第07話 潜入開始
夜の帳が下りる頃。
スラム街を抜けた先の森の深部。そこにはブラッディ・ローズの本部として利用される古い洋館があり、今宵続々と集まる人々の姿があった。
「さぁて、今回の落札はどのギルドになることやら」
ペンとメモ帳を手にしたスラムの記者が、広々とした一室の最前に置かれる投函箱を見ながら呟いた。これからここで行われるのは、外の世界には門外不出、他言無用の闇オークションである。
「『サモン・シュバルツ』、『アポカリプス』、『アップグルント』・・・そして『ブラッディ・ローズ』か」
この会場に集まった4つのギルドの代表。その誰もが、人を殺した数すら覚えていない極悪非道の殺人鬼でありながら、ギルドを運営する経営者である。
(こんな所、仕事じゃなきゃ絶対来たくねぇぜ)
身震いする記者とは裏腹に、各ギルドの代表者達は互いに睨みを利かせて牽制し合っている。他所を出し抜くことで多額の利益を得ることが出来る以上、心理戦は避けて通れない。今は相手の腹の中を探っている最中というところだろう。
だが、この場にいる誰もが、今回はブラッディ・ローズの落札は無いとみている。何故であるか。それは前回のメアリー王妃暗殺の競りにおいて「調整」が行われていたからである。
(来た、エンペラーだ!!)
記者が固唾を呑んで見守る中、銀色の髭を蓄えた御老体が入場を果たす。杖をつきながらゆっくりと歩を進めており、その間、各ギルドの面々はひたすらに起立して頭を下げ続けている。
彼の名は、ダグラス。ブラッディ・ローズの名誉顧問であり、闇ギルド界のエンペラーと称される人物である。
ダグラスが投函箱から一番近い席に腰を落とすの確認してから、司会を務める男がガベルを掴んで開会の音を鳴らす。
「それでは、シエンタ子爵令嬢の誘拐及び監禁依頼のオークションを開始致します! なお、今回の予定価格は100000ガルとなっています。参加さるギルドは入札書を投函箱にお入れください」
予定価格というのは依頼者から闇ギルド協会に支払われる予定報酬を示している。その資金を財源として、提示する額が最も低いギルドが落札するシステムだ。つまり如何に100000ガルに近い数字で落札できるかが鍵となってくる。
「ーーその前に少しよろしいですかな」
入札を前に、サモン・シュバルツ代表のリヒターが手を上げた。
「『ブラッディ・ローズ』さんは今回の入札、一体いくらで臨まれるんですかな?」
「・・・・・・98000ガルだ」
素直に答えたのは、隻眼のアレクセイ。ブラッディ・ローズの長を任されている男だ。
本来、入札を前に手の内を明かすなど愚者一得。だが今回は理由がある。
ブラッディ・ローズは前回行われたメアリー王妃暗殺案件において、名誉顧問であるダグラスが調整ーー所謂談合を行い、落札している。業界全体の利益を考えるのが闇ギルドの掟であり、今回のブラッディ・ローズの役回りは高い価格設定を行うことにあった。
「・・・・・・なるほど、98000ガルですか。であればーー」
各ギルド、手元の用紙に入札額を記入していく。
そうして一回目の発表が行われた。
「『ブラッディ・ローズ』98000ガル! 『サモン・シュバルツ』97999ガル! 『アポカリプス』97999ガル! 『アップグルント』97999ガル!」
(まぁ、そりゃそうだわな)
ブラッディ・ローズを除く全てのギルドの入札額が一致した。これにより、二回目の入札が行われることになる。
「『サモン・シュバルツ』97998ガル! 『アポカリプス』97998ガル! 『アップグルント』97998ガル!」
再度入札額が一致。このままでは1ガルずつ減らしていく入札がいつまでも続いていくわけだか、ここで、重鎮が動く。
「そう言えば・・・・・・3ヶ月後にバジール皇国の皇女が渡来するのじゃが、そこで暗殺の依頼が入る予定になっとる。どうじゃろう、ガブリエルとジャッジ。おまえさんらのところでやってみないか? 共同ではあるが、なにぶん大きな案件じゃ。今回単独で落札するのと、同等以上の利益はでるはずじゃ」
ダグラスが、アポカリプスとアップグルントの代表に投げかけた。
しかし、その提案に異議を唱える者が一人。
「特別顧問、我々も経営が厳しい。今回の依頼、どうしても取りたいのですよ。何とかなりませんか!」
アップグルントのジャッジが懇願する。
彼らとしては目先の利益を優先したいという判断だった。
