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第08話 神の雷

「ーーおい、まだ見つからないのか!」


 部屋の外を監視しながら、シェフィールドがマルタを急かす。おそらくもうすぐオークションが終わる。そうなれば一気に人が移動し始め、バレるのも時間の問題になってくる。それを危惧してのことだった。

 

「ちょっと待って! たぶんこの辺りのはずなんだけど・・・・・・」


 粗方捜索し終えて、最後の棚に手をつけているマルタ。既に床はどこもかしこも紙切れまみれで、元に戻すのは不可能な状態にある。


「お願い、出てきて・・・・・・」


 必死になって探しているのは、オークション落札後に依頼者と請負ギルドの間で交わされる委託契約書だ。その書類こそが、シュナイデルが王妃暗殺を企てたこれ以上ない証拠となる。

 この任務が成功するか、はたまた失敗するかはマルタにかかっているのだ。


「ーーあったわ!!」


 マルタが喜びの声を上げ、小さく折り畳んだ書類を豊満な胸元へ仕舞った。

 これで欲しい物は手に入れた。後は急いで脱出するだけだ。

 しかし、マルタが書類を見つけたとほぼ同じくして、シェフィールドが警報を鳴らす。


「まずい、人が来るぞ!」


 慌てて扉を閉め、マルタの元に駆け寄るシェフィールド。本棚の隙間から入り口を覗いていると、武器を所持したギルド兵が姿を現した。


「ーーっ。なんだこれは!?」


 異常事態を察知したギルド兵は、剣を構えながらシェフィールド達とは反対方向の本棚から見回りを開始する。


「・・・落ち着け。このままゆっくりと時計回りで移動するぞ」


 音を出せばこちらの存在がバレてしまう緊張感の中、二人は忍び足で出口へと向かう。

 本来であればこの程度の隠密行動は屁でもない。しかし、今は床に紙切れが散らばっている状況だ。いつ滑らせて転倒してもおかしくはなかった。


(もう少し・・・・・・)


 あと出口まで10メートルに差し掛かった時である。マルタの洋服に本棚から飛び出ていたファイルが引っかかってしまい、重心が傾く。


「しまっーー!!」


 大きな音を立て、尻餅をつくマルタ。当然、ギルド兵はこちらの存在に気付くことになり、一目散に向かってくる。


「立て!」


 シェフィールドはマルタの手を取り立ち上がらせると、そのまま抱き抱えて近くの窓を見た。


「ちょっと、何をする気!?」

「しっかり捕まってろよ!!」


 ギャレス皇国軍隊長ーーシェフィールド・ウッドバレット。斬られても撃たれても決して倒れることのないーー人呼んで鉄の男。


「うおぉぉぉっーー!!」


 肉弾戦車と化したシェフィールドは、躊躇することなく窓ガラスに突っ込んだ。

 パリーンというけたたましい音と共に空中に放り出されるも、彼は焦ることなく体勢を立て直す。そのまま足の裏から地面に着地を成功させてみせた。


「さすが『ギャレスにシェフィールドあり』ね!」


 その屈強な肉体で、数多の人々を救ってきたシェフィールド。軍隊長時代は個人的な感情は捨てて常に多くの命を救うことだけを考えてきた彼だが、今は目の前の少女だけを守ることに専念できる。これ以上の護衛はいないと言えよう。


「さぁ、逃げるぞ!」


 森の中に身を隠そうと走り出す二人。しかし、そうは問屋が卸さなかった。


「ーー危ない、避けろ!!」

 

 二人の間を引き裂くように、紅蓮の炎が地を走る。間一髪で回避した二人の前に現れたのは、キリッとした目つきをした赤髪の青年だった。


「そこまでだ。社会を汚すゴミどもめ」


 タイラー・フィリップス。

 エマの元婚約者である彼が、シェフィールド達の前に立ち塞がる。


「・・・・・・マルタ、下がってろ」


 この者は強い。その確信がシェフィールドにはあった。であれば、全力で相手をしなければ失礼というもの。シェフィールドが半身を取り、攻撃に備える。


「愚かにも向かってくるか。よかろうーー!!」


 タイラーが両手で剣を真っ直ぐに振り下ろした。灼熱の炎が燃え上がり、シェフィールド達を飲み込もうとする。

 だがそれより早く、水の刃が炎を切り裂いた。


「ーー君の相手はこの私だよ」


 役者さながらの登場を見せたジーク。シェフィールド達の前に立ち、タイラーと相対する。


「・・・・・・貴様、何のつもりだ?」

「君と同じだよ。私もある人に頼まれてここにいる。残念だが、彼らに手出しすることは許さないよ」

「貴様が俺に勝てると?」

「確かめてみたらどうだい。幻の準決勝の続きといこうじゃないか」

「ーー後悔するなよ」

「ーー臨むところだ」


 視認することさえ叶わない速度でぶつかり合う両者。その間に割って入ることは何者にも許されない。

 シェフィールドはそれをいち早く察知し、迂回して森を抜けることに決めた。


「こっちだ、マルタ!」

「わかったわ!」


 

 しばらく森を突き進む。すると後方から紅の強烈な色彩が差し込んでくるのを感じ、マルタが走りながら振り返った。


「も、燃えてる! 洋館が燃えてるわ!」

「なに!?」


 シェフィールドも自分の目で確かめてみるが、確かに先ほどまで自分達がいた古びた洋館から炎が突っ立ち、夜の空が朱と金色に染まっていた。


「一体なにが起こってるの!?」

「・・・分からん。だが、さっきの赤髪もそうだが、招かれざる客がいることは間違いない」

「じゃあ、私たちを助けてくれたあの人は?」

「おそらくあの嬢ちゃんの差金だろうな。まったく、用心深い奴だぜ」

「でも今回はおかげで助かったわね」


 その後、森を抜けるまでの間、何人かの兵士と出くわしたが、それらの敵は全てシェフィールドが殴り倒していたーー。




「どうやら無事のようね」


 森を抜けた先にいたエマに呼びかけられ、マルタはやっと安堵の息をついた。


「護衛を用意してくれていたのね。ありがとう、助かったわ」

「礼には及ばないわ。それより、例の物は?」


 マルタが胸元から書類を取り出した。これで任務は達成される。もうスラムでのその日暮らしは終わりを告げるのだ。これまでの苦労が走馬灯のように脳裏を駆け巡り、達成感に満ち溢れようとしていた。


 ーーしかし。

 書類をエマへ渡そうとした次の瞬間、刹那の雷光がマルタを襲った。苦労の末手に入れた書類は無論塵と化し、マルタ自身も力無く地面に突っ伏してしまう。


「マルターーーー!!」


 シェフィールドが慌てて駆け寄り、意識を確認する。しかし、こちらの声は届いていないようだった。

 エマは天を見上げ、愕然とする。


(この雷撃・・・・・・まさか・・・・・・!!)




「ーー貴様ら如きが俺を出し抜こうなんぞ100年早いわ」


 騎士団長・シュナイデル。

 雷の魔法剣技を得意とする彼は、半径500メートル以内であればいついかなる場所にも雷撃を落とすことができる。まさに唯一無二の存在。

 燃え盛るブラッディ・ローズの本部をバックに、シュナイデルは高笑いを上げていた。

 


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