第46話
モラル教育についてはパワハラが起こらないようにするためでもあるが、不正や犯罪を抑制させることが一番の狙いとなる。
例をあげれば、元の世界の日本では外国人労働者を政府主導で国内に引き入れた経緯があるが、それで国内の外国人犯罪件数が一時期大きく増加してしまった。外国人労働者受け入れの問題として、文化や習慣の違いやコミュニケーションが取りにくいなどといわれている。実際問題として、その原因は初期の受け入れ組織や、日本国内の管理会社などが十分な教育を怠っていることにあると俺は思っている。
コストをかける分、早期に生産性を上げたいのは当然だろう。しかし、異国の地で孤立した彼らが離職し、国に帰ることもできずに犯罪に走るケースがあるのだ。その中には差別を受けたと思い、日本人を憎む者までいる。
日本円に置き換えると年収数万円から数十万円という発展途上国から来た彼らは、技能実習生として多額の借金を背負ってやって来る。借金の理由はブローカーを利用して来日するためだ。そうして背水の陣でやって来た外国人の一部は、日本の職場に馴染めずに転落してしまう。
要するに、外国人労働者の文化や慣習を理解せずに、まったく異文化の国に十分な知識武装もなしに放り込むわけだ。彼らの出身国の多くは日本のように道徳や礼儀作法が義務教育の中であるわけではない。極端な話だが、何も知らない子どもに仕事をさせるようなものである。
因みに、韓国では外国人労働者の送り出しから受け入れまでを一貫して政府間で行い、ブローカーの関与は認めていない。その結果、借金を背負った状態の外国人労働者の入国は少ないという。
犯罪に関しては文化や慣習の違い、コミュニケーション不足で発生することも多々あり、その対策として相互理解と基礎知識の展開が必要なのである。
今回の人材の確保について、職につけないスラムの人間を候補に考えたときにいろいろと調べて見た。その多くは元戦争難民であったり、他地域から職を求めてやってきた者が大半であるとわかっている。彼らの多くは慣れないこの地で事業や入職を行い、景気の悪さから職を失ったものが多かった。支えてくれるバックボーンがないのだから、不景気で苦境に立たされたときに真っ先に破綻に陥ったのだろう。
そういった面でブローカーの関与やそれに支払う借金こそないものの、日本における外国人労働者と似通ったところがあるのではないかと思えた。幸いにも彼らはこの土地の言語を拙いながらも話し、コミュニケーションをとることが可能なようだ。そうであれば読み書きをきちんと習得し、文化や慣習の相互理解を促すことである程度の戦力として働いてもらえるのではないかと思えた。
そのための動きとして、スラム街の顔役に会いに行くことになったのだ。
「あんたがソーか?」
「ええ、はじめまして。」
男は現役のハンターだと聞いている。
外見もそれらしく、ごつい体に厳つい顔をしていた。
「スラッドだ。聞いていた通り黒髪黒目の優男だな。この辺じゃ珍しい風貌をしている。」
スラッド。
この街ではちょっとした有名人だ。
魔物専門に討伐を行うハンターは、出身や素性よりも実力がものをいう。スラッドも元は他の国から流れてきた難民だが、屈強な体躯を生かしてハンターとして覚醒した。この都市で活動する同業者もいちもく置いているため、同じ国の出身者を取りまとめる役を担っている。
「商工会から打診があったと思いますが、話し合いは進んでいますか?」
「各グループを束ねるリーダー同士で会合を行った。反応は半々といったところだな。」
商工会からスラッドへ書面を送っていた。この男は読み書きもできるため、窓口に選ばれたのだ。
「問題点はなんでしょうか?」
「反対しているうちの半分は、俺が商工会に交渉役として選ばれたのが気に入らないだけだろう。別に対立しているわけじゃないが、変なプライドでものを言ってやがる。」
そういった連中はどうにでもなる。その下にいる者たちにすれば背に腹はかえられないのだ。
「他はどうでしょうか?」
「貴族も商工会も、それにあんたも信用されてねぇ。新しく領主代行で来た人がいろいろと考えてくれてるという噂は耳にするが、それでスラムの人間の生活が変わったわけじゃない。それに商工会は職にあぶれたときに何もしてくれなかった。」
「なるほど。それで、私については怪しい奴だと?」
「まあ、どこの誰かがわからないからな。中にはあんたがお伽噺に出てくる賢者だという奴もいる。俺にとっては賢者と詐欺師は紙一重だけどな。」
「厳しい言い方かもしれませんが、今の生活から抜け出るにはその怪しい奴を信じるしかないのではありませんか?」
「なんの根拠もなしに信用しろと?」
「その根拠になるものを用意しています。ただ、あまり話を広げると余計な輩も近づいてくるかもしれません。グループをまとめているリーダーの方々を集めてもらうことはできますか?」
「わかった。話してみよう。」
「では、予定が組めそうなら連絡をください。」
俺はその場を立ち去ろうとした。
「なあ、あんたはなぜひとりで来たんだ?」
「護衛を連れて来たら警戒しませんか?」
「確かにそうだが···いや、そうだな。」
スラッドが何かを言いたそうだったが、途中で口をつぐんだのが気になった。
しかし、問い質したところで話をするかはわからない。話しにくそうな感じに思えたのだ。今はあまり波風を立てない方がいいだろう。