第94話
「先に探索に入った者からはスライムが出るとの報告はなかったにゃ。」
小隊長の話を聞くと、スライムを捕食する魔物が討伐されたために出て来たのかもしれない。
ナメクジやカタツムリを好んで食べるコウガイビルという虫がいる。また、鳥なども捕食者といえるので、その種の魔物がいたのだろうと想像した。
「確認したところ、他には見当たらないようですにゃ。活動中にまた出てくるようならお湯で退治するにゃ。」
獣人たちはやはりラベンダーの臭いが苦手のようだったため、俺は残ったものを使用せずに万一に備えておくことにした。
ラベンダーの液状のものはいろいろと利用価値がある。残ったとしても持ち帰ってから活用すればいいだろう。
「スライム退治にお湯が絶大な効果を発揮するとは初めて知りました。」
ビジェが素直な感想を述べた。
「突発的な遭遇だと準備できないけどね。食事のためにスープがあったのが幸いした。」
洞窟の中だとみんなの食欲が減退するのか、余っていてよかった。
しかし、冒険者がダンジョンを探索するというのは、いろんな意味で寿命を縮めそうだなと考えてしまう。
魔物に襲われるのは当然として、細菌や寄生虫など様々な危険に身を晒すことになる。
俺は冒険者にはあまりなりたくないなと思った。
場所はすでに叡智の土牢の最奥である。
ナメクジ···スライムに襲撃された所からすぐ先に間口の小さな通路がつながっていた。
そこから先に進むと周囲とはアンバランスな意匠を見せる鉄の扉が見えてくる。
経年を考えると赤く錆びていないのが気になった。
「この扉は最初からここにあったのですか?」
「そうにゃ。普通の鉄と違うのか、随分と前からあるはずなのに錆びてないのにゃ。」
小隊長ではなく、別の猫獣人が答えた。
先にこのダンジョンを探索した先遣隊のメンバーだ。やはり語尾ににゃにゃと入るので癖になりそうだ。
因みに彼は兵士ではなく、ダンジョン探索をメインにこなす冒険者らしい。
「少しこの扉を調べてもかまいませんか?すぐに終わると思います。」
俺は小隊長に了承を得てから扉を目視確認する。
すぐに素材が何かを理解した。
「驚いたな。これ、ニッケルだ。」
ニッケルはレアメタルの一種である。
とはいってもそこまで価値の高いものではない。
日本の五十円玉やアメリカの5セント硬貨に銅との合金として使用されており、前世ではそれなりに身近なものである。アメリカでは5セント硬貨をニッケルと呼ぶくらい日常的なものに違いない。
ただ、前世で発見されたのは1700年代半ば、当然のことだが加工法はそれ以降に成立した。銀白色で光を反射して輝くため装飾用のメッキとして用いられる。耐食性が高く海水に対しても腐食しにくい。
「ソー、これは錆びないのか?」
「絶対に錆びないわけではありませんが、かなり腐食に強い素材です。銅など様々な金属と合金にして用いると使用用途は幅広いですね。」
チタンと一対一で合わせると形状記憶合金になったり、電気自動車のバッテリーとしても用いられるほど汎用性は高い。
「これ···使えそうなのか?」
ブローナンヴィルは目をキラキラとさせながら扉の表面を覗き込んでいた。
「鉱山があれば可能でしょうが問題はあります。どこにでもある鉱石ではありませんし、毒性もあるので加工には細心の注意が必要です。」
ニッケルは限られた地域でしかとれない。それに加工時に吐き気や不眠症、呼吸器障害といった中毒に陥ることがある。
「そうか、錆びないのが魅力なんだがな···」
ブローナンヴィルの気持ちはわかる。
しかし、現状の技術では装飾品くらいにしか使えないだろう。
「とりあえず中に入りましょうか。」
まだ扉をじっくりと見ているブローナンヴィルを促して中に入った。
予想以上にきれいな空間である。
洞窟の中になるため隅々まで灯りが届くわけではないが、見える範囲に塵や埃が溜まった様子がない、
「先遣隊が掃除でもしたのですか?」
誰ともなしにそう聞いてみた。
「いや、この部屋には魔道具が置かれている。状態を保存するための術式が組み込まれているようだ。」
ブローナンヴィルが答えてくれた。
「そんな便利なものがあるんですか?」
「ああ。とは言っても、俺たちには扱えない代物だ。ロストテクノロジーというやつだ。」
ロストテクノロジーか。
ローマンコンクリートのようなものだ。
「賢者は魔法を使えないのでは?」
魔道具には魔力が必要となるはずだった。
「そうだな。だが、古代の魔法士や魔巧技士が残したものだろう。特にメンテナンスを必要としないものだから、ここにいた賢者がどこからか持ち込んだのだろう。」
「動力は何を使っているんですか?」
「周囲にある魔力を勝手に取り込んでいるのさ。」
素直にすごい技術だと思った。




