第105話
「その繊維はまだ完全なものではありません。しかし近い将来に製品化できるでしょう。要人や魔法士などの後衛職が着る防刃服、それに馬車の幌や作業用の衣服など使える用途は多岐にわたります。」
国王は改めて防刃布を凝視した。
そして、公爵は少し考え込む素振りをする。
「それだけではありません。他にも貴重な品の量産化を計画しています。」
「貴重な品?」
「何だね、それは。」
バサノス繊維のインパクトから、ふたりの期待値はかなり上がっているようだ。
こちらの期待通り、続く話にのめりこむ様が見てとれた。
「エルフの妙薬ですよ。」
「「!?」」
俺自身もあまり意識していなかったが、エルフの妙薬というのは人族社会でも相当な価値を生むようだ。
公領にいた頃は、文献での記述を見るだけで実際に流通しているのは見たことがなかった。
その価値は天文学的な数字ともいえるらしく、話に尾びれがついて、どのような状態でも全快させる万能の薬として伝説のようになっている。
「エルフの妙薬というのは空想上のものではないのかね?あのような効能が実現できるとは信じ難いのだが。」
「ええ、おっしゃる通りです。手足の欠損といった物理的な消失部位が戻ることもありませんし、流行病をなくすこともできません。」
「ではどれほどの効能があると?」
「エルフの薬師に詳しい話を聞いたところ、世間一般でいうポーションを極めて高性能にしたものです。化膿しないための処置などは必要ですが、深い裂傷を治すこともできます。骨折なら外部からの整骨は必要ですが、数日で回復できるようです。さらに体力や疲労回復効果もありますので、これまで流通している物とは比較になりません。」
この世界にハイポーションというものはなかった。ポーションは浅い傷や打撲を短期間で回復する程度の効能を持つ。しかし骨折や縫合が必要な傷への即効剤とはならない。
エルフの妙薬は、流行病に関してはウィルスが原因のために効果はない。しかし、骨折なら骨の状態を整えて副木を併用することで短期間で完治する。また、裂傷についても消毒と包帯などで傷口を接合しながら併用すると同じ効果を発揮するのだ。
元の世界の薬学でいえばポーションだけでも画期的なのだが、エルフの妙薬は魔法の薬だと思える効能があった。
因みに、以前の宴席で調合したコーラ味のため飲みやすい。本来のポーションやエルフの妙薬は味がひどいため、おいしく飲める万能薬として売り出すつもりだった。
「それは···すごいな。」
「····················。」
素直な感想を漏らす国王に対して無言になる公爵。おそらく公爵の頭の中では、この話の先に何があるのかの計算が始まっているはずである。
「実はエルフの妙薬についても持参しています。効能を試してみませんか?」
こうは言っても国王や公爵に飲んでもらうわけにはいかない。得体の知れないものとして毒味役が出てくるだろう。
お付きの人や護衛たちが少しざわついていた。
「最初に害のないものである証明に、皆さんの前で私が服用します。次に、そうですね···少し疲労がたまっている方、切れ痔や口内炎の方などはいらっしゃいませんか?」
「切れ痔···」
傍にいるマイグリンが吹き出しそうになっている。しかし、切れ痔や口内炎なら即効性が見いだせるのだ。
「あの···私が試させていただいてもよろしいでしょうか?」
手を挙げたのは初老の男で、国王の従者だった。
目の下にやや隅があり、疲れた顔をしている。
ここまでの移動などもあり、年齢的に厳しかったのだろう。
「切れ痔なのか?」
国王が無遠慮にそう言う。
「い、いえ。口内炎がひどいのです。」
「そうか、苦労をかけてすまない。」
最初の一言はどうかと思ったが、ちゃんと従者を労っている。そういった面で人の良い国王なのかもしれない。
「あ、あの···」
ひとりの騎士が遠慮がちに片手をあげていた。
「はい、どうされました?」
「私もよろしいでしょうか?実は···切れ痔で···」
うん、よいモニターが揃ったようだ。
ふたりに用意したエルフの妙薬を飲んでもらう。
「あ、あれ?」
「これ···うまいぞ。」
やはりポーションは恐ろしくマズイというイメージがあったのだろう。
最初は恐る恐る口をつけていたが、二口目からはぐびぐびと飲み干していた。
さすがに炭酸は抜けているため刺激に驚くことはない。しかし、一口目においしいと言っているあたりに疲れが溜まっているのだと思った。
「今日一日効果を見ていただいて、陛下と閣下に御報告ください。」
さすがに飲んですぐに切れ痔や口内炎が治るわけではないが、一両日中には完治するだろう。それ以前に疲れも取れるため、そのあたりの感想も伝えてくれると効能を評価されるはずだ。