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オモイカネ ~ハイスペッカーが奏でる権謀術数駁論~  作者: 琥珀 大和


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第99話

証拠がなければ神頼みで罪を裁くなど、現代からすれば考えられない手法だ。


しかし、それだけ神や教会は公正で力を持っていると思われていた。


証拠不十分な場合の多くは当事者の評判や身分、信仰心の高さなどで判断されるのだが、時代背景を考えれば公平さなど微塵もないものである。


そこには人の裁量が影響するだろう。


便宜をはかってもらうためにお布施という名の賄賂が横行し、権威を持つ者が犯罪を行っても裁きを受けないよう取り計らうなど、欲や打算に塗れた無法地帯にもなり得るものだ。


「裁判所か···人族の悪しき慣習に思えるがな。」


マイグリンの言う通りだろう。


もちろん、人族の裁判は神判ばかりではない。


地域や民族などによって様々な審議を行っているというのは、法制史を紐解けば前世の歴史もこちらの世界も同じである。


しかし、一神の権威が強い、すなわちひとつの宗教が強く根づいている地域では神判が最良とされているのだ。


余談だが、俺が最初に拘束されたときのようなケースは運が良かったといえる。


領主代行としてのユーグの権威と、この世界では他に見ることのない物品が盗難されたこと、そして俺が黒髪黒目の賢者らしき容姿をしていたのが簡易的な裁決を促したのである。


ただ、帝国に関してはこういった慣習はあてはまらない。


魔族やドワーフなどはそれぞれに崇拝する神が異なる。そして宗教として布教されるのではなく、個々の家庭で当然のごとく信仰することが当たり前と教えられるのだ。


「神判という人の意思が介在するような裁判を模倣するわけではありません。罪を犯せば刑法、民事で契約を不履行にすれば民法による規定を定め、それを基に裁くとすれば少なくとも一定の公平性を保てるでしょう。」


事件の調査には力を入れる必要があるが、刑事罰には懲役や罰金刑、執行猶予などを当てはめる必要は今のところない。


それらは再犯の恐れが出る。


犯罪者の人権に関してはある程度配慮する必要はあるのだが、それに最初からこだわれば必要な予算やこの提案に異議を唱える者は少なくないだろう。


それに、俺自身が保釈された者に命を奪われたのだ。可能な限り冤罪や身分などによる不正裁決を回避し、犯罪者にはしっかりと償ってもらう必要があると感じている。


ただ、国として安定し、潤沢な予算が捻出できればもっと細かな内容を議論してリファインする必要はあるだろう。


「人員と予算、それに知識を得る手段がいるな。」


「その辺りは詳細を詰めなければなりませんね。裁判には大きく分けてふたつの制度があります。それが完全なものかどうかはともかくとして、それを参考にするのもよいかと思います。」


「ふたつ?」


「ええ。ベンチ・トライアルと陪審員制です。ベンチ・トライアルは裁判官たちがすべてを裁決するもの、陪審員制は無作為に選んだ者が判決や事実認定を行うものですが、そこに身分の格差が影響する可能性はありますね。」


封建制度では陪審員制度は難しい。


貴族などが陪審員になると、派閥や対抗勢力が裁判で政争を演じる可能性がある。また、逆に貴族が裁かれるケースでは、裁判所以外のところで様々な圧力を加えられてしまう。


「そうだな。そのベンチ・トライアルという制度の方が現実的だ。しかし、裁判を仕切る者は清廉潔白で思考に偏りがないことが絶対条件となるだろう。それに、事案の裏付けをとるための人員も相当な数が必要になる。この件に関しては治安維持のことと合わせてしっかりと協議しよう。」


裁判や警察組織も含めた司法の仕組みを構築するためには、かなりの議論が必要かもしれない。


しかし、この件は国を興すタイミングで並行して取り組まなければならない重要事項だといえた。


「そうですね。後回しにはできませんが、まずは潤沢な予算を得るための方策が最重要なのは変わりません。そのことも盛り込んで王国との会談に臨めれば一番良いのですが。」


「ふむ、そうだな。共同でできる事業案などがあれば提案してみよう。もちろん、相手の出方をうかがって友好的かどうかを確かめる必要があるだろうが。」


「その辺りは提案次第で乗ってくるかと思います。ただ、王国も一部の貴族が腐敗していると聞いていますので、大使として迎える者と共同で事業を担う担当者は安易に選ばすわけにはいきません。」


非常に難しい問題である。


共にこちらに人選権はない。


となると、最低限の条件を提示して、まともな人選をしてもらうよう誘導するのが適切だろう。


「王国側に信頼のおける者はいるのか?」


「そうですね。私がお世話になったアヴェーヌ公爵家の三男が信頼できるかと。」


俺はユーグの事情を説明した。


「ほう、気骨のある人物のようだな。さすがアヴェーヌ公爵の息子といった感じか。」


「ただ、彼は現在領主代行として納めている地を離れないかもしれません。その都市が衰退から繁栄へと転換する確証が出ればその限りではないかと思いますが。」


ユーグを引き立てることで、こちらにとっても動きやすくなるのは間違いない。何らかの策を講じてみる必要がありそうだった。




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