第88話
少し内容が異なるが、頭に公式を記憶している数学に長けた者とそうでない者の差のようなものだろうか。
数学も複雑な公式を覚えるにはセンスがいる。苦手意識があったり、ただ記憶しようとするだけでは理解が追いつかないからだ。
「まあ、そんな単純なものでもないか。」
魔力量や育った環境でも左右されそうだと思いつつ、次の項をめくっていく。
魔力ゼロの俺が魔法のことをあれこれ調べるのは単なる知識欲に過ぎないのだが、可能なら誰かに講義を受けてみたいところである。実際に使えないのなら、その講師役に労力をかけるだけなのでなかなかそうは言えないのだが。
さらに文字に目を走らせて次々にページを進んでいく。
最後の方でまた興味深い記述を発見した。
シャーナと賢者についての記載だ。
ただ、全般的に内容が薄い。
シャーナ人の起源は謎であると最後に締めくくられているのを見てがっかりしただけだった。
「全般的にあんまりだな。」
百科事典だから仕方がない。
専門書とは違い、百科事典はわからないことや調べたいことが明確でない時に使うものだ。個人的には専門書に至るためのindexだと思っている。
一息つきたいと思ったので、チコリコーヒーを入れるためにキッチンへと向かった。
お湯を沸かしているとビジェがやってきた。
「コーヒーはどう?」
「ありがとう。いただきます。」
ビジェは昼間にシロップやミルクを入れていたが、夜だからとブラックで飲むと言ってきた。
理由を聞くと、「体に余分なお肉がつくと動きのキレが悪くなるから」と答えてくる。
ダイエットではなく、戦闘のためというのが殺戮ウサギらしい。前世のアスリートと同じ感じかなと思った。
「そういえば、エルフの人たちって体の締まった人が多いよね。何か秘訣があるの?」
種族特性で太らないというのなら、先ほどの発言は出ないだろう。
「そうですね。基本的にエルフは野菜をよく食べるからだと思います。他の人種は肉に偏重しているか、人族の一般民のように穀物ばかりといった食生活だと聞きますし。」
「バランスの良い食事というわけだね。」
「運動量が多いというのもあるでしょうね。エルフは基本的に大自然の中で生活する者が多いですし、歩く速度も速いですから。あと、蜂蜜酒はよく飲みますが、それ以外のお酒や脂身の多い獣肉はあまり食べません。」
習慣や文化の違いでそれとなくいい生活習慣ができあがっているということか。確かにお腹周りがぽってりとしたメタボエルフなんかは見ないよな。
「エルフの人たちは肌もきれいだけど、それも食生活によるものかな?」
エルフの容姿は前世のイメージ通りなのだが、その理由のひとつとして肌が驚くほどきれいなことがある。ビジェなど透き通るような肌をしているのにそばかすやシミなど一切なかったりするのだ。
肌の色とは環境に応じて変わるものだ。紫外線がキツい所ほど浅黒くなったりする。
「どうでしょうか。あまり気にしていませんでした。」
「辛いものをよく食べるとか?」
「確かによく食べますね。食料の保存や虫除けのためにも使いますし、私たちアイスエルフは寒い地域に住んでいるので体を温めるためにピメンをそのままかじることもあります。」
ピメンというのは唐辛子のことだ。
日本語ならピーマンと勘違いしそうだが、フランス語では唐辛子をピマンという。この辺りではピメンと呼んでいるそうだ。
因みに、唐辛子は熱い地域が原産だが、かなり古い時代から世界中に広がっている。ただ、熱い地域のものほど辛いというのが常識で、辛さを感じないパプリカもその一種なのだ。
唐辛子は胡椒の代わりに使われたりすることも多く調味料や食材、食品の保存用にと大活躍の食材である。
「この辺りではあまり食べないのかな?」
「獣人が辛いものが苦手なのだそうですよ。腹痛や下痢になるとか。」
犬や猫に辛いものはご法度である。
獣人もその傾向にあるということだ。
「そうか。唐辛子はいろんなことに使えるから少し考えてみよう。美容や健康にも良いからね。」
「健康に良いのは何となくわかりますが、美容ですか。まさか顔に塗るとか···」
「それはダメでしょう。」
ビジェはたまに天然ボケをカマしてくれる。
「体が温かくなるからですか?」
唐辛子に含まれるカプサイシンは、肌の保湿や油分のバランスを保って乾燥やべとつきを防いで美肌の状態を保つのだそうだ。
「そうだね。肌をきれいに保つ成分があるみたい。でも、エルフの場合はそれ以外にも秘訣がありそうかな。」
唐辛子をよく食べる韓国の人は美白で肌がきれいという印象がある。
確かにその効果はあるだろうが、厳密にいえばキムチに含まれている乳酸菌の効果も高く、また日焼け止めクリームやスキンケアをうまく使ったり、プライベートでは化粧をしないなどいろいろとあるそうだ。