第12話 王女様との擬似デート
城下町の中心にあるサルスト広場。そこには市庁舎や市議宴会館があり、特に市議宴会館にある仕掛け時計前というのは、多くの男女の賑わいの場として広く知られている。
そんな中を、際立った美貌を持つ女性と、そのパートナーと思しき人物が優雅に歩いている。突然の王女様の登場に黄色い声が辺りに響くが、それ以上に話題になっているのが隣を歩く端正な男。その正体が何かと話題の伯爵令嬢であることは誰も知る由のないところなのだが、エマは本能的に少し俯き気味に姿勢を変える。
「・・・・・・今更だけどこの格好で来たのは失敗だったかしら」
「すごい目立っていますものね。さすがはエマですわ」
(半分はどう考えても貴女のせいでしょうに)
とにかく、あまり目立つ場所は避けなければならない。広場をそそくさと抜けて、エマとリリアーナは最初の目的地であるカフェテリアへ移動した。ここは静かに読書したい際に訪れるエマのお気に入りの場所の一つであり、マスターの淹れたコーヒーは絶品と言わざるを得ない代物だ。
エマは店内に足を踏み入れると、いつも座っている壁際の席に腰をかける。クラシック調の店内では個人のプライベートを守るかのように、静けさが保たれている。ここでなら、人の目を気にせず二人の時間を作れそうだった。
注文したコーヒーを一口飲んで、リリアーナが満足そうに頷く。
「うん、上品な味ですわね」
「でしょ? 良かったわ、気に入って頂いたようで」
自分の好きな物を褒めてもらえるというのは嬉しいことである。コーヒーのお供にケーキもプラスされて、充実したお茶会になりそうだ。
小さな口で甘い物を頬張るリリアーナは、目に入れても痛くないくらい愛おしい存在だ。この笑顔を独り占めにしたい。独占欲など抱いたことはないエマであったが、不思議と彼女に対してはそんな感情を持ってしまう。
一方でリリアーナもまた、目の前で美味しそうにコーヒーを嗜むエマのことを特別に想っていた。家族ではないのだけれど、少しでも離れていると彼女のことを考えてしまう。会えば、心が華やんでしまう。立場的にどうしても人の方から寄ってくることが多いのだが、彼女に対してだけは自ら関わりたいと感じている。
互いに心の内は明かさず、今はただ、幸せの一瞬を噛み締めているように見て取れる。
「私もここが気に入りましたわ。セシルの淹れた紅茶も好きですけど、たまにはここに来てコーヒーを飲むのも悪くないですわね」
(・・・・・・聞こえていますからね、姫様)
離れた席で同じコーヒーを頂いていたセシル。確かに美味しい。けれど、私の紅茶より美味しいことがございましょうか。いえ、断じてあり得ません! 白黒はっきりさせたい性格のセシルとしては、今すぐにどっちの方が美味しいか問い詰めたいところだったのだが、さすがにあの雰囲気の中には入っていくことは躊躇われた。
(・・・・・・まったくもう)
頬杖をつき、穏やかな表情を浮かべるセシル。
彼女もまた、今回の騒動で環境が大きく変わった一人である。
シュナイデルの監視下の元、逆らうことなど許されず、見えない鎖で雁字搦めにされていた彼女は、リリアーナの不利益になることをたくさんやってきた自覚がある。その上で毎日彼女の世話係を行い、時には親身になって接してきた。それがどれほどの心苦しさであったかは、誰にも分からないだろうし、分かってほしくもない。そんな中訪れたシュナイデルの突然の訃報。聞いた時は一瞬頭が真っ白になったし、実の父親の死を悼んだりもした。しかし、すぐに別の感情が彼女を支配する。
ーーああ、私は自由なんだ。
これまでは姫様を見る度に心が締め付けられるような感情になっていたセシルだが、今は純粋に彼女のために尽くしたいという思いがある。それこそ、ぽっと出の伯爵令嬢に負けるわけにはいかない。実のところ、エマに対して少しライバル意識を持ち始めたセシルであった。
(明日はうんと美味しい紅茶を提供させて頂きますね!)
後ろで盛り上がっている中、セシルは心密かにそんなことを思っていた。
カフェを出たエマ達が次に向かったのは、当たると評判の占いハウスだった。
連れてこられたリリアーナは、びっくりしたように目を見開く。
「・・・・・・もしかして」
「最近、本読んでますものね。占い、興味あるのでしょう?」
全てを見透かしたようにエマがにこっと笑う。
自分のことを見ていてくれているという嬉しさもそうだが、何より私のために興味ないであろう場所に一緒に足を運んでくれるエマの優しさが堪らなく心に響いた。嬉しさのあまり、つい腕を組んでしまうほどに。
「早速行きましょう!」
「ちょ、引っ張らないでください!」
店内は精々数名が入れるほどのこじんまりとした空間。テーブルを挟んだ向こうには、奇抜な紫のベリーダンスにフェイスベールを身に纏った占い師が既に席についている。
占い師は目の前に座った男女をじっと観察した上で、タロットカードをシャッフルし始める。
「今日は何を占いましょう?」
リリアーナはちらっとエマを見た上で、咳払いをしてから一言。
「私はクイーンナイトになれるでしょうか?」
「畏まりました。では、始めます」
特に深入りせず、占い師はカードの山を裏向きのまま片手で崩して横一列に展開する。
今から行われるのは、ワンオラクルと呼ばれるスプレッド法だ。1枚のタロットカードで占いの結果を出すことができるため、最もシンプルとされる手法の一つだった。
(こんな単純なので当たるのかしらね)
エマが半信半疑で見守る中、占い師が質問事項を念じながらカードをなぞっていく。そしてピンと来たカードを1枚選び、横からカードをめくって見せる。
選ばれたのは、中央に裸の女体が記された大胆なカードだった。
「これはどういう意味なのです?」
「これは『世界』。78枚の全カードの中で最も強く、最も良いとされるカードです。正位置としては目的の達成、念願の成就、完全、成功、名声といった意味がございます。このことからも貴女の願いは現実のものとなる可能性は高いでしょう」
エマがリリアーナの肩に手を置く。
嬉しさを隠しきれないのか、彼女の頬は緩み切っていた。
「良かったですね。未来は安泰そうですよ?」
「ええ、とても嬉しいわ!」
あくまでも占いとは思いつつ、こんなに喜んでくれるなら連れてきた甲斐があったというもの。目的が果たされたので立ちあがろうとするエマだったが、リリアーナが思わぬ一言を口にする。
「じゃあ、次はエマの番ですね」
「え、私はいいですよ!?」
「そんなこと言わずに。何か気になることくらいあるでしょう?」
そうは言われても、占いという不確かなものに一喜一憂するのは、何か乗せられているような気がしてあまり好きではない。
ただ、気になることというのであれば、そもそもこの占いがどれくらい的を得ているのかは気になるところではある。
顎に手をやっていたエマは、ふむと頷き、訝しむように占い師を挑発する。
「本来タロット占いというものは、イエスかノーで答えられる質問にするべきとお聞きしますが、貴女ほどの実力者であればどんなことだって占えるのでしょう?」
「問題ございませんよ。それで、何を占えばよろしいのですか?」
「私という人間はどういう人間なのかを教えてください」
「お安い御用です」
占い師は再び手のひらの上でカードを滑らせる。そして先ほど同様に裏面に並べられた中から一枚をピックアップする。
展開されたのは、太陽の絵が目を引くカードだった。
「こちらのカードの意味は?」
「これは『太陽』のカード。正位置としては幸運、成功、出世、生命力を意味しています。ただし、今回はそれに該当しません」
先ほどの『世界』のカードは占い師の方を向いていたが、今回の『太陽』のカードはエマ達側ーーつまり占い師からは反対向きとなっていた。この場合のパターンは正位置ではなく逆位置と言われ、大概が物事やメンタルの停滞を意味している。
そして何を隠そう太陽の逆位置というのがーー
「気の毒に。貴方、婚約破棄をされたのではないですか?」
ドキンと心臓が飛び跳ねる。
確かにエマは、リリアーナほどではないにしても、この国ではちょっとした有名人だ。占い云々の前に、エマのことを知ってさえいれば何とでも言うことは容易いだろう。だが今に関して言えば、エマは男装をしている男の子である。先ほどの広場での反応を見ても、正体が見破られる可能性は限りなく低い。にも関わらず、この占い師はピンポイントに「婚約破棄」というワードを出してきたのだ。
ベールの向こうから覗く目はまさに千里眼のようで、普段人の考えを見透かすのを得意とするエマが、今は自身が丸裸にされているような感覚に陥ってしまい恐怖感さえ覚えていた。
(どうやら本物と認めざるを得ないようね・・・・・・)
エマは一つ咳払いをして、体裁が悪いこの状況を早く乗り切ることにした。
「まぁ、そういうこともあったかもしれませんね。何となく貴女が有名な占い師である訳が分かった気がします」
「分かって頂けたなら何よりです」
エマとしては一刻も早く帰りたいところだったのだが、隣の王女様が全然帰る素振りを見せない。まだ何か聞きたいことでもあるの? と視線を向けると、彼女の口からとんでもない質問が飛び出すことにーー
「あの、私たちの相性を占ってもらっても良いですか?」