第61話
「戦争になった理由はなんとなく聞いています。帝国側ではなく、周辺諸国が侵攻を始めたことが理由だとか。」
魔族を蛮族という者もいるが、今回の戦争の発端は少なくとも帝国の資源を欲した周辺の国々が実力行使で奪おうとしたものだと聞いている。
「そうだ。それ以前にもいろいろと小競り合いはあった。そのほとんどが帝国に住む者への略奪や人攫いといったものが原因だ。魔族も含め亜人といわれる種族はずっと人族に嫌な思いをさせられてきた。ただ、俺たちみたいに昔から帝国領に住む人族に対しては差別することもなかったし、戦争で死にかけた者を救ってくれたことも少なくない。俺が知る限り、快楽や欲望のために他人を傷つける行為をするのは人族が一番多い。」
「なるほど。それで、あなたは私が帝国に必要とされた理由についてはご存知なのでしょうか?」
「それは知らない。俺たちはただあんたを無事に連れて来いと言われただけだからな。」
今はあまり考えを巡らせても仕方がないのかもしれない。
ただ、帝国にとって俺が戦争を起こすための道具ではないということだけがわかった。あとは実際に会ってから真意を確かめるしかないだろう。
「あなた方に依頼した人のことを聞いてもかまいませんか?」
「そうだな。その人はこの国境に近い地域を新たな国として治める予定だ。帝国のトップの血縁者だと言っておこう。」
帝国のトップの血縁者というと、帝位継承者やその候補ということだろうか。
「帝位継承者ということでしょうか?」
「いや、この国の帝位というのは世襲制ではないから違うと思う。俺も詳しくは知らないが、帝国というのは様々な種族がそれぞれに国をつくり、それがひとつのルールのもとに集まっている集合体だそうだ。帝位はその各国が推薦した者たちの中から、最終的にひとりを選んで決めると聞いている。」
帝国というと強い響きがある。複数の国家を力で治めて支配するというイメージが先行するのだが、帝位が世襲制ではなく、治める国々が選出した者を置くというのであれば連邦や合衆国、共和制に近いのかもしれない。
前世でいう帝国とは、いずれも帝国主義に基づいた国家だといえる。帝国主義はインペリアズムとも呼ばれ、政治や軍事などあらゆる手段を用いて他国や他種族を侵略、支配するものをいう。その根底には自国の勢力拡大があり、帝位を持つものは神に近い存在とも比喩されるのだ。
しかし、聞いている話ではそのインペリアズムとは少し趣きが異なるようである。長きに渡る戦争で能力がある指揮官を帝王と定めてそうなったのか、もともと帝国という呼称がそういった意味で使われたのかはわからない。詳細はまだ不明だがアメリカやスイス、ドイツなどの連合国家に近い形式なのかもしれなかった。
帝国内の各国家が独自で自治を行い、帝位が選出制ならば思っていたよりも柔軟な思考で民主制国家に近いとも思えた。
「そろそろ合流地点だ。」
結構な距離を歩いた。
国境を越えてから、体感では10kmは移動したように思う。
眼前に小高い丘があり、やがてそちらに複数の人影が現れた。
「ああ、そうだ。たぶん洗礼を受けると思うが、気を悪くしないでくれと伝言を受けている。」
「洗礼ですか?」
横を歩いていたバンザからよくわからないことを言われた。
「あちらというより、その人にとっては必要なことらしい。」
意味がよくわからなかった。ただ、どう対応すべきかは聞いておいた方がいいだろう。
「何をされるのでしょうか?」
「ん~、たぶんケンカを売られんじゃないかな。」
「はい?」
「倒せるならそうすればいいし、無理そうなら早めに降参したらいい。命を奪うつもりでも、悪気があってそうするわけでもないとだけ言っておくよ。」
···魔族とは初対面の相手に対してそうするのが掟だったりするのだろうか。
「剣で斬りかかられたりするのですか?」
「いや、それはない。素手だと聞いている。」
苦笑いのようなものを浮かべながらそう言われた。拒否権がない状態でこちらに来ることに同意して連れて来られたのにひどい扱いだなと思った。
客観的に考えれば、武力をはかる意図があるようにも思うが、もしかしてこういったところが蛮族といわれる所以じゃなかろうか。
「遅かったな。」
「途中でいろいろとあったので。」
バンザと背の高い魔族がそんな会話を始めた。
ここで待ち受けていたのは総勢5名。全員が浅黒い肌に銀髪、そして紅い瞳をしていた。ファンタジーで見るようなエルフと同様に耳がやや尖っている。美形揃いかといわれればそうかもしれない。印象的には肌が小麦色に近い北欧系の顔立ちといったところか。
「あなたが賢者ソーね?」
魔族の中の唯一の女性が話しかけてきた。
年齢は10代後半だろうか。童顔美人といった感じで、強すぎないやわらかな印象の顔立ちをしている。肌と髪色を無視すれば、東欧スロバキアの天使系美女といったルックスだった。