第13話 王女様からの贈り物
「あの、私たちの相性を占ってもらっても良いですか?」
この問い、質問者達の関係によって意味合いは大きく変わってくる。
例えば同性の女の子達であるならば「いつまでも仲良くいられますか?」ということを聞きたいのだろうし、男女だったとしても仕事上のパートナーであったり戦友だったりする際は「この先も上手くやっていけますか?」という趣旨になるはずだ。
では、彼女らのパターンはどうだろうか。質問者は息を呑むほどの絶世の美少女、お相手は綺麗に着飾った甘いマスクの男性だ。実際は女の子同士ではあるのだが、表向きは若いカップルにしか見えない。つまりは、ここで言う相性というのは恋愛的な要素を持つ。
それを分かった上で聞いているのか、はたまた単なる思いつきなのか。いずれにしても一度口にしてしまったからには、今更無しにはできない。変な汗が出てきそうだったが、エマはテーブルの上で展開されるタロットカードを注視する。
「今回はツーマインドという展開法を使っていきます。2枚のカードを上下に並べ、上のカードを顕在意識、下のカードを潜在意識として読み取ります」
要するに上のタロットは自覚や建前、下のタロットは無意識や本音を意味するわけだ。
結果次第では仲違いも大きくあり得るだけに、恐ろしい占いであることを認識させられる。
占い師はシャッフル後、カードの束の上から7枚目のカードを裏のまま上に置く。そこからさらに7枚目のカードを裏のまま下に置いた。この作業をもう1セット繰り返して、計4枚のタロットカードが並べられた。
「まずはお嬢さんが、お隣さんをどう思っているのかを見ていきます」
リリアーナが前のめりになる。自分で質問した割には、一番緊張していたのが彼女である。
瞬きすらする気配がない中、占い師が上のカードを捲った。自然豊かな庭園で柔らかく座り心地が良さそうな王座にゆったりと腰欠けている女性の絵だ。続けて下のカードには、右手は天に向かって棒を掲げ、左手は大地を指差している男が描かれている。占い師は小さく頷くと、リリアーナに結果を説明する。
「あなたは女性としてこれ以上ないものを持っています。その美貌で他者を癒し、芸術的才能や感覚を大いに発揮されているのでしょう」
建前の説明は興味がないのか、リリアーナは何の反応も見せない。エマとしても分かり切っていることを述べられただけなので、特に思うところはない。問題はこの後だーー
「そんな貴女は新しいことを始めようとしている。それは創造であったり修行であったり恋であったりするでしょう。いずれにしても、それらは彼と一緒に始めたいと思っています」
「なるほど。私はそのように思っているのですね」
「・・・・・・自分のことではありませんか」
思わず突っ込まずにはいられないエマ。
だが、彼女のことばかり気にしている場合ではない。気付けば、占い師が次の工程に入っていた。
「それでは続きまして、貴方様がお嬢様のことをどう思っているのか見ていきましょう」
めくられたのは、白い衣を着た女性がライオンを優しく手懐けているカード。そして2枚目には、スフィンクスやアヌビス神が車輪の上乗っている不思議なデザインをしたものだった。
「貴方には危険を恐れない強い勇気が備わっており、不可能を成し遂げる力があると見受けられます。そして、彼女との出会いは運命的な出来事と捉えており、ある種の一目惚れと考えていますね」
「えっ、一目惚れ!?」
「・・・・・・言葉のあやですよ。間に受けないでください」
存外、素直な性格をしているリリアーナことだ。指摘しないと本当に信じてしまいそうで怖かったため、エマはすかさず訂正を入れた。
一瞬残念そうな表情を見せたリリアーナであったが、これから総括を聞く必要があったため占い師に向き直る。
「それで結局私たちの相性というのは?」
「そうですね。お互いがお互いを大切に想っていますので、これからも固い絆で結ばれていくと思いますよ。相性は控えめに言っても最高かと」
その言葉が聞ければ満足である。
リリアーナは胸の前で両手を合わせて、喜悦の声を上げた。
「私たち、相性最高ですって!」
「そのようですね」
「・・・・・・もっと喜んだらどうなのです?」
「喜んでますよ。私から言わせれば、リリアーナが喜び過ぎなのです」
「そうかしら?」
「そうですよ」
少し納得いってないのか、リリアーナがぷくっと頬を膨らませていた。
何はともあれ、ドキドキの占いタイムを終えた二人。予想以上に長い時間を割いてしまったため、スケジュールは押している。故に少し予定を変更する必要が出てきていた。
「少し、お買い物に付き合って頂けますか?」
「いいですよ。因みにどこへ行くのですか?」
「それは着いてからのお楽しみです」
リリアーナに連れられる形で辿り着いたのは、貴金属を取り扱う商会ギルドだった。
