第17話 長女の嫉妬
王宮の一室で窓の外を眺めながら佇む1人の少女がいた。
マリアーナ・ルイズ・アステリアだ。
リリアーナの実姉にあたる彼女は、妹同様に見目麗しい容姿をしており、勉学や乗馬においては妹を遥かに凌ぐ実力を見せる。
ただそんなマリアーナでも、妹には劣ると自覚している要素があった。
魔法力。
他の何を差し置いてでも負けることはあってはならないそれだけが、妹には遠く及ばない。
それに気づいたのは6歳のころだった。
ただその時のマリアーナは、それも個性ということで割り切ってはいた。
そう、あの時まではーー。
「陛下、バルクとの緊張は極限状態に達しています。ぶつかり合えば、いかに我が国とてただでは済まないでしょう」
「もはや、あの手もやむなしなのでは……」
「陛下、ご決断を」
国のトップが集う会議にて、決断を迫られる国王・アルミロン。
彼は腕を組み、思考を巡らせる。
そして、閉じていた眼を開き、決意した。
「我が娘、シャルティエをバルクへ送る。それで北の大国とは、今後も良好な関係を築いていく」
政略結婚という名の人質外交だった。
こうして自分の娘を敵国へ人質として出すことで抑止力を働かせ、現在までバルクとの戦争には至っていない。
しかし、現国王は間も無く退位し、それに伴い、娘であるシャルティエの人質としての存在価値も無くなる。
そうなれば、次に求められるのは時期国王の娘、つまりはマリアーナかリリアーナのどちらかの娘を新たに人質としてバルクへ送らなければならなくなる。
国としては魔法力に長けたリリアーナを外に出すという選択は躊躇われ、その大役をマリアーナにという声が強い。
当然、それはマリアーナ本人の耳にも届いており、彼女はここ数年、生きた心地がしない日々が続いていたーー。
「リリアーナ、悪いけど貴女だけには負けるわけにはいかないのよ」
今度の狩猟大会。初出場であるリリアーナを蹴落とし、華麗に3連覇を決めて殿堂入りする。そうして、自分と妹の力量の差を知らしめることで、人質として相応しいのはどちらなのかを再考させることがマリアーナの狙いだった。
「心配ございませんよ。私が必ずマリアーナ殿下に勝利をもたらします」
マリアーナは翻すと、部屋の入り口に佇む2人の少女に目を向けた。
「ミリア、アンジェリカは手強い相手ですけど、抜かりはなくって?」
そのネイビーブルージュの髪は、この国でも随一の水魔法の使い手として知られるグラバー家の人間であることを物語っている。
ミリアは不敵な笑みを浮かべて言った。
「恐れるには足りません。私が無力化致します」
「さすがはグラバー家きっての天才令嬢。期待してますよ。そして……」
視線を移され、ミリアの左隣にいた茶髪の縦ロールの少女が深く頭を下げる。
「アリシア。貴女には最近リリアーナの側近になった彼女の相手をしてもらうわ」
「はい、心得ております」
「……聞くところによると、貴女とその者には深い因縁があるとか」
「古い友人です。しかし、それも過去の話です。今となればあの性根の腐った伯爵令嬢は、この手で捻り潰さなければ気が済みません」
「こらこら。あまり汚い言葉を使うものではありませんよ。貴女も王族の一員なのですから」
言葉とは裏腹に、優美にマリアーナは笑う。
アリシアの決意表明とも取れる発言に、満足しているようだ。
「2人ともいいかしら。私はこの狩猟大会に全てをかけています。失敗すれば私は恐らく極寒の最北の地で身も心も凍って一生を終えることになるでしょう。もしそうなった場合は……お分かりになりますね?」
全てを言葉にしなくても、配下の2人には何もかも伝わっていた。
その証拠に、先ほどまでは悠然に佇んでいた少女たちの額に脂汗が滲む。
この作戦に失敗すれば命はない。その覚悟を持つ必要があった。
「マリアーナ王女殿下のために」
「我々、必ずや勝利をもたらしてみせます」
その一室には、高貴なお方の高笑いが響き渡っていた。
「ーーなるほどねえ」
一方その頃、セシルよりお国の事情、そしてそこから生まれた長女の歪んだ心について説明を受けていたエマ。
彼女もまた、リリアーナを勝たせるために自身が尽力する必要があると感じていた。
「実の姉でしょうが容赦はしません。北の大地にリーナを送ってなるものですか」
「はい、その通りです」
セシルも同じ気持ちのようだ。だからこそ、エマにこうして話している部分もあるのだろうが。
とにかく、事態は急を要する。
早く対策を打たなければならなかった。
「セシル、この場は貴女にお願いしても?」
「はい、大丈夫ですが」
「私は少し用事ができましたので失礼します」
その場を足早に移動するエマ。
(それにしても現国王は本当に碌なことしかしないわね)
ギャレスの件においても、トリガーになっていたのは現国王だ。そのせいで大勢の人間が死んだ。そしてこのままでは、1人の少女の心が死ぬ。
そう思い立ったエマは、足を止め、向かう方向を変えた。
目指すは王宮。まずは、時期国王・アルバレスの腹の中を探ることに決めた。