「・・・・・・どうにもならん」
「何故です!? 『サモン・シュバルツ』と交渉をお願いできませんか!?」
「無理じゃ」
「そんなこと言わずに! 頼みますよ、特別顧問!」
「くどいぞ!!」
ダグラスが、椅子の肘置きをバンッと叩く。一瞬で会場が凪が発生したかのように静まり返った。
「いいか。そもそもおまえさんらの経営が厳しいのは、先日の強盗事件を失敗させたからじゃろ。自分達の過失を棚に上げて、他所様に迷惑をかけるんじゃない!」
「・・・・・・し、しかし・・・・・・」
「この交渉に応じられないというのであれば、今後一切の大型案件は『アップグルント』には回さない。その覚悟があるんじゃろうな?」
脅し以外の何者でも無いダグラスの発言に、ジャッジが戦々恐々とする。エンペラーに逆らえば、今後この業界で生きていくことは叶わない。秩序を乱し、仮に目の前の案件を勝ち取ったとしても、遅かれ早かれギルドは破綻する。ダグラスの言うことを聞く以外、ジャッジの取れる選択肢は無いのだ。
「・・・・・・分かりました。特別顧問の提案に乗らせて頂きます」
「うむ。それでよろしい」
(一悶着あったが、これで今回のオークションは上手く纏まりそうだな)
「ーーそれでは、三回目の入札発表を行います! 『サモン・シュバルツ』97998ガル! 『アポカリプス』97999ガル! 『アップグルント』97999ガル! 以上により、今回の落札は『サモン・シュバルツ』に決定となりました!」
終了を告げるガベルの音。
これが、闇ギルド界のエンペラーと言われる所以。彼の調整力こそが、業界が廃れず繁栄を続けるからくりなのである。
エンペラーはゆっくりと立ち上がり、踵を返して歩いていく。この人だけは敵に回してはいけない。この場に集まった各ギルドの代表は、改めてそう胸に刻むこととなった。
一方、遡ること15分前。
オークション会場の上の階では、すり足で進む二人組がいた。
「マルタ、足音を立てるなよ」
「分かってる。そっちこそ、体大きいんだから気をつけてよね」
シェフィールドとマルタ。
会場設営という名目で本部に潜り込んだ彼らは、本来であれば立ち入り禁止となっている3階に侵入。書類などが保管されている文書室を目指していた。
「しっ、誰か来る」
曲がり角から人が近づいてくる足音が聞こえ、シェフィールドが思わず立ち止まった。
「ちょ、こんなところでどうするの?」
「仕方ない。そこの部屋に入るぞ」
「正気? 誰かいたらどうするの。それこそ一巻の終わりよ」
「その時はその時だ」
シェフィールドはマルタを抱えて、近くの部屋に入った。幸運にもそこは空き部屋であり無人だった。彼はマルタの口を手で押さえながら、何者かが通り過ぎるのを待つ。
「・・・・・・行ったか」
安堵と同時に、マルタの口を塞ぐ手が離された。顔を真っ赤にした少女がシェフィールドの胸を叩く。
「ちょっと、殺す気?」
「すまん、お前が大きい声を出すかもしれないと思ってつい」
「ったく、そんなヘマしないってば・・・」
これは見つかるかもしれないというハラハラなのか、シェフィールドに抱き抱えられていたというドキドキなのか、鼓動がうるさくて仕方なかったマルタである。
そんなことも露知らず、恐る恐るドアを開けて外の様子を確認するシェフィールド。誰もいないことを確認して廊下に出た彼が、一つ目の角を曲がった時である。
「お前たち、何をしている!」
「あ、いや、俺たちは会場設営で来た者だ。初めて来たんだが、道に迷ってしまって・・・」
巡回中のギルド員に、苦し紛れの言い訳をするシェフィールド。しばらく怪しまれていたのだが納得してくれたのか、ギルド員は反対方向を指差す。
「下に降りる階段は向こうだ。ここは関係者以外立ち入り禁止だから今後入らないように」
「すまん、気をつける」
しかし、その言葉はフェイク。
シェフィールドがギルド員とすれ違った瞬間、首筋にチョップを食らわす。たまらずギルド員は気絶してしまった。
「さっきの部屋へ移すぞ。急げ!」
ギルド員を空き部屋に移動させた後、二人は無事文書室に到着。鍵を使って中に入ると、まるで図書館と見間違えるかのような数の本棚があった。
「おいおい、この中から探すのかよ」
「私に任せて。あんたは誰か来ないか見張っておいてちょうだい!」
タイムリミットは数分。
ここからは時間との勝負であるーー。