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第51話

「そうだ。なぜソーの存在を帝国が知っているのかはわからないが、和平条約の前提として賢者を寄越せと言ってきた。」


「·····················。」


そもそも本物の賢者ではないのだが、これはかなり厄介なことではないだろうか。


俺の身柄を欲しがる理由はわからないが、魔族は総じて蛮族のような存在だといわれている。そこに俺が連れて行かれて何をさせる気なのか。


あまり身の危険は感じない。


俺に危害を加えるのが目的で和平交渉に話を織り込むなど、回りくど過ぎるし条件が些末過ぎて意味がわからない。


戦争で瀕死となった経済の立て直し、今後の統治への助役的な存在として欲しがられているのだろうか。


だが、接点がない魔族や帝国が欲しがるほど俺は有名ではないはずだ。誰かがこの土地で行っていることを情報として漏らしたのか、それとも本物の賢者と交流がありその恩恵を受けていたのかもしれない。


ふと、視線が集中しているのを感じて部屋にいる者の顔をひとりひとり見ていった。全員が沈痛な面持ちでいる。


そうか。


この人たちは国の平和を守るために、俺に人身御供になれと言っているのだと初めて気がついた。


確かにそうだ。帝国の力を考えれば、和平条約はこの国のためにぜひとも締結したい案件だろう。王家なら直系を人質として嫁がせるような内容である。


「ソーの怒りや不安は理解している。この都市のために尽力してくれたことや、今後の展開まで整えてくれた。我々にとって恩人でもある。そんな君を···」


ユーグは目を真っ赤にしていた。


握った拳は小刻みに震えている。ティファもそれは同じだった。


そうか。


俺はいつの間にか、こんな風に心配してくれる友人を得ていたようだ。


「巻き込んで申し訳ないと思う。君は今後の我が国にとっても必要な人材だと考えていた。しかし、このような事態になったことは私の力不足でもある。」


さすがに公爵は冷静だったが、高圧的に命令として下したりしないところはさすがだった。


王家や国政の中心となる貴族たちにとって、俺のような存在は大して重要なものではない。そもそもが面識もなく、名前を聞いても誰も知らない一庶民なのだ。


帝国からの条件はむしろ歓迎すべきものだろう。


「王女などが帝国に嫁ぐ必要はないのですね?」


「王女殿下はまだ幼い。それに彼らからすると、王家の血を引いていようが普通の人族を王宮に入れるのはまだ避けたいようだ。」


「それは戦争相手が人族だったからということでしょうか?」


「それもあるだろう。それに、子を授かりにくいというのもあるかもしれない。」


公爵は言葉を選びながら返答してきた。


それについても何かの文献で読んだことがある。亜人と人族の間では子が産まれにくいそうだ。似てはいるが、遺伝子が少し異なるのかもしれない。それに加えて、人族よりも彼らの方が長命なのも理由としてあるのだろう。具体的に魔族の寿命がどれくらいかは知る由もなかったが、この世界の人族は平均寿命が短いため婚姻関係を結ぶにもいろいろと弊害がありそうだ。


「わかりました。そのお話について何も問題はありません。今行っている事業の引き継ぎができれば、いつでも帝国へと向かいます。」


「···それでいいのか?」


ユーグが信じられないといった表情でこちらを見た。


「別に命を奪われに行くわけじゃない。それに俺が行けば、この国は帝国と和平を結べるのだろう?」


「それはそうだが···。」


「俺はユーグたちに出会わなければ路頭に迷っていたはずだ。短い間だったけど、楽しく過ごせたのは君らのおかげだと思ってる。それに強制することなく気遣ってくれたことに、感謝はすれど恨みなどは抱いていない。」


そうなのだ。


彼らは貴族でこの国に仕える者でもある。


そんな彼らにして見れば、俺に対する態度は最大限の友好の証だといえるだろう。


ここで拒否したところで困るのは彼らなのだ。そして、彼らか別の者が強制的に俺を捕らえて帝国に引き渡すといった行動に出なければならなくなる。であれば、快く承諾して惜しまれながら出て行った方が何かと都合もいいだろう。


「ソー···」


「ティファもそんな顔をしなくていい。それから、しばらくは引き継ぎに関してのマニュアルの作成で自室にこもる。必要な物があればお願いすると思うからよろしく頼むよ。」


俺はそう言って退室した。




「さすが賢者というべきか。極めて冷静な判断だった。」


「そう思いますか?」


ユーグは感情を押し殺した声で、父である公爵にそう問うた。


「違うと言うのか?」


「彼は貴族ではありませんよ。」


「そうよ。ソーは表情には出さなかったけれど悲しそうだった。」


「おまえたちも彼のように立場を理解して物を言いなさい。我々はこの国の貴族だ。そして王家の一員でもある。感情ではなく、責任から物事を進めなければならない。」


「······················。」


「だから貴族の生活は好きになれないのよ。」


ユーグは無言で視線を落とし、ティファはぼやくように毒づいた。


「彼には恨まれるかもしれない。アヴェーヌ家としても恩を仇で返したといっていいだろう。しかし、これは決定したことだ。ふたりともわきまえなさい。」


公爵の言葉をふたりは理解していた。しかし、それと納得できるかは別問題なのである。






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