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第30話

ユーグとの話の中で、彼は俺がシャーナの血を受け継ぐ賢者ではないかと考えていることがわかった。


シャーナとは、200年以上前に滅びた天空都市のことだそうだ。


そんなものが実在した世界なのかと驚いたが、さらに詳しい話を聞くと勘違いされる点がいろいろと出てきた。


シャーナ人は髪や瞳の色が黒く、魔力をもっていないため魔法が使えない。しかし、その代わりに明晰な頭脳と他では考えつかないほどの技術力を持ち、様々な不思議な道具を作るのだそうだ。


そして、シャーナが滅び都市ごと地上に落ちた後で、稀にではあるが常識離れした知識人が各地で目撃されている。その者たちは例に漏れず黒い髪や瞳をもち言語能力に秀でていたという。それに加え、彼らが逗留した地域では文化や技術面で様々なイノベーションが起こっている。


なんのことはない。


ユーグは最初から俺をシャーナの末裔だと思い、取り込もうとしていたのだ。


親切心には下心があったのだなと落胆しかけたのだが、その後の話を聞いて考えを改めた。


まず、ユーグはここに来る前まで辺境の地で審議官を担っていた。審議官というのは、古今東西問わずエリート中のエリートである。そのまま国の中央に入れば、ゆくゆくは国家の柱石となるのは間違いないといえた。


しかし、彼がそうしない理由はこの都市ベーヘルの衰退にあったらしい。


ベーヘルはアヴェーヌ公領の中でもかなり辺境の地にあり、経済的な発展を望めずに衰退の一途をたどっていた。


ユーグが審議官としての赴任から王都へと戻る直前に、父であるアヴェーヌ公爵からベーヘルへの補助を打ち切る旨の話が出たのだ。


ユーグとティファニーにとってベーヘルは母親の故郷であり、幼き日々を過ごした思い出の地でもある。


爵位継承の可能性が低いユーグは、その事実を知って国に仕える法服貴族の地位を捨てることにした。実績を上げて新たな爵位を叙爵し、ベーヘルを治めることを考えているのだ。


公領内の一地域でありながら補助を打ち切られる意味は大きい。治める地域の中でも発展性がなく、資金を投入する必要性のない場所だと判断されたということである。これにより路頭に迷うであろう民の数は少なくなかった。


ユーグが進もうとするのは茨の道だ。


三男であるユーグが叙爵されるためには、父である公爵が認めるだけでは成し得ない。


叙爵の条件とは男爵以上の爵位を持つ家に生まれ、かつ王家に認められる功績をあげる必要があるからだ。


このユーグの決断は賛否両論だったというのが安易に想像できる。


国家としては将来を嘱望された人材の流出であり、失敗すれば取り返しがつかない。国王やアヴェーヌ公爵からはどのような評価を下されたかは説明されなかった。愚行と見られたか、気骨溢れる行いとして株を上げたか···どちらにしても、認められるに足る功績とは生半可なものではないだろう。


しかし、なぜそのような無謀を冒したかについて聞き、俺はユーグを評価した。


彼は今の貴族の在り方に疑問をもっているのだ。


古きよき時代の貴族とは、特権を持つ理由を民を守るためにあると考えていた。命に変えても領地を正しい姿にするという、いわゆるノベレス・オブリュージュの精神である。


その高尚な思いを昨今の貴族は見失い、生まれながらに貴族である自分たちが特権に甘んじるのは当たり前だという選民思想にとらわれているというのだ。


忌まわしき現状に歯止めをかけるためにも、公爵家の血統である自分が行動で示すという高い志から行動に踏み切ったらしい。


貴族としてよりも、その意思に少なからず同じ人間として感銘を受けた。


だからこそ、可能な限り助力しようと思っている。


俺は常々、人の価値は生まれで決まるものではないと考えていた。同じ条件や機会を得られれば、人は才能を開花させる。それは生まれ持ったものではなく、後天的な努力や研ぎ澄まされた強い精神から宿るものだ。


ユーグのような名家に生まれた者が決意するのは並大抵のことではない。


現在、ベーヘルは都市の将来を見限った者が多く、他への移住で若年層の人口が減り経済も停滞している。


これまで頻繁に交易を行っていた地域とも接点が消えつつあり、かなり苦しい状況なのだそうだ。


俺が街で見たスラムも、そういったことの犠牲者が寄り添って生きている地域だという。


失業率の上昇に世帯収入の悪化、各ギルドの縮小や離脱により相当に厳しい状態なのだ。


そこでシャーナ人とおぼしき人物が現れたのだから、崩壊寸前の都市の立て直しのために引き入れたいと思うのは必然だといえる。


遊び半分にできることではない。


しかし、自分が持つ知識で多くの人々が生活を立て直し、腐った貴族を牽制できるのであればこれほどやりがいのあることはない。


この都市に住む人々が持つ様々な思いを兼ね合わせることも、オモイカネに通ずる部分ではないかと感じた。


ただ、俺がシャーナ人ではないということについてはそれとなく伝えている。ユーグも執事のドニーズさんも、なぜか訳知り顔でうむうむと頷いていたが···そこは責任持てないぞ。






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