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第09話 ただ、大切な人のために

 シュナイデル率いる王国騎士団が闇オークション会場に攻め入ったのは、ちょうど入札発表が終わった直後のことだった。

 手始めに、闇ギルド界のエンペラーと名高いダグラスの首を刎ねた後、各ギルドの代表が血眼になって向かってきたわけだが、戦争慣れしている彼らからすれば、闇ギルドの連中がやっていることなど、所詮お遊び同然。シュナイデル軍はいとも簡単に制圧ーー無力化することに成功した。


「ーー団長! 闇ギルド員は全て捕らえました! 現在、建物内に人は残っておりません!」 


 部下からの報告を受け、シュナイデルは、剣を高々と掲げた。すると、剣先から天に向かって雷が伸びていき雷鳴が轟く。直後、稲妻ーー神の裁きが洋館に降り注いだ。

 赤く燃え上がる洋館。

 あっという間の制圧劇に、生け取りとされた闇ギルド員達は、シュナイデルの恐ろしさを肌で感じることとなった。



 激戦を繰り広げていたタイラーとジーク。全神経を目の前の相手に向けていた彼らもまた、洋館を直撃した稲妻を見て、緊張の糸が切れることになった。


「・・・・・・まさか騎士団長様が直々のお出ましとはな」


 ジークが呟くと、タイラーは一呼吸置いてから剣を鞘へ収めた。


「今日のところはここまでにしてやる。だが、今後も俺の前に立ちはだかるようなら、その時は容赦はしない」


 その言葉だけ残して、タイラーは騎士団と合流するためその場を後にした。



「・・・・・・容赦はしない、ねぇ」


 王族だろうが、奴は騎士団の一員でもある。礼儀知らずの歳下にはそのうちきちんとした躾が必要だろうと、改めてジークは思い及んでいた。


「ーージーク部隊長、ご無事でしたか!!」


 部下である男二人が合流し、ジークは手を上げて応える。


「ああ、特に問題ない。そちらはどうだ?」

「我々は大丈夫です」

「ですが、先ほど森を抜けた先で大きな落雷があったのが気がかりであります」


 嫌な予感がする。

 気づいた時にはジークはマントを翻して一目散に駆け出していた。




「ーーあなた正気?」


 エマの聞き間違いではなければ、眼前の大男はこう言った。俺は戻る、と。


「ああ。マルタをよろしく頼む」


 僅かに息を吹き返したマルタ。本来であれば治療のためいの一番に街に戻らなければならないはず。当然、シェフィールドもそうしたいのは山々だ。しかし、内臓が震えるほどの激しい怒りに取り憑かれた彼は、マルタをこんな目に合わせた相手に復讐しなければ気が済まなかった。


「相手はあのシュナイデルよ。こんな言い方したくないけど貴方に勝ち目があるとは思えなーー」


(・・・・・・待ちなさい、エマ・グレイセス。これは、残された最後のチャンスなのでは?)


「嬢ちゃん。何でもかんでも推測でものを言うのはよくないぜ。戦場では絶対なんて言葉は存在しないことを証明してやる」


(そうね、その通りだわ。これは今の貴方にしかできないことよ)


 決意に満ちた面持ちのシェフィールド対し、エマはある提案を行う。


「貴方に最後の依頼をします。シュナイデルの首を取りなさい。もし依頼を遂行することができれば、この子が貴族の養子として今後安全な生活を送れるよう保証しましょう」

「・・・・・・そんなことが出来るのか?」

「私は王女殿下の家臣です。また、次期国王候補のアルバレス公爵とも深い繋がりがあります。この程度の話は何の問題もございません」


 当初の作戦は失敗に終わった。仮にこのまま引き下がることになれば、シュナイデルは東の小国を統治した上に、闇ギルドを討伐した英雄として持て囃される。そうなれば、次期国王争いはチェックメイトである。

 今から盤上をひっくり返すことができるとすれば、それはシュナイデル自身がこの世から姿を消すこと以外他ない。暴論であることは分かっているが、一縷の望みを賭ける価値はあるとエマは判断していた。


「その言葉が聞けて安心した。そうか、そうか・・・・・・」


 辛い思いをさせてきたという自覚はある。本来であれば、国を背負う立場にあったはずの皇女だ。それが自分たちの国防力が乏しかったために、全てを失う羽目になった。だが、こうして罪滅ぼしをする機会がやってきた。ここでやらなければ、全てを託して死んでいった皇帝陛下に顔向けなど出来るはずもない。命を賭ける時が来たのだ。


「エマ・グレイセス、感謝するぞ! マルタが目覚めたら伝えてくれ! ーー愛していると!」


 一瞬きょとんとしたエマであったが、その言葉の意味するところを汲み取り、優しく頷く。


「・・・・・・分かったわ。思う存分暴れて来なさい!」


 背中を押されたように、シェフィールドが猛スピードで灼熱の洋館に向かって走り出した。その心臓の鼓動が途切れるまで、彼の足が止まることはないだろう。


(大切な人のためなら命すら惜しくない・・・・・・か)


 エマの頭の中には、リリアーナの顔がぼんやりとと浮かんでいた。


「ーーエマ嬢!」


 名前を呼ばれ振り返ると、そこにいたのはジーク隊の面々である。とりあえず、これで集合場所には全員集まったことになる。


「その子を運んでちょうだい。一刻を争うわ」

「分かりました。では、すぐに参りましょう」


 踏み出す前に、エマはもう一度だけ振り返って心の中で彼にエールを送った。


(後は頼んだわよ。亡国の英雄さん)




 雄叫びを上げ。

 道中拾い上げた薙刀を手に、男は走る。

 その体中の傷は数多のピンチを乗り越えてきた勲章であり、顔面の火傷は全てを失ったあの日に付けられたものだ。


 ーーあの日。

 シェフィールドは城の最終防衛ラインで皇帝とその家族を守護していた。もはや陥落まで時間の問題という中、彼だけは諦めることをしなかった。必死の抵抗を見せ、顔に大きな火傷を負いながらも、気付けば当時のキルティア王国の騎士団を半壊させていたのだ。

 だが、とうとうその時が来る。

 城に雪崩れ込むキルティア兵。死を覚悟した皇帝は、せめて生まれたばかりのこの子だけはと、シェフィールドにマルタを託した。


 ーーどうか、この子が笑える未来でありますように。


 皇后が最後に呟いた言葉は、今も頭の中にこびりついている。その願いを、自分はまだ果たせていない。果たせていないのだーー。


 獲物を狙う猛獣のように、シェフィールドがシュナイデルの前に躍り出た。周りには数人の兵士の姿もあった。


「ーーよお、温室育ちのボンボン。借りを返しに来たぞ」


 勇ましいその姿に、兵士たちは圧倒されている。しかし、中には臆していない者もいるようだ。


「わざわざ戻ってくるとはな。いいだろう、この俺が相手をしてやる」


 剣を抜こうとするタイラー。

 シュナイデルは、強めの口調で嗜めた。


「死にたくなければ下がってろ」


 本能的に感じ取ったのだろう。こいつの相手は俺であると。

 シュナイデルは鞘から剣を豪快に抜き、その切先をシェフィールドへ向けた。


「五体満足で死ねると思うなよ」

「大した自信だ。血は争えねぇな」

「なに?」

「お前ん所の国王には随分世話になった。悪いが、親の罪は子の罪だ。ここでギャレス5000万人の積年の恨み、晴らさせてもらう」

「・・・・・・なるほど。道理で無様な顔をしているわけだ。喜べ、ギャレスの怨念め。この俺が成仏してくれる」


 最強と最恐の争いが今、始まろうとしていた。



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