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プロローグ

 エマ・グレイセス。キルティア王国の南西、アイベリック地方を治める父ビクトール・グレイセスと夫人ナナリー・グレイセスの間に生まれた長女であり、歴とした伯爵令嬢である。

 頭が切れるのは経営に秀でた父譲り、誰もが羨む美貌は絶世の美女と謳われた母譲りであろう。その上、世渡りも上手ときた。社交界でも一目置かれる存在なのは至極当然のことだった。


 そんな彼女には、去年婚約した男性がいる。王位継承権第12位のタイラー・フィリップスだ。優しくて背が高く、それでいて男前。グレイセス家の人間が王室入りする事実に父と母は泣いて喜んだが、エマは複雑な心境だった。王族とは言え、彼は所詮国王の姪孫という立場で王位を継ぐレースからは逸脱している。何故自分ほどの能力を持った人間が、そのようなつまらないお方の側で生涯尽くさなければならないのか。考えれば考えるほど、ため息が溢れる日々である。


 そうした中で、エマはある時決心する。


(こうなったら私の力でタイラーの王位継承権を引き上げるしかない!)


 この国には「王族こそ強くあれ」という風習がある。歴代国王を見てもそれは一目瞭然であり、騎士団長は常に王族が担ってきている。つまり剣で名声を上げること、それすなわち王位継承も夢ではないということ。そうなれば、自分は晴れて王妃である。


 幸い、タイラーには剣を振るう能力はあった。毎年行われている最強の剣士を決める大会ーー覇王剣舞祭ではベスト16に顔を並べることもあるくらいで、実力は折り紙付き。

 だが、エマは冷静に物事を分析できる女性だ。普通にやってもタイラーが覇王剣舞祭で優勝することは万に一つもないと推測していた。


(かくなる上は・・・!)


 早々に正攻法を諦めたエマは、あの手この手でタイラーにとって都合が悪い不安因子を取り除き続けた。その甲斐あり、タイラーは先日行われた覇王剣舞祭で見事優勝を果たすことになった。


 今日は、そんなタイラーの優勝を祝う祝賀会である。


 ーーここは王宮にある大会食の間。グラスを持ったエマは、透明感あるプラチナブロンドの髪を靡かせながら、先ほどから要人達へ挨拶回りをしている。流石というべきか、疲れた顔は一つも見せない丁寧な対応に大人達は舌を巻くばかりである。


(さて、そろそろかしらね)


 ひとしきり挨拶も終えた頃、フロアの明かりが一斉に消えた。直後、用意された壇上にスポットライトが照らされる。


「皆様、長らくお待たせ致しました。本日の主役、タイラー・フィリップス殿下の入場です!」


 バルベルト侯爵の高らかなアナウンスで、タイラーが堂々とした佇まいで登壇する。会場は拍手の渦に包まれ、誰もが羨望の眼差しを送っている。


「皆様、本日はお集まり頂き、誠に感謝致します。第198回覇王剣舞祭優勝者、タイラー・フィリップスです。率直に、まさか自分がこのような栄誉を手にすることになるとは思ってもいませんでした。これもひとえに、皆様の応援があったからこそです。これからも王族として恥じぬよう、この国の発展のため尽力して参る所存です。どうぞ皆様、末長くよろしくお願い申し上げます」


(滔々と話す所作は自信の表れ。覇王剣舞祭での結果が彼に大きな自信を与えたようね)


 エマが思案している中、バルベルト侯爵が司会進行を続ける。


「殿下、素晴らしいお言葉ありがとうございます。さて、先の覇王剣舞祭の結果を受け、殿下の王位継承権の序列が変更されましたのでご報告させて頂きます」


(来た!)


 バルベルト侯爵は一度咳払いをしてから、厳かに言葉を紡いだ。


「タイラー・フィリップスの王位継承権を第8位に格上げする。また、それに伴う影響については後日発表とする。以上、国王様より承っております」


 鳴り止まぬ賞賛がタイラーへ注がれ、エマはしたり顔だ。全てが計算通り、そう彼女は思ったに違いない。だが、この先の展開については、先見の明を待つエマさえも予想できなかったことだったーー


「続きまして、殿下よりご報告がございます。それでは殿下、よろしくお願い致します」


(ご報告? 何かしら)


 会釈をし、タイラーが一歩前へ出た。


「皆様にこの場をお借りして、我が婚約者についてご紹介させて頂きたいと思います」


 何も聞かされていなかったエマは驚いた。ただ、いつでも人前に出られるように準備はしていたので、慌てる素振りは一切見せない。


(いつでもどうぞ)


「それではご紹介します。我が婚約者のーー」


 タイラーが手を前に出し、エマの元に視線が集まる。お披露目会なるものは今回が初めてだが、彼女がタイラーの婚約者であることは、ここにいる貴族の人間であれば誰もが知るところである。

 当然、本人もそのつもりで待ち構えていたのだがーー


「アリシア侯爵令嬢です!!」


 はしばみ色の大きな瞳をさらに見開くエマ。

 絞られた照明が照らし出していたのは自分ではなく、現在司会を務めるバルベルト侯爵の三女ーーアリシアだったのだ。しかも、アリシアとは同い年で幼き頃から交流のある間柄。言わば友垣と呼べる存在。


(これは、何かの間違いよ・・・!)


 瞬時にそのように推測したエマは、恥も知らずに壇上に向かって大きな声を発する。


「おそれながら殿下! 殿下の婚約者は、このエマ・グレイセスと存じます!」


 タイラーの視線がすっとエマに移る。蔑むように見下ろされ、エマの心臓がドクンと嫌な音を立てる。


「エマ伯爵令嬢。其方との婚約は解消する」


 そのたった一言の破壊力があまりにも大きすぎて、エマの口がわなわなと震える。周りからも同情の目を向けられているのが痛いくらい分かった。それでも、はいそうですかとこの場を引き下がることなど出来ようもなかった。


「それはさすがに身勝手というものではありませんか? 第一、婚約を解消するだなんて、殿下の一存で決められることでもないでしょう」

「エマ伯爵令嬢。これは、国王陛下の意思でもあるのだよ」


 突き返された言葉の意味は理解するに容易い。大方、タイラーが想定以上の実力を示したことで、彼に見合う女性が再考されたのだろう。つまりエマは王位継承権第5位の婚約者としては相応しくないということを暗に伝えられていたのである。


「殿下、あんまりではありませんか! 私があなたのためにどれだけのことをしーー」


 つい口を衝いて出てしまったが、途中で何とか踏み止まったエマ。その先を話すことで、自分が不利になることは目に見えていたからだ。


「・・・どれだけの、なんだ?」

「い、いえ、何でもございません・・・」


 タイラーに気圧され、エマは黙り込んでしまった。これ以上は不毛な争いになることを察知したようだ。

 絶望感が身体を駆け巡り、恥辱に押しつぶされそうになるエマ。

 そんなことは露知らず、タイラーは壇上にアリシアを登壇させ、手の甲にキスをする。

 再び、会場からは拍手喝采が沸き起こったが、エマの耳には届かない。


(とんだピエロね・・・)

 

 目尻から溢れそうになる涙を必死に抑え、彼女は会場を後にする。その小さな後ろ姿を、気にかけて見ている者など誰もいやしなかった。



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