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第14話 可愛い存在

 マルタがフレデリック男爵の養子となった。

 フレデリック家はキルティア王国最西端のノアール地方を治めており、エマの地元であるアイベリック地方とは隣接している。そんな縁もあって、実はグレイセス家とも繋がりがあり、過去にはエマの実家に集まってホームパーティーをしたことがあるほどの家族ぐるみの仲である。最近はエマ自身、王宮に居を移したりしたこともあって疎遠になってしまっていたのだが、マルタの引き渡し日である本日フレデリックが来訪するということで、久々に挨拶も兼ねてエマも立ち会うことになっていた。


「力を抜いてください、マルタ。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」

「そ、そうは言っても・・・・・・」

「いいですか、無愛想なのはダメですよ? せっかく可愛いのですから、明るく、笑顔も忘れずにね!」

「・・・・・・は、はい」

「声が小さいですよ?」

「は、はい!」

「うむ、よろしい」


 客間で待つマルタは先ほどからそわそわ落ち着かないご様子。これから見ず知らずの家族の一員になるわけなので、仕方ないと言えばそれまでだが、人見知りをしていてもいいことなんて何もない。ここは思い切って最初から殻を破っていくべきというのがエマの自論だった。

 しばらくマルタの緊張を解すことに尽力していると、ノックする音が聞こえ、二人は立ち上がった。

 トレードマークとされるちょび髭は今も変わっていない。ただ、最後に見た時よりは少しお腹が出ているように見える。その男、フレデリックは二人の前で足を止めると、深々と頭を垂れた。


「久しぶりですね、エマ嬢。お元気にしておられましたかな?」

「ええ、変わらず。フレデリック男爵もお元気そうで何よりです」


 お決まりの挨拶を交わしたフレデリックは、小さく頷いてからすぐに対象を隣の少女へ移した。


「君がマルタだね」

「は、はい」

「初めまして、今日から君の父親となるフレデリックだ。困ったことがあれば、何でも私に相談しなさい」


 昔から懐が深い男性だったと記憶している。小さい頃、彼の大切にしていたアンティークを壊してしまったことがあったのだが、その時も彼は叱ることなく、怪我が無くて良かったと心配してくれたことがあった。

 客観的に見ても、彼ほど人の気持ちに寄り添える人をエマは他に知らない。この人になら、マルタを任せられると心の底から思っている。

 だから、心配いらないよ、とマルタの背中を押す。


「行きなさい、貴女の居場所はここではないわ」

「・・・・・・エマ様」

「なに泣きそうになってるの。根性の別れでもあるまいし、また会いたくなったら来なさい。いつでも待ってるから」


 あの事件以降、塞ぎ込みになっていたマルタのことを一番献身的に看病していたのが、何を隠そうエマであった。時には料理を運び、時には外へ連れ出し、時には一緒にお風呂に入って、一緒に寝たりと。リリアーナが嫉妬してしまうほどに、エマはマルタのことを気にかけていたのだ。

 そんなこともあり、3つ歳下のマルタはエマにべったりとなってしまっている。離れるのがよほど嫌なのか、袖を掴んだ手を中々離そうとはしなかったが、エマの説得もあり、最後は渋々言うことを聞いていた。

 そして、お別れの時ーー。


「それでは、フレデリック男爵。マルタのことをよろしくお願いします」

「任せたまえ。エマ嬢もたまには実家に顔を出すのだよ?」

「・・・・・・え、ええ。分かりましたわ」


 婚約破棄事件以降、実家からは鬼のように手紙が届いている。それらはどれも一度帰って来て説明しなさいという旨のものなのだが、エマは何かと理由をつけてそれを回避していた。だがフレデリックの言う通り、これ以上無視していると向こうの方からやって来そうで怖い。そろそろ一度顔を出しておくべきか・・・と、エマはこの時頭を抱えていたのであった。


「では、先に入っているよ」


 王宮の前に馬車が用意され、先にフレデリックが乗り込んだ。マルタも後に続くように馬車に足をかけたのだが、言い残したことがあり、急遽艶やかな黒髪を靡かせて振り返った。


「エマ様、好きです!」


 見上げる彼女の、スカイブルーの瞳が眩しい。

 数秒以上見つめると虜になってしまいそうな、そんな魔性の輝きを放っている。


(この子は将来有望ね)


 一方で、当分面倒を見てあげないと駄目な男共を引っ掛けそうで危なっかしい部分も感じる。親心ってこんな感じかしらと思いながら、エマはマルタの髪を撫でる。


「私も好きですよ。さぁ、お行きなさい」


 言いたいことが言えてすっきりしたのか、はたまたエマから好きと返され嬉しかったのか。いずれにしても馬車に乗り込むマルタの顔は非常に満足を滲ませた表情をしていた。


(いってらっしゃい)


 遠ざかっていく馬車が消えていくまで、エマは手を振ってお見送りをするのだった。

 


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