカタカタと震えていた……。

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