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第11話 王女様はからかいに弱い

 コンコン。

 ドアをノックされ、リリアーナが弾んだ声で応える。「失礼致します」と女性の声が返ってきたが、その実、服装は似ても似つかないもので、リリアーナは思わずドキッとしてしまう。


「お迎えに参りました」


 カフが大きく、ウエスト両脇から後ろ裾にかけてプリーツがたっぷりとたたまれているコート。そして腰が隠れるほどの長さのウエストコートに、ブリーチズのセット。それぞれ金糸や銀糸、多色の絹糸を用いて華やかな織り柄が施されている。

 髪もしっかり纏められており、王侯貴族の男性と見間違うほどに華美で豪奢な服装を披露したエマは、お淑やかに佇むリリアーナの前まで歩みを進める。

 地模様のカヌレ織に多彩の花束と毛皮柄が精巧に織り出されたドレスを身に纏ったリリアーナは、お淑やかなカーテシーで対応。エマはその手を取り、気の利いた一言を放つ。


「お綺麗ですよ、リリアーナ」


 頬を染める王女。相手が同性であると分かっていても胸の高鳴りが治らないのは、エマが性別を超えた魅力を醸し出しているからだろう。

 音を出そうとしない口を何度も開閉していると、見兼ねた侍女が割って入る。


「姫様、何かお応えになった方が宜しいかと」


 セシルの呆れを含んだ言葉で我に返ったのか、リリアーナが矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。


「お褒めに預かり光栄ですわ。エマもその、とてもお美しくってよ」


 そこは格好良いと褒めてもらいたかったのだが、使い慣れていないワードなだけに言うのは躊躇われたようだ。

 そんなところも可愛いと思いつつ、これ以上揶揄うと泣き出してしまいそうだ。セシルも勘弁してあげてくださいという表情をしており、エマは揚げ足を取ることを止めた。


「今日は楽しい一日になりそうですね。それでは参りましょうか」


 仲良く部屋を出る二人。

 城の表に用意された馬車に乗り込む際も、エマはもちろんレディーファーストを欠かさない。元々気配りが得意な彼女にとっては朝飯前の行動ではあるのだが、リリアーナとしてみれば、わざわざ私のためだけにやってくれているという特別感があった。だからか、彼女の口角が上がりっぱなしなのは。


「姫様、少し自重すべきでは・・・・・・」


 御者を任されたセシルが、ため息混じりに吐露する。 そんな緩み切った顔は街中で晒すわけにはいきませんよ、と暗に言っていたわけだが、それに気付かないリリアーナではない。指摘に対して不平不満は口にせず、背筋を伸ばすと同時に顔も引き締まっていた。


「それではセシル、お願いできますか」

「はい、畏まりました」


 昼下がりのこの時間、心地よい風が頬を撫で、気持ち良い日光が注いでいる。

 しばし、他愛もない会話を挟みながら、馬車は城下町へ進む。


「エマはその、何か欲しい物とかございまして?」


 唐突な質問だが、それの意味する所はすぐに分かった。どうやら隣の可愛い王女様は、自分に何か贈り物をしたいようだ。

 昔からこの手の質問を異性の、それも何とも思っていない男性から受けた場合は、絶対に用意できないような物を答えて、敢えて受け取らないようにしてきたエマ。それはモテるが故に、相手に可能性を感じさせてしまっては面倒臭いからであるのだが、今回は可愛い同性の王女様が相手だ。無碍にできないというよりは、むしろ光栄の極みというもの。年相応な少女として、お言葉に甘えようと彼女は決めた。


「そうですね・・・・・・特には無いですが、その人の気持ちがこもっている物であれば何でも嬉しいですよ」

「何でもですか?」

「ええ、何でもですわ。それが大切な人からの贈り物であれば尚更にね」


 期待していますわよ、と分かりやすく伝えたエマ。こうなると、お姉さんとしても、何かお返しを考えなければいけなくなってくる。リリアーナが好みそうな物は何だろうと物思いに耽っていると、ふとある出来事が近づいていることを思い出して話題に上げた。


「そう言えば、もうすぐ狩猟大会がありますね。もちろん参加するのでしょう?」

「当然です。これがクイーンナイツを目指すための第一歩となりますわ」


 狩猟大会。

 このキルティア王国で覇王剣舞祭と並ぶ二大行事のうちの一つである。

 覇王剣舞祭が純粋な武を競うイベントであるならば、狩猟大会はバランス力が物を言うイベントである。乗馬した参加者が、用意された魔物をどれだけ早く倒していくかを競うため、一概に男性が有利という訳でもない。昨年までは年齢制限で出場資格を得られていなかったリリアーナだが、満を持して今年は初陣ということになる。


「それは楽しみですわね」

「ええ。でも、それがどうかしたのですか?」

「いえ、何でもありませんよ」


 今言ってしまっては喜びも半減してしまうので、まだ秘密にしておこう。

 悪戯な笑みを見せるエマのことを不思議そうに見ていたリリアーナが、ゆくりなく感嘆する。


「改めて思いましたけど、エマってすごい綺麗な横顔してますよね」

「急にどうしたのですか?」

「いえ。エマは容姿端麗で人当たりも良いですから、さぞ殿方から人気があるのではないかと思いましてね」

「・・・・・・まぁ、否定はしませんけども」


 あまり謙遜しすぎるのも嫌味なので、本当のことを述べておく。ただ、異性から声をかけられることを喜ぶ者がいる一方で、エマはそういったアプローチを迷惑としか思っていない。もっと言ってしまえば、元婚約者のタイラーに関しても、政治的な絡みで一度は一緒になることを決意したが、そうでなければこちらから願い下げというのが本音だった。


「エマはこういった話はあまり得意ではなさそうですね」

「と言うより、あまり興味がないと言いますか・・・あいにく恋焦がれるという感情は持ち合わせていないのですよ」


 思春期の乙女からはかけ離れた思考をしているエマ。

 リリアーナとしては、自然と浮かんだ疑問を解消すべく、投げかける。


「では、エマが興味あることは何なのです?」

「・・・・・・そうですわね」


 凛々とした大きな瞳を隣に向け、花びらをくっつけたような艶やかな口がゆっくりと開く。


「貴女のことですかね」


 つんっと鼻先を触られ、耳まで真っ赤にするリリアーナ。それはどう意味ですの、と視線が問いかけており、説明責任を負ったエマは小悪魔的に笑う。


「誤解しないでください。そういう類の話ではなく、単純にリリアーナの行く末が気になっているだけですよ」

「行く末・・・・・・あ、ああ。そういうことですのね。すみません、私としたことが・・・・・・」


 恥ずかしさのあまり、扇子を扇いで顔の熱を冷ます。そんな純真無垢なリリアーナのことをずっと見ていたいと思ったのは内緒である。

 そうこうしているうちに、馬車は城下町に到着した。さて、ちょっとからかいすぎたので、お詫びに楽しいひとときを演出してあげようではありませんか。エマは行きましょうと、リリアーナの手を取った。

 


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