第15話 大きな背中
マルタと別れた後、エマは王宮敷地内の馬場へと向かった。
狩猟大会に向けてリリアーナも追い込みをかけており、最近は毎日のように特訓をせがまれる日々である。
(さて、調子はどうかしら)
埒に肘を突きながら、馬場を見つめるエマ。
そこには華麗に白馬を操るリリアーナの姿があるが、夢中になっているのかまるでこちらを気にしていない。
元々貴族の嗜みとして、乗馬のスキルは身につけていたようなので、その辺全く苦にしておらず、なんなら自分より上手なのではとつくづく思うエマである。
ただ、狩猟大会の特色として、ただ馬に乗っていれば良いわけではなく、馬上で剣を振るう能力が求められる。その点においては、まだまだ教育する余地はあると感じていた。
(さて)
エマは厩舎へ行き、自分の愛馬に語りかける。
「今日もよろしく頼むわよ、シグマ」
黒鹿毛で綺麗に編まれた鬣が特徴のその馬は、背中が短めで、腹側のラインが後躯に向かって引き締まった構造をしている。まさに長躯短背と言われる理想的な胴の造りであり、身体の伸縮性に優れ、しなやかな筋肉から爆発的な瞬発力を発揮する。
故にエマにしか乗りこなすことができない。
「リリア、お待たせしましたわ」
濃紺の上衣に白色のキュロット姿のエマが颯爽と登場し、集中していたリリアーナが我に返る。
「あら、エマ。ごきげんよう」
「ごきげんよう。随分精が出ていますわね」
「狩猟大会が近いですから。ライバル達に遅れを取るわけにはいきませんわ」
狩猟大会は国内の予選を勝ち抜いてきた精鋭と、王族の一部希望者の間で繰り広げられる。そのほとんどが貴族であり、毎年プライドを賭けた戦いが注目されている。
とは言え、初出場のリリアーナはそんなに気負う必要はないとエマは考えている。
「そんなに躍起になる必要はないのでは? 初出場ですし、まずは安全第一で行きましょう」
狩猟大会はその性質上、毎年落馬での負傷者を多く出している。
王族であるリリアーナには日々の公務もあるので、長期療養に繋がるような大怪我だけはどうしても避けなければならない。
元々、王族の参加が少ないのはそう言った理由があるからだったりもする。
だが、リリアーナは、そんな中途半端な気持ちで参加するわけではないようで、バイオレットの強い瞳をエマに向けた。
「私は出るからには優勝を目指します。それ以外は望みません」
「・・・・・・まったく、頑固ですね」
リリアーナの負けず嫌いは今に始まった事ではない。どうせ言うことを聞かないのだから、反発しても無駄というもの。
エマは手綱を引き、シグマに踵を返させる。
「そこまで言うのであれば徹底的にいきますよ。着いてきてください。私が相手になりますわ」
「面白いですね。望むところです」
二人が移動した先は、馬上内にある模擬戦コースだった。100メートルの一直線を駆け抜けながら、尚且つ途中に等間隔で配置された的をどれだけ切り落とすことができるかを競う。
緊張感に包まれる中、白馬と黒鹿毛がスタートラインに立った。
顔の表情が固いリリアーナとは対照的に、エマは余裕のある面持ちだ。
「リリア、準備はいいですか?」
「いつでもどうぞ」
二人が顔を見合わせたのを合図とし、一斉に鞭で叩かれ、馬が走り出す。
スタートダッシュはほぼ同時。初速もそう変わらない。後は後半にかけての伸びと、途中のターゲットをいかに正確に落とせるかが鍵となる。
「さあ、いきますわよ!」
馬の上で絶妙なバランスを保ちながら、剣を振るうエマ。一つ、二つと難なくターゲットを破壊する彼女に遅れを取らぬよう、リリアーナも食らいついていく。
(さすがね。ただ、その大振りで後半まで体力が持つかしら)
エマの予想は的中することになる。
後半50メートルを切ったところで、突如としてリリアーナの剣の命中率が下がりだした。
馬の操縦と剣術の両立は思っている以上に集中力を必要とし、体に負荷をかける。故にいかに効率よく的を落としながら馬を走らせるかが肝となってくるのだ。
言わずもがな、そのことを身を持って体感して欲しいと思い、エマはこの勝負を吹っかけている。
(私の動きをよく見ておきなさい。そして吸収するのです。貴女ならできるはずよ)
リリアーナに見せつける形で、エマはぶっちぎりでゴールを果たす。その大きな背中を、リリアーナは悔しそうに追いかけていた。