第90話
「ドライフルーツと発酵乳の組み合わせで乳酸菌や食物繊維も取りやすいから、朝食や軽食として普及させるならそれだな。それにドライフルーツは保存食としても使える。」
ドライフルーツという言葉にビジェが反応した。
「ドライフルーツですか。ベリーやイチゴ、それにリンゴなどを二日ほど干してよく作りました。あれおいしいですよね。」
「うん。ドライフルーツは料理のアクセントにも使えるからぜひ特産にしたいね。そういえば、ビジェはニンジンとかをよくかじったりはしなかった?」
思いつきだが、確かノルウェー辺りだと生のニンジンをスナックとして食べることも多かったと記憶している。殺戮ウサギだからでは決してない。
「街ではよく食べますよ。出店で売られているので小腹が空いたらみんなが買います。」
やはりそうか。
ビジェの故郷はスカンジナビアに近い地域性なのだろう。
時代や文化でいうと中世ヨーロッパに近いものだが、今いる場所は地形的にヨーロッパとは非なるものだ。
地中海のような内海は所々にあるそうだが、東西南北の海岸線がほぼ等しい距離にある大陸といっていいらしい。
帝国はその北西部に位置しており、南側は内海で区切られている。
もともとはその領域にもっと多くの国が存在したのだが、それらが侵攻してきたために終戦後に帝国に吸収された状況だ。
マイグリンが治めることになった地域は、新たな帝国領の東側から南部にかけた逆L字形をしている。今いるのはそのちょうど南北の中間辺りだといっていいだろう。
王国はさらに東に位置し、ユーグがいる領地はその北側にある。真東には王国の辺境伯領が存在するため、そちらには新たな領主として近日中にマイグリンが挨拶に出向く予定だそうだ。
国境を挟んで隣り合わせになる地域の領主とは、それなりの関係を築く必要もあるのだから当然のことだろう。
まあ、俺には直接関係のない話だ。
そういえばニンジンの話だったな。
ニンジンは前世でも東洋ニンジンと西洋ニンジンに別れていたが、古くから世界中で薬や食用とされてきた。ヨーロッパでは15世紀頃には浸透していた野菜だ。
「ニンジンか。雑草の処理や病虫害などいろいろと手間はかかるけど、作物としては魅力的だな。」
王国ではあまり見なかった。
こちらでもまだ食材としては見ていない。
「そうですね。暑さに弱いとは聞きますが、食べ応えもありますし加熱すると甘くておいしいです。」
ニンジンは暑さに弱いが、その分涼しいところでの栽培に適している。
春から夏はコーン、秋から冬はニンジンといった感じだろうか。あとは麦や雨の多い地域では蕎麦の大規模栽培を考えてみるのもいいかもしれない。
酪農に関しては羊がメインのようだ。中世のヨーロッパもそうだが、牛はコストが高いため食用としてあまり育てられていない。
チーズもヤギや羊の乳を使用して作る方が一般的だそうで、牛は力仕事に駆り出される労力という認識が強いようだ。その副産物で牛乳が少量ではあるが出回っている。
そういった背景から岩場の多い地域ではヤギ、それ以外では羊の乳が市場に出されてチーズなどに加工されているとのことだった。飲料として考えると、牛とヤギの乳はあっさりだが羊は脂肪分が多くて濃厚な味がする。
因みに、ヤギや羊の家畜としての歴史はかなり古い。ヤギは険しい地形や粗食にも耐え、羊は毛と脂肪が乾燥地帯で暮らす遊牧民には貴重なものだったからだそうだ。
こういったところは前世とほとんど同じ内容だったりするので理解しやすかった。
翌日からさらに細かい協議を重ね、各プロジェクトの人員配置を決めていく。
具体的な作業手順については各チームごとで共有するため、それぞれ数時間のレクチャーを行うことが決定した。
ここで頭角を表したのは、やはり予想通りのエルフとドワーフだ。
彼らは独自に培った多くの知識や実務経験を有している。俺が話す内容を直ぐに理解したため、全員に共有しやすいように図面を起こす段階へと早期に移行することができたのである。
ただ、すべてが順調だとはいえなかった。こちらも想定していたことではあるが、軍務関係にある獣人や魔族は脳筋な者が多く、課題を出し細かな軌道修正を入れなければ突っ走ってしまう傾向にあったのだ。
また、獣人と魔族ではどちらが強いなどという張合いまで見せられてしまったため、進む話も停滞することが多かった。
たまにマイグリンやエフィルロスが様子を見に来て注意をしてくれるのだが、「ですが···」「いや、しかし···」などといってなかなかまとまらないのである。
「私が叩きのめしましょうか?」
護衛としてずっと傍にいたビジェも、さすがに呆れかえってそんなことを言い出した。
ここでビジェが彼らに教育的指導を施しても、「やはり殺戮ウサギは強かった」で終わってしまうだろう。