貴族御用達ということもあり、店内に並ぶ商品の数々はどれも足元を見るような値段のものばかりだ。
敷居が高いこともあり、店内は自分達以外には姿は見えず、ゆっくりと吟味することができそうだった。
「そうですね・・・・・・」
手を後ろに組み、細部まで拘るようにして貴金属が入ったショーケースを眺めているリリアーナ。時折り、エマの方をチラッと見て、うーむと唸っている。この時点で、自分用に選んでいるのではないことは明白だった。
(そんな高いものじゃなくていいんだけどなぁ・・・・・・)
あまり高価な物を貰うとお返しに困るというもの。とは言え、リリアーナは王女様だ。それも、飛切り美人の。そんな彼女が中途半端な小物を身につけるとは思えないし、人にプレゼントするとも考えられない。元々値段など見ておらず、純粋に良いものを贈りたいというのが彼女の本心であるのだ。
なので、ここは彼女のチョイスに任せ、選んで頂いた物を有り難く頂戴することにしよう。そう決めて、エマは見守ることにした。
「これ、すごく可愛いです!」
リリアーナの目に留まったのは、華やかな石の煌めきが印象的なシルバーブレスレットだった。
聞きつけた店員がいつの間にか目の前に現れており、お目が高いと前置きした上で、商品を取り出し始める。
「こちらはアクアマリンとフェルスパーの石を使用した上品な2連のブレスレットとなっております。プラチナコーティングされており、日常生活での変質、変色の心配もございませんので、毎日お使いになるには最適ですよ」
リリアーナはブレスレットを受け取り、エマに近くへ来るように促す。どうやら試着してみて欲しいようだったので、エマは側へ行き、何も言わずに手を差し出す。
白く細い左腕に上品なジュエリーがつけられた。リリアーナから見て、とても良く似合っていたのだが、それを見た店員は戸惑いの声を上げる。
「あの、お客様。そちら、女性ものとなっておりますが・・・・・・」
何も知らない店員からすれば、男性が女性物のジュエリーを付けているのだ。不思議に思うのは至極当然である。
ただこの状況を事細かく説明するのも面倒であり必要も感じないため、リリアーナは「お気になさらず」と軽くあしらっていた。
そうして彼女は、当の本人に感想を求める。
「どうです?」
「すごい素敵、だと思いますよ」
「良かった。では、こちらをエマにプレゼント致しますね」
「いいのですか?」
「はい。エマにはお世話になっていますので」
「ありがとうございます。大切にしますね」
こんな高価な物を本当に頂いて良いのだろうかという葛藤はあったものの、断るのも空気が読めていないように感じる。ここは大人しく、彼女の好意に甘えることに徹するエマであった。
買い物を終えた二人は帰路につく。
馬車の中では今日の出来事を振り返って、リリアーナが満足気に背伸びをしていた。
「今日は本当に楽しかったですわ。エマ、ありがとう!」
「それはこちらの台詞ですよ。リリアーナと来られて良かったです」
夕陽に照らされたエマの横顔は、慈愛に満ち溢れた表情をしており、リリアーナは噛み締めるように目を閉じた。
この時間がいつまでも続けばいいのに。そう切に願うが、終わりは刻一刻と近づいていている。だからこそ、最後にもう一つだけ我が儘を聞いて欲しくて、リリアーナはゆっくりと瞼を開いてエマを見た。
「あの、よろしいですか」
「・・・・・・どうしたのです?」
これまでは恥ずかしくて言えなかったことでも、今日という濃密な時間を過ごした後なら言えそうな気がした。リリアーナは、恥ずかしそうに両手の人差し指を合わせたり離したりした後、意を決して口を開いた。
「私のことは、これから『リリア』と呼んで欲しいのです!」
「えっ・・・・・・」
どうしたのですか急に、とエマが目で訴える。リリアーナは羞恥心を紛らわすため、意味のない身振り手振りを繰り返しながら、言葉を付け加える。
「その、家族からは普段そのように呼ばれていまして・・・・・・エマにも、そのように呼んで欲しいといいますか・・・・・・」
家族と同じように接して欲しい。リリアーナの中で、エマは既にそういう存在に昇華していたということだ。
(ほんと、可愛い人ですね)
エマが愛しむようにリリアーナの頭を撫でた。一瞬びっくりしていたが、王女様はすぐに受け入れたように幸せな笑みを浮かべている。こんな表情を見せてくれるということは、本当に信頼してくれているのだろうし、心を許してくれているのだろう。そういう存在であり続けたいと、改めて再認識させられた一日となった。
「分かりました。これからはリリアとお呼びしますね」
「ほんとですか!? 嬉しいです!」
抱き付かれたエマは、優しく彼女のことを抱き返す。誰も見ていないので、少し長めにーー